第26話 開府

 「最期に言い残す事は?」


「お前の首を挙げられないのは残念だ。一足先に地獄で待っているぞ。汲桑きゅうそうと一緒にな」


石勒せきろく自ら白刃を振るう。

首がごろりと落ちて転がり、鮮血が辺りを染める。

乞活きつかつー司馬騰の集めた武装流民集団ーの頭、田甄がここに斃れた。

田禋は、石勒の兄貴分である汲桑の仇だった。

鄴を占領した石勒達は趙国にも侵入し、ここ中丘ちゅうきゅうの地を制圧することに成功した。

石勒は愛刀、石子昌の血振をすると背後の張賓ちょうひんに尋ねる。


「軍の再編成は進んでいるか」


「強壮の者ばかり五万人を集め、孔萇こうちょう殿が鍛えております。脚萎えや子供は徴用せず以前通りの暮らしを保証しましたところ、閣下の人気も上々のようです」


「そんなこと、ごく普通のことのような気がするけどなぁ」


「乱れた世の中では、普通が出来ることも貴重となるのですよ」


そんなもんかねぇ、と伸びをしながら石勒は返す。


「それよりも、重大な事がございます」


強い口調で迫る張賓を、石勒はいささかむっとした顔で睨む。


「またその話か。俺は独立する気はないぞ」


「望むと望まざるとに関わらず、開府というのは、ほぼ独立を認められたも同然です。帝を裏切ったわけではない。与えられた権利を行使するだけです」


活躍を続ける石勒のもとに、漢皇帝の劉元海から新たな勅令が送られてきていた。

それは、安東大将軍の号と開府を認めるという内容のものであった。

開府とは、戦地などに置いて自身の属官を置き、簡単に言えば幕府を開くということであった。


「閣下が帝への忠義を貫くとしても、勅令のとおり開府はなさるべきです。そのための準備は進めております故、何卒お考えいただきますよう」


「……わかった。この事他言するなよ」


「もちろん」


石勒は主君の劉元海りゅうげんかいがこのような沙汰を出したことを訝しく思う。

敢えて過剰な権限を与えて、それに釣られて独立の動きを見せたならば直ちに潰す企み、ということも考えないではない。

しかし、元海は部下を罠にかけるようなせせこましい人物ではないはずだ。

では、なぜこんな事を。

疑問を抱きながらも石勒は進軍を続ける。

石勒とその配下は、鉅鹿きょろく常山じょうざんの二郡を屠り、再び冀州に進出を始めるのであった。

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