第28話 劉淵崩御
「安東大将軍の
報告を受けた容姿端麗な長身の男は、手に持っていた杯を振り回しながら、声を荒げる。
酒が飛び散り、男の指と床を濡らした。
「どこの城を落としたとか、そんな事はどうでもいい!開府だ、開府の動きを聞かせろ!」
「は、安東大将軍石勒は降伏した晋人の士大夫を集め“
伝令の額に杯が当たり、砕け散った。
皇太子と呼ばれた男は爪をかじりながら言う。
「それが問題だというのだ」
顔を押さえる伝令を蹴飛ばして、漢の皇太子である
部屋の前に侍る典医に尋ねる。
「父上の容体はどうか」
「手を尽くしましたが……」
匈奴の漢王朝を興し、台風の目となった
彼は突然の病に倒れ、その命の灯火はまさに消えようとしていた。
寝室の扉を開け放つと、豪華な寝台に不釣り合いなほど痩せ細った劉元海こと
「父上、お気をしっかりもってください。きっとよくなります。典医もそう言っております」
劉淵は横たわったまま笑う。
何かが絡まるような不気味な音が喉の奥から響く。
容体はさらに悪くなっているらしい。
「お前はいつも嘘ばかり言う。……会うのも今日が最後だ。最後くらいは言いたいことをぶちまけたらどうだ」
劉和は爪の先を噛みちぎる。
「なんで、石勒や王弥といった将軍連中に勝手放題をさせるのです。なぜ、皇太子である私以外の兄弟達に多大な軍権をお与えになるのです。………なんで、死ぬ間際になって、こんな余計なことばかりしやがったんだってんだよ!クソ親父め!」
劉淵は声をあげて笑う。
ごぼごぼと液体の沸き立つような音が響く。
その口角には血の泡がまとわりついている。
「晋は衰えたりとはいえ、健在だ。虎狼のような諸族もひしめいている。内なる敵を蹴散らして帝位を守ることのできるものでなければ、到底、我が事業を継ぐ事はできまいよ。さて、お前にその才覚があるかな?お前の兄弟には?あるいは……あの
劉和が襟首を掴むと劉淵はさらに咳き込み、やがて静かになった。
劉和は父の屍を寝台に突き放すと、叫んだ。
「皇帝陛下は崩御された!遺詔により、この劉和が帝位を継ぐ!叔父上を呼べ。今後の事で相談がある。」
◇
劉淵が崩御したその日の深夜、劉和の部屋に、劉和の叔父である
また、劉和派と目される西昌王の
呼延攸は言う。
「故人に失礼を承知で申し上げるが、先帝は権力の軽重を考えていなかったと言わざるをえませんな。陛下に反抗的な三王は禁中で近衛兵を率いており、さらに大司馬・楚王もまた十万の精兵を近郊で掌握しております。陛下は今、ただ玉座にいるだけに過ぎず、実権を彼らに握られているに等しいのです。これによる災いは推し量ることも出来ません。お早いご決断を望みます」
差し当たり、
王弥や石勒も脅威となり得るが、劉和にとって最優先で取り除くべき障害はこの四人の兄弟だった。
呼延攸の進言に皆が頷く中、安昌王の劉盛は挙手をして発言を求めた。
「四王は反逆の素振りも見せておりません。先帝の葬儀も終わらぬ内から兄弟で争い合うなど、愚の骨頂。このような小人の言を信じて道を失ってはなりませ……??」
言い終わらない内から劉和の剣が劉盛の喉を貫いていた。
「他に異論のある者は?……いないようだな」
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