第3話「眠そうにしているクラスメイト」

 俺は登校中に自販機でエナドリを一本買って飲み干し、目を無理矢理覚ませて缶をイートインのゴミ箱に放り込んで学校に向かった。エナドリを飲むと多少眠気は覚めたものの、昨日の動画を見たせいで気分は優れないものだった。


「よう、なみじゃん」


 なみふみという名前の俺をそう呼ぶのは一人くらいだ。家族なら名前で呼んでくるし、他人なら話すことすらない。名字で呼ぶ程度に微妙に親しいのは一人だけだ。


「なんだ、津辺じゃないか」


 高校に入ってからの悪友のいちが話しかけてきた。一緒に通学路を歩きながらとりとめの無い話題を話す。津辺もエナドリを買っていたので『眠いのか?』と訊いたら頷いて言った。


「好きなVTuberの配信見てたんだよ……深夜まで続いてさあ……切り抜きも良いけどやっぱりフルでみたいじゃん? スパチャも投げたいしさあ、ついつい夜更かしするんだよなあ……」


 なんだか覚えのある話だな……昨日配信していたVTuberと言えば誰がいただろうか?


「誰を見ていたんだ? 深夜配信に付き合うのは辛いだけだからやめておいた方がいいと思うぞ」


 深夜に配信しているストリーマーと言えば限られている。


「ヨミ・アーカイブちゃんに決まってるだろ! 昨日の動画は荒れたなあ……久しぶりに擁護するやつが出てさあ、珍しく盛り上がったんだよ! それを最後まで見てたからさ、寝不足なわけよ」


 不良学生のようなことを言う太一をあしらいながら学校に向かう。昨日のことは腹が立ったがそれだけのことだ。イラついただけで筆を折るようなことはしない。


 そんな友人と登校すると隣の席にはもうすでに着席している奴がいた。『すい』が堂々と座っている。コイツは真面目なやつで俺より遅く登校したことがなかった。始発で登校しているのではないかともっぱらの噂だ。


「おはよう、夜見子」


 すいという名字は嫌いらしく自己紹介で「と呼んでください」と言ったやつだ、皆それに慣れてしまっている。夜見子は頷いて『おはよう』と言ってからスマホに視線を戻した。


 隣の黒髪女子はあまり感じが良くないように見えるのだが誰にでもこうなので悪気は無いのだろう、豊満な胸の割に心は狭いようなやつだった。


 始めは感じの悪いやつだとは思ったものの、隣の席になったのだから関係を悪くするつもりはない。同じクラスになってから、積極的に話しかけてくるようなやつでもなかったので、安心できるクラスの隣人だった。


 夜見子もあくびをしており、クラスに三人寝不足なやつが揃ったわけだ、別に揃ったからなんだというわけでもないけれど、微妙な仲間意識的なものを覚えた。


「おはよ、文田。相変わらずシケた顔してるけど今日はいつにも増してシケてるわね? シリカゲルでも食べた方がいいんじゃない?」


「シリカゲルは食べ物じゃねえよ……」


 辛辣な夜見子は放っておいてスマホを覗く。相変わらず罵倒のコメントが大量に届いていたのでスワイプしてコメントを削除していった。荒らしコメントは随分と多いな……枯れ木も山の賑わいとは言うが、これは少々量が多すぎやしないだろうか?


 消していくと徐々に俺の『蒼天の鳥』の感想欄の治安が良くなってきた。中には『コメント消してる』という書き込みもあるものの、それを『無理もない』と諫めるコメントも書き込まれており、次第にいつもの応援コメントが増えつつあった。


 肯定的なコメントが書き込まれるとついついニヤニヤしてしまう。クラスの中でスマホを眺めながらニヤついているのは印象が良くないだろうな。そうは分かっていてもついつい賞賛されると嬉しくなる。承認欲求は人間の基本的な欲求なのだなと気づかせてくれる。


「文田、あんた何見てるの?」


「ん~……レビューかな……」


「なんのレビューよ?」


「それは秘密」


 それ以上踏み込んでは来なかった。


 コメントの中には『応援しています』とか『アンチに負けないでください!』などと心が温まるコメントがあった。ありがたいものだ。人とのつながりは心地よい。


 隙を見せれば夜見子が横から覗き込んできそうになるので視野角を狭めるフィルムでも貼った方が良いのかなと思った。応援コメントにはしっかりと返信をして次はアクセス数の解析をチェックする。非常に不本意なことだが、ヨミ・アーカイブの配信後に一気にアクセス数が伸びていてそこから緩やかに下がっていった様子が確認できる。宣伝にはなったらしい。


 悪名は無名に勝るということわざがあるが、確かに叩きコメントの増加と共にPVはしっかりと伸びていた。


 じんわりとした熱がスマホから手のひらに伝わる。温かなコメントは荒んでいた俺の心を癒やしてくれた。見ず知らずの人だって応援してくれているのだからそれに応えなければならない。勝手な理由かもしれないが、応援コメントが届くと心が温まるのは本当だ。きっとそのせいで手のひらに熱を感じたのだろう。そう思っておくことにした。


「ねえ文田、何か良いことでもあった?」


 隣の夜見子からそう訊かれてしまう程度には喜ばしく思っていたようだ。上位ランカーなら応援コメントにも慣れているのだろうが、まだまだ新人の俺には大切なモチベーションだ。コメントだけでもリアルと違う優しい世界に浸りたかった。コメント欄だけでも応援してほしいと思って何が悪いというのか。


「そうだな、少しバズってな」


 夜見子にそう答えるとその言葉にグイグイ食いついてきた。


「バズったって何が!? 気になるんだけど!」


 いや、コイツはどこまでバズりたいんだ……俺がそんなものを滅多に経験できないことは知っているだろう。


「ちょっと作ったものが話題になっただけだよ。まぐれみたいなもんだから気にしないでくれ」


「気になるわよ! 私がどれだけSNSで承認欲求を求めているか知らないの? 私は料理の写真を撮れたら冷めた料理でも構わず食べる人間よ」


 堂々としたSNS中毒宣言にあきれながら俺は『たぶんお前とは縁の無いものだよ』と陽キャに入っているであろう夜見子にはWEB小説などには縁が無いだろうと思う。精々陽キャが馬鹿にするための話題にする程度だ。


 そんな愚にも付かないことを話しているとチャイムが鳴った。そこで何故バズったかをうやむやにすることには成功した。


 平穏無事な日常を取り戻したので、スマホでコソコソとプロットを考えながら授業を進めていった。

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