第6話「新作を進める」

「うっがあああああああああああ!!!!」


 誰も聞いていないことを確認して大声を上げ、この前の酷評で負ったストレスを軽減する。少しだけスッキリした。『蒼天の鳥』を終了させるわけではないが、ヨミ・アーカイブを唸らせるだけのものは作りたいと思う。


 今度こそはぐうの音も出ない作品を、それを目標に書き始めていた。新作はラブコメにする予定だ。プロットを練りながら考える、いったいどうすればあの憎たらしいアバターを驚かせることが出来るのだろう。いや、事前収録なので驚いた部分をカットすることは出来るが、ヨミ・アーカイブは名作を褒めているのを見たことがある。だからきっと俺が名作を書けばあの憎たらしいやつの評価をひっくり返せるはずだ。


 タイトルは……後で考えるか。プロットを組み上げが出来た。自分が分かればいいものだし、細かいところを詰めなくてもいいだろう。なにより今回は短編にする予定だ、評判次第で長編にする可能性もあるが、始めから大きな構想をぶち上げるものではない。


 プロット……というか始まりと終わりは決まったので書き進めることにするか。俺は赤軸キーボードを軽やかに叩き始める。カチャカチャと小さめの音を立てながら書き進めていく。明日は土曜日、今日明日と、深夜まで時間を使える余暇の時間が豊富にある。出来ることなら今週に仕上げてしまいたい小話だ。ラブコメか……ラブコメは実際にしたことはないのだがアオハルというのはそういうものなのだろうか?


 津辺と話している限りそう言った要素は一切無い陰キャそのものの生活を送っている。だから書けないという話でもないが、やはりどす黒い中学生活を送ってきたものにはダークな物語しか書けないのだろうか? 気を抜くとすぐに不穏な気配が漂ってくるワードを入れてしまう。


 腹が立つのはヨミ・アーカイブが俺の小説を叩いていたところのほとんどが正論というところだ。だからこそ反論したくないし、戦いようがない。フラストレーションがたまってきたのでコーヒーでも飲むか。


 カフェインは精神を安定させてくれる。デカフェのコーヒーなど邪道も良いところだ、コーヒーを飲むならたっぷりカフェインの入ったものを飲むべきと思っている。


 キッチンでインスタントコーヒーを普段の五割増しでマグカップに入れお湯をポットから注ぐ。苦味の香りが漂ってきたのでカップをテーブルに置いて続きの構想を考える。


 考えに耽っていたら向かいに良子が座った。


「お兄ちゃん、悩み事ですか?」


「よく分かったな……」


 なんの悩みかまでは言わないが悩みがあるのは事実だ。


「お兄ちゃんがお父さんもお母さんも寝た後でコーヒーを飲んでる時って言ったら誰にも相談できないかテスト勉強で切羽詰まっている時くらいじゃないですか、そして今はテストの時期ではないでしょう?」


 なかなか長い間兄妹をやっているだけのことはある。良子の予想は大体当たっている。なにを悩んでいるのか聞かないのは妹の優しさだろう。


「そう言うお前も悩み事か?」


「いえ、私はもう割り切りました。終わった話ですよ」


 何かに悩んでいたのだろうがスッキリした顔をしている良子を見て立派だなあと思うと同時に幾らかのうらやましさを覚えた。俺にはそこまで悩みを素早く解決は出来ないだろう。


「お兄ちゃん、私にもコーヒーを一杯貰えますか」


 俺は良子用のやや小ぶりなマグカップを取り出して訊いた。


「濃いめでいいか?」


「いえ、これから寝るので普通で。それとミルクと砂糖もお願いしますね」


「分かった」


 コーヒー粉をスプーン一杯入れてお湯を注ぐ、それに俺のものには入っていないスティックシュガーを一本と粉ミルクをスプーン一杯入れた。


「どうぞ」


 良子はコクコクと飲んでふぅとため息をついた。


「落ち着きますね」


「そうだな、エナドリでカフェインを摂ってもいいがコーヒーも悪くないだろう?」


「エナドリを主に飲んでいるのはお兄ちゃんじゃないですか……」


 呆れ顔の良子を見ているとなんだか自分の悩みが大したことではないのではないかと思えてくる。


「そういえばお兄ちゃんはパソコンを使ってるんでしたっけ?」


「ああ、良子も入学祝いにもらってたじゃないか」


「パソコンって便利ですけど使い方が難しいですよね……」


 悲しげに良子がそう漏らしたので俺も気になって訊いてみた。


「ブラクラでも踏んだか?」


「いえ、私もそこまでお粗末ではありませんよ。ただ不毛なことに時間を使ったかなと後悔しているだけです」


「そうか……」


 それ以上は訊かなかった。そもそもパソコン上で行われていることは、仕事以外ほとんど不毛なことだろうという根本的な問題は言わなかった。無言でコーヒーをマグカップで飲む時間は心地よかった。孤独に一人でディスプレイとキーボードに向かっていなければ書くことは進まないが、ずっとそうしているとメンタルに堪えるな。時折こういった交流をするのもいいことなのだろう。


 さて……目も覚めたことだし執筆に戻るかな。


「俺は戻るけどごゆっくり」


「お兄ちゃん、」


「なんだよ?」


「なにをしているのかは知りませんが頑張ってくださいね!」


「ああ、ありがとう」


 心強い応援と共に俺は自室に戻った。良子も応援してくれた。アイツは俺がこんなものをかいていると知ったらどういう反応をするだろうか? 痛いやつだとでも思うだろうか? それでも構わない、小説を自分でかいて晒しているやつなんて大抵どこかネジが飛んでいるのではないかと思う。


 部屋に戻ると再びキーボードを叩き始めた。カチャカチャと音を立てながら書き進めていく。休憩の効果はあったようで、先ほどより確かにタイプが早くなっていた。スムーズに話が展開していく。心地よい感覚を覚えながら書き進められるのは幸福なことだと思う。


 キーボードに叩きつける指の思うままに物語を書いていく、心に残っていた澱が消えていくような感じがして指の速さが上がったような気がした。思考の向いている方向に一直線に文章が進んでいく。気がついた時には朝方になっており、流石のコーヒーもカフェインが抜けたようで眠気がやってきた。休日を快適に過ごすために日が昇る頃になってようやく横になった。意識はあっという間に落ちていった。


 土曜日、日曜日は次の日が月曜なので焦りが出てしまうので出来ることなら今日中に済ませておきたい。昼過ぎにようやく目が覚めたので家族全員が出かけた家で延々とキーボードをタイプし続けた。邪魔するものはなく、順調にするするとまるで文章が自分の頭から出ていくようだ。


 そして土曜日の夕方になってようやく本文を書き終わった。後はタイトルとあらすじを書かないとな、最後に推敲か……これは日曜にでも出来るだろう。後回しにしても問題無いが日曜日に公開した方がPVは増えるんだよな……少し無理してでも今日中に終わらせておくか。


 眠い目を覚ますためにコーヒーを淹れてゴクリと飲み干した。昨日ほどカフェインの効果を感じないのはここに誰もいないからだろうか?


 しかしまあ苦味の刺激で意識がはっきりしたので推敲を始めた。大体誤字脱字が多いのだがそれを修正した時点で表現の修正に割く時間はなくなってしまった。推敲済みの文章のあらすじを書いてタイトルに『誰かのための物語』とつけて公開の準備は終わった。タイトルの『誰か』が誰であるかは今さら言うまでもないだろう。その物語は日付が変わり、予約投稿が一通り出きったところでアップロードされた。

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