第42話 絆(5)

 ……苦しい。まるで胸が焼けるように痛い。

 全身に何かがはい回っているような不快感と激痛に、悲鳴をあげたくなる。

 息ができない、めまいがする。目もよく見えない。

 ぼんやりと見える輪郭で自室のベッドで寝ている事は認識できた。

 そしておそらくディートヘルトと医者、複数の従者がいる。


 自分はいったいどうしたのだろう?


 気を失って、息を吹き返した。そこまでは覚えている。

 医者とディートヘルトがもめている声も聞こえる。


「こんな苦しんでいて何も異常がないはないだろう!?血を吐いたんだぞ!?」


「ですが、本当です!体にはどこにも異常はないのですっ!!

 いくら調べても身体だけでみると健康そのものなのです!!」


 その声を聴きながら、レヴィンは考える。


 体に異常はない、それなのに全身をはい回る痛さということは、メフィストと連絡がとれないことが関係しているとしか思えない。


 あれから何度心の中で呼びかけても返答がないのだ。


 ――それに。


 夢の中にでてきたセシリアの姿を思い出し、レヴィンは思考を巡らせた。

 もしこの件にメフィストが関係しているというのなら、あれを幻として終わらせてはいけない。


 考えろ。あらゆる可能性を。


 けれど痛みですぐ思考は打ち消される。


(苦しい、痛い、心臓がえぐれそうだ)


「……あ、ああ」


 苦しくなって思わず手を伸ばす。


「セシリア、大丈夫だ、今痛みを緩和するために魔術師を呼んだ、だから少しだけ頑張ってくれ」


 そう言ってディートヘルトが手を握り返してくれて、そのぬくもりに安心する。


 いつぶりだろう。こんな気持ちになったのは。

 子どもの時、懸命に手を握りしめてずっと「痛いの飛んでけ」と泣いてくれていた少女時代のセシリアを思い出す。


「……あ…‥り、がとう、ディ」


 必死に声を絞りだすけれど、その声もかすれてしまう。


「お礼なんていい、お礼なんていいから……」


 そう言ってさらに手を握る力を強めるディートヘルトの手は震えていた。



★★★



『どういうことか説明しろメフェスト』


 意識が戻ると、真っ先にレヴィンに問い詰められて、メフェストはうんざりする。

 急にセシリアが金色の聖女の力を使おうとしたせいで慌てて逃げたのだが、逃げる事には成功したが、聖気に少しあたってしまい、気を失っている間、レヴィンが倒れたらしい。


 エリクサーを飲んで一命をとりとめたが、もしあの時手もとにエリクサーがなければ死んでいたとさんざん説教を受けた。すでに日もくれ、真夜中もとうにすぎている。


(そう言われても僕だって困る。あんな精神世界で黄金の力の直撃を食らったらぼくだって普通に滅ぶし)


 かといって、馬鹿正直に本物セシリアにちょっかいだして死にそうになったなどと言えるはずがない。


『ごめん、ごめん、うっかり寝ちゃって。魂と身体の定着に力を供給する力が弱まったみたい♡ ごめんね♡』


 カワイイ声で言ってみるが、レヴィンは目を細めた。


『つまり、たとえ契約中でもお前が力の供給をやめたら即死という解釈でいいのか?』


『うーん。そうなるかな? 君のハートは僕が握ってるみたいな?』


 その言葉にレヴィンは少し考えたあと。


『わかった、ならいい』


『え、いいの?』


『もっと何か言ってほしいのか?

 説教してほしいならもっとしてやるが』


 レヴィンが呆れたように言う。


『いやーもっと怒るのかと』


 その言葉にセシリアの姿のレヴィンはため息をついた。

 セシリアのベッドの隣でセシリアの手を握りながら椅子に座ったまま眠っているディートヘルトを横目にみながら


『いや、お前が供給を切った時点で突然死ぬという理由がわかっただけで十分だ。契約中ならお前は手出ししないという認識を改める。……理由がわからないのが一番納得できない』


『君は僕が君を殺すと思っているの?』


 明らかにふてくされて言うメフィストにレヴィンは考えたあと


『殺すタイミングなら何度もあった。

 とくに魔瘴核の時、私が結界を壊す前に命を奪えばお前は魔瘴核を壊す必要性もなかった。

 けれどそれをしなかった。少なくともそれなりに好意はあると思っている』


『そうだよ、僕たち一心同体だよ』


 胸をはってメフィストが言う。


『だがその時の気分だとも思っているが』


 レヴィンがすかさず突っ込むと、明らかにメフィストは不機嫌になり、『あー、そうですよ、いいですよ』と消えようとする。


『拗ねてるのか?』


『拗ねてない』


『嘘をつくな。

 ……お前は悪魔なのに変わってるな』


 そう言ってレヴィンがため息をつく。


『あー、そうさ、みんなそうやって僕を馬鹿にするんだ!変わっているからあんなものに手をだして……』


 そこまで言いかけて、メフィストはぐっと言葉を飲み込んだ。


『あんなもの?』


『なんでもない!』


 そう言って、メフィストの姿がかき消える。


 そしてまるで入れ替わるように


「……セシリア、大丈夫か?」


 椅子に座ったまま眠っていたディートヘルトが、目をこすりながら起き上がった。

 おそらくメフィストが強制的に眠らせた睡眠が解けたのだろう。


「いえ、なんでもありません。もう私は大丈夫です、だから自分の部屋でちゃんと寝てください。ディ」


 と、セシリアは微笑んだ。

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