第7話「ヨミ・アーカイブの評価」

『本日は先日レビューしたブンタさんが新作を公開したようなのでレビューしていきます!』


 ああ、ついに公開されてしまった。収録済みのものをプレミア公開しているので生放送ではないにせよ、ヨミ・アーカイブの『誰かのための物語』のレビューは気になってしまう。


 土曜から日曜に日をまたいだすぐ後に公開したので、このタイトルにヨミはなにか意味を見出したのだろうか? それともこのメッセージ性が読み取られたとでも言うのか、兎にも角にもヨミ・アーカイブは俺の書いた『誰かのための物語』をレビューすると動画内で発言した。言ってしまったことはもう止められない。概要欄に俺の小説へのリンクも貼ってある。公開処刑になるか表彰台になるかはヨミ・アーカイブの評価一つにかかっている。


 緊張で胃酸がこみ上げてくる。あの酷評を忘れたことはない。ただあの酷評をひっくり返すためだけに、ヨミ・アーカイブというVTuberただ一人のためだけに書いた物語だ。


『ほうほう……ラブコメですか……路線を急に変えましたね』


 プレミア公開なので横でチャットが流れているのだが、そこに一人の乱入者が現れた。


 名前は『グッドマン』素性は不明だが突然に俺の擁護を始めた。


『話もまともに理解できない人が一人前のレビューなんて出来るんですかねえ』


『お? ブンタか?』


『本人が来るとか今日は熱くなるな』


『本人凸は激アツ展開』


『こらこらみんな~決めつけはダメだよ! ブンタさんにも信者がいるかもしれないんだからね!』


 ヨミがチャット欄に現れた。公式として表示されているので本人で間違いないだろう。問題はこの『グッドマン』という謎の擁護者だ。今さら動画の内容は変わらないがコメント欄の流れは影響を受けるかもしれない。


『ここは皆冷静に話す場だから事実確認の取れない憶測はダメだよ~』


 ヨミが冷静になれと場を沈める。しかし憶測の始まった動画のコメント欄はヒートアップしつつあった。


『さてさて、このお話はどんなものかな?』


 動画上のヨミが本文を読んでいる。キャプチャ画面こそ出さないものの大体どこを読んでいるかはなんとなく分かる。


 ブラウザに別タブを開き『しよう』のマイページを開く。『誰かのための物語』のページを開いてアクセス解析を閲覧する。ユニークユーザーは遅れて表示されるのでまだ分からないが、ヨミが配信を公開した時点でPVは急増していた。


『なかなか上手にまとまってるな~』


 ヨミは配信上でそう言う。それに『グッドマン』が噛みついた。


『なにがなかなかですか! 最高の出来でしょうが! これだからものの分からないVTuberは……』


 当然だがそのコメントは燃料になった。


『本人かな?』


『必死すぎひん?』


『コメントしても収録済みの動画の内容は変わらんぞ』


『↑プレミア公開と生放送の違いが分かってない説』


 大量の罵倒コメントが『グッドマンに集中する。俺が叩かれているわけではないが、俺の擁護をしようとして叩かれているのはやはり気の毒だ。


 ドン!


 おっと、うるさかっただろうか? 隣の良子の部屋から壁ドンが来た。すぐにヘッドホンを繋いで音が漏れないようにする。そんなにうるさかっただろうか? 一応常識的な音量にしているはずだが……今はそれどころではないか。


『作品の裏を読めない人が多いですね』


『裏w』

『表しかないやろ』

『WEB小説に裏なんて高度なものはない定期』


 皆がボロクソに言ってくる。どれだけの人が実際に読んでから書き込んでいるのか分からないのがもどかしい。罵るならせめて読んでからにしてくれと言うのが本音だ。


『これは……ほう……なるほど』


『ヨミちゃんどうした?』


『クソッぷりに嫌気がさしたか?』


『これは最低評価やろ』


『皆! 読んでもいないのに推測しないで! 私はこの動画の前にちゃんと読んでるよ!』


『ヨミちゃんが言うなら目くらい通しておくか』


『読まなくても分かりそうなものを読む天使』


『聖人かな?』


 ひとまずホッとした。読んでからの評価をしてくれるようだ。低評価は悔しいが、それが読んでからのものならしょうがないかとも思えてしまう。読まずに評価されるのは不本意でしかない。


『ブンタさん、今回は随分と作風が変わったね、なかなか興味深い変化だよ!』


『お?』


『まさかの?』


『ヨミちゃんが高評価するのか? 嘘だろ?』


『これはなかなかのものだよ! 出来はそこそこだから今後に期待だね! リンクは概要欄にあるからそこから読んでみてね!』


 ヨミがついに評価を下した。それは悪いものではなかったのでコメント欄はパニックになった。


『読んだけど割と良かったで』


『俺には分からんな』


『長い短編、読む気が起きない』


『↑読めよ、久しぶりのヨミ・アーカイブが評価した小説だぞ』


『どうせ長編化するやん、今読む意味ある?』


『作者が消す可能性は考えないのか?』


『高評価なんだから消さないやろ』


 コメント欄は悲喜こもごもというか、酷評を期待していた連中がヨミのまさかの評価に混乱していた。そこでそれ見たことかと『ブンタさんはやっぱり凄いです』と分かっていた感を出している『グッドマン』のコメントが所々に入る。


 こうして混乱と狂騒の中で読後の感想をヨミが言った後、読者にお勧めとして紹介して動画が終わった。


 俺は無条件の高評価ではなかったものの、あのヨミ・アーカイブが俺の作品を評価したということでテンションが上がった。酷評が大得意なあのVTuberが俺の作品を評価した、それだけでも十分に承認欲求は満たされるものだった。それほどまでに俺の中で読者としてのヨミ・アーカイブは大きな存在になっていた。


 しかし今回の作品はヨミ・アーカイブというVTuberをねじ伏せるためだけに書いた作品だ。その証拠にコメント欄は最後まで絶賛とはいかず『合わなかった』というコメントも結構な数が集まった。これは仕方のないことだと思う。たった一人のために書いたのだからそれ以外の人が理解しがたいのも無理はない。しかし一応目的は絶賛ではなかったが達成したと言えるだろう。


 最後に『グッドマン』が怒濤のドヤコメントを書き込んでいたが、それ以外は平穏無事に終了となる。配信が終わったのを確認して気持ちよく就寝した。

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