こひばり刀剣旅行
蘭野 裕
プロローグ そうだ九州行こう
8年前の2015年1月、ブラウザゲーム「刀剣乱舞」がサービス開始しました。
奇妙なゲームだな、と始めは思っていました。日本刀を擬人化するのはともかく、武器や美術品として完成しているものを「育成」するとは理解が追いつきません。
まあ人の姿になったからには「物だから成長しません!」というわけにいかないだろうけど……。
しかし Twitter を見ていれば、先に遊びはじめた人たちの楽しそうなつぶやきが絶え間なく流れてきます。
違和感を興味が上回るのは時間の問題でした。
決め手はフォロー先の漫画家のツイート。
「マッチョな敵キャラのほうが私の好み」といった内容でした。
彼女はそう言いつつも他の多くのプレイヤー同様、自分のキャラクターに愛着を持って育てています。だから私はプレイヤー側のキャラの魅力に対して不安を抱く事はありませんでした。
面白いゲームは敵「も」カッコイイのです。
その一月のうちに私も始めました。
初期刀(育成対象の最初の1人を5人のキャラクターの中から選べる)は、細川忠興の愛刀「歌仙兼定」。
マントの裏地に雅やかな花柄をあしらうセンスが良いですね。
さて敵キャラの話ですが。
刀剣男士が付喪神という「神」ならば、敵は妖怪としての付喪神といったところ。
グロテスクだけれど格好良いのです。
原則的にキャラが破壊される(死亡)と即ロスト、しかも初期は行軍中の回復手段がなかったので、おっかなびっくり進みながら
「僧侶っぽい服装の人は何人もいるのに誰も回復魔法が使えないの?!」
と嘆きつつ、でも楽しくやってきました。
ちなみにタイトルの「こひばり」は漢字で「小雲雀」と書き、私がゲーム内で持っているなかで最も速い馬です。
日本刀についての本を集めるようになりました。写真が掲載されているものも多く、父の買ってくれた図鑑を夢中で眺めたあの頃のようにわくわくします。
人工物にも生態系のようなものがあり、文化的なことはもちろん、当時の技術とか良質な素材が手に入る地理的条件とか、いろいろな意味で人類と影響を与え合っていることに気づきます。
刀は動かないし生物のような生理現象も繁殖行動もありませんが、ピチピチ生きているのです。
やがて実物を見に行きたいと思うようになりました。
近場で展示されているものや「推し」だけでも……!
「圧切長谷部」を初期刀の「歌仙兼定」と双璧というくらい好きです。
ゲーム上ではレアリティの高くない割に強い、私にとって頼もしい初期メンバーです。持ち主がキリシタン大名であることが一目で分かるほぼ唯一の刀剣男士。
実物の刀身も「皆焼」という技術を用いた独特の刃文がとても美しいのです。
所蔵は福岡市博物館。都会の博物館で毎年月替わり……なんて、展示の機会にかなり恵まれています。
しかし問題が。
圧切長谷部の展示期間は毎年ほぼ一月なのです。
私の仕事柄、一月はお正月を中心に書き入れ時。ふだんはのんびり気味な職場がブラック・ジャニュアリーに!
なので観に行くならほぼ一月の「ほぼ」の部分……つまり、圧切長谷部の展示期間は年によっては二月の第1日曜日まであるので、その年を狙って二月の初め頃に旅行をすることになります。
この時点で2015年の一月はとうに過ぎ、2016年は無理ですが(この年は一月末で展示が終わったので)、2017年はチャンス!
とはいえ繁忙期は線を引いたように一月末で終わるというわけではないので、急ぎ足で1泊がせいぜいなのでした。
まだまだ先のこととはいえ、初めての場所に急いで行って目的を果たして帰る……そんなふうに上手く行くでしょうか?
そんな初夏のある日、太刀「江雪左文字」の展示を観た人のツイートを目にします。
刃や拵の美しさを語る、ツイート主の観察眼と表現力に嘆息しました。
九州国立博物館の特別展「中世刀剣の美 ふくやま美術館寄託『小松コレクション』と九博の名刀」。
「私も見たい」と思わずにいられませんでした。しかもこのとき展示期間は後半に差し掛かっていました。
場所は、圧切長谷部の所蔵館と異なるけれど、同じ福岡県。
初めての場所で急いで目的を果たすのが不安なら、今のうちにゆっくりと下見がてら旅を楽しめば良いじゃない!
行こう。九州国立博物館に。
(続く)
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