第18話「夜見子の変化」
どんなに悩もうと平日はやってくる。社畜にも投資家で不労所得をもらっている人でも、ニートにだって平等に月曜日はやってくるのだ。
俺はランキングでそこそこ上位にいけた嬉しさと、それ以上伸びず下がっていった悲しみを抱えながら朝食を食べていた。土日の無茶がたたったらしく、俺は登校時間の十分前に目を覚ました。
大急ぎで着替えをすませ、必要なものだけ持って、キッチンに行きゼリードリンク一気飲みし、朝食の時間を五秒にしてなんとか時間に間に合わせて家を出られた、良子はとうに家を出ており、一人で鍵をかけてなんとかそれほど遅れること無く家を出た。
これというのもヨミ・アーカイブが悪いのだと責任転嫁だってしたくなる。何しろアイツは配信を夜始めたので限界近く眠かった俺が必死に目を擦って自作のレビューを視聴したのだ。だから夜更かしはアイツのせいだろう、そう思っておくことにしよう。
家を出て少しの間駆け足で学校の方に向かうと、手元の時計でいつも通りくらいの時間になったので安心して勢いを緩めた。起きた時は遅刻も覚悟していたがどうやらセーフのようだ。
「よう並! なんか悪いことでもあったか?」
学校近くになって津辺が話しかけてきた。コイツは随分と元気そうだな、その気力をわけて欲しいものだ。
「いつものことだろ、眠いんだよ。お前は元気そうだな?」
津辺は当然のように胸を張って言う。
「そりゃそうだよ、ヨミちゃんの配信見て元気を補給したからな!」
アイツの配信で元気を補給出来るのは一部の選ばれた人間だけだと思うぞ……まあ本人が満足しているようなのでそれでいいのだろう。俺が気に食わない相手だからと言って相手にもそれに合わせろなどと言う気はない。
「昨日の配信は随分元気そうだったな」
「そうだろ! ブンタの作品をレビューする時は生き生きしてるよな、羨ましいなあ」
誰に対する羨ましいなのだろう? 少なくともアイツにレビューされてもそれほど嬉しくはないぞ? しかし世の中にはマゾヒストという責められると興奮するやつもいると言うし、ヨミのアバターは可愛いので言葉責めが好きな人間だっていてもおかしくない、そういうことなのだろう。
「ふぁ……」
俺が思わず一つあくびをすると津辺が俺に訊いてきた。
「どうしたんだよ? 夜更かしか?」
「昨日ヨミ・アーカイブの配信を見てたから眠れなかったんだよ。むしろ全部見て元気なお前の方が不思議だよ」
「なんだよ、推しに元気をわけてもらったんだから体調が良くなるのは当然だろう?」
どうやらコイツは俺の知らない常識の中に生きているらしい。夜更かしすれば朝がキツいのは当然であると言うことにすらとらわれない様子を見せられた。自分とは違う世界で生きている人間を見るのは新鮮だなあ!
「おっと、そろそろ時間みたいだな」
津辺も腕時計を見て足を少し速めた。学校に急いで行き、教室に入った。大体の人がもう既についていたのだが……俺の席に先住者がいた。
「夜見子、そこ俺の席なんだけど」
俺の席には夜見子が突っ伏していた。俺が声をかけたのを聞いて、夜見子はようやく席を間違えていたことに気がついたのだろう。幽霊のような動きで一つ横の席に移った。何かあったのだろうと思うし、心配になるほど燃え尽きている夜見子だったが、それを聞くのも憚られた。デリケートな問題かもしれないしな。
俺は自分の席について夜見子の方に目をやったが、時々スマホを取り出してちらっと見てはしまっていた。ロインから外されでもしたのだろうか? ぼっちの俺には縁の無い問題だ。
そうして朝の作業は一通り終わったので授業を受けていたのだが、チラチラと夜見子が隣の席でスマホを机の下で覗いている。教師に気づかれることはなかったのだが、隣の席からは気になってしょうがなかった。通知でも気にしているのだろうか? 友人は全員授業中であるはずなのに? タイムゾーンの違うところに友人でもいるのだろうか?
何も分からないが、ただ夜見子にしては動揺しているのが分かった。珍しいことだが毎日しれっとしていられるやつもそうそういない、誰であれ悩みはあるものだと思うので気にしないことにした。相談もされていないのに悩みを聞き出すような趣味はない。
昼飯を購買で買ってきたカレーパンで済ませてスマホを弄る。ブラウザを開いて自作のスコアを確認した。まあこんなものだろうなと思える程度にランキングは下がりつつあった。
「ふぅ……」
ランキングが下がるとテンションも下がってしまう。イヤホンをつけてMeTubeを開いてみると、昨日俺の作品を評価していたヨミ・アーカイブのチャンネルがトップに出てきた。サジェストがAIによるものなのか、人間が作為的に選んでいるかは知らないが、俺の作品を使って結構な再生数を持っているヨミにはイラッとした。
テンションが下がったので動画を開かずイヤホンを外して窓の外を見る。俺の気持ちとはまったく関係無く晴天が広がっていた。
午後の退屈な授業を受けて無事学生の務めは終了した。帰るかと重い鞄を取ったが、相変わらず夜見子はだらけきっていた。眠そうにしているが気にしないことにしよう。藪をつついて蛇を出す必要は無いのだからな。
「文田、あんたもう帰るの?」
夜見子が何の気まぐれかそんな声をかけてきたので『ああ』と答えて教室を出た。誰もが人それぞれの悩みを抱えて生きている。津辺にだって何ら悩みが無さそうだが何か考えていることくらいはあるのだろう。あえてそれを掘り起こさないのが優しさというものだ。
そして帰宅するとソファで良子がぐったりと寝ていた。コイツも夜更かししたのだろうか? タオルケットを掛けて自室に戻り作品の続きを書くことにした。
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