第41話 side セシリア
ひもじい、さびしい。
幼い日。路地裏で震えてただ彼の帰りを待っていた。
風邪で意識がもうろうとする中、小屋の中から彼が帰ってきてくれないか、ただ見ていた。
はやく彼に会いたい。
病気になるといつも気弱になる。
人のぬくもりが恋しくなる。
ママやパパがいたら看病してくれるのかな?
朧気に思い出せるのはママの優しい手。
ママに会いたい――そんなことを考えていると、小屋の外からがやがやと話し声が聞こえた。
こんな橋の下に、人が?
また物を盗みにきた孤児の子たちだろうか?
そんなことを考えてのそのそと布団からでると、そこにはすごく綺麗な服を着た男の人が立っていた。
『探したよ。私の愛する娘セシリア』
そう言って男の人は微笑んだ。
それが私の父だった。
のちに私は公爵が私の父だと説明を受けた。
公爵家に引き取られた時、家族が出来た事が嬉しかった。
だから愛されようと必死に努力したけれど、母が卑しい身分ということでどうしてもなじめなかった。父は必死に優しくしてくれて愛してくれたけど、義母、兄と妹とは頑張っても距離をおかれてしまった。
そして父が事故で死んだことにより、私はますます公爵家から孤立してしまい、必死に兄と妹に好かれようと躍起になってしまった。
そんな時、彼は現れた。
幼い日にともに過ごした、少年レヴィン。
公爵家に拾われた時、父に捜索してもらったけど見つからなかった彼。
公爵の力をもってもしても行方が掴めないため、死んでしまったのではと説明をうけていた、レヴィンが私の前に魔道具を売る貴族相手の商人として現れた。
生きていると知って本当にうれしかった。
でも、もう私にとって彼は幼き共に過ごした友人でしかなかった。
『本当に今の状況でよろしいのですか?』
虐げられていた私に彼は何度も手を差し伸べてくれた。
けれど私はその手をとらなかった。
執着してしまったのだ。血の通った家族に愛されたいという想いに。
聖女として役目をはたせして立派な聖女になったなら、たとえ平民の血がはいっても貴族として認めてもらえて、愛してもらえる、良き家族になれると夢見ていた。
でも結果は――妹に力を奪われ裏切られた。
何故愛をくれる人を無視して愛をくれない人たちに執着してしまったのだろう。
あこがれていた血のつながりに執着してしまった。
そしてすべてを諦めたといいながら、復讐を望んでしまっている。
だから悪魔に体を乗っ取られた。
それが彼を苦しめる結果になっているのに。
何度、私の体にいるはずのレヴィンに叫んでも、彼に私の声は届かない。
粛々と自分を犠牲にして復讐しようとしている彼をみていることしかできない自分。
叫んでも、暴れても、泣き喚いても届かない思い。
その事実に胸が張り裂けそうになる。
きっと彼も同じ思いだったのだろうと。
彼が何度、私に手を差し伸べてくれても私はその手をとらなかった。
彼の声を無視し続け、ずっと手を振りほどいて逃げてきた結果がいまここにある。
どれくらい泣いただろう。
『また泣いてるんだ?』
聞きなれたうんざりした声に私は顔をあげた。
そこには――明らかに不機嫌な悪魔が立っていた。
★★★
『メフェスト……』
泣き崩れてるセシリアがメフィストを見ると顔をあげた。
その姿にメフィストはいらだちを覚える。
なんでこの女は泣いてるのだろう?
裁判でのシャルネの醜聞はそれは笑えるものだった。
金色の聖女は反応せず白銀の聖女だけに反応した天秤で、会場全体からシャルネに向けられた猜疑の目。
その時のシャルネの歪んだ表情。
全て自分の手のひらで踊らせていると奢り高ぶった人間が、地に落とされた時の絶望の顔。
あれほど滑稽で面白いものはなかったのに。
『なんで、泣いてるのかわからないな。彼のやった事をみていたんだよね?
君を虐め苦しめた憎い女の白銀の聖女で天秤が反応した時のあの顔を見ただろう?
演技するのも忘れてさ、酷い顔で、会場ドン引きだったじゃん。
少しくらいスカッとしなかったの?』
呆れたように言う、メフェストにセシリアは顔を横に振った。
『私はそんなこと望んで……』
『またそれ?』
メフィストがうんざりしたようにため息をついた。
せっかく彼が命をとして復讐劇を繰り広げても、この女はずっと望んでないと泣くばかりでメフィストはイラついてくる。
『いい加減にしなよ。じゃあ今更どうしろっていうのさ。
彼に復讐をやめさせれば、肉体のない彼は死ぬしかない。
見ただろう彼のミイラの映像。もう彼が現世に戻る術はない。
そういう契約だったからね。それとも君は彼に死ねっていうの?』
『ち、ちがいますっ!! 死ぬのは私でかまいません!だからこの体を彼にっ』
『反吐がでるね』
セシリアが言いかけた言葉に、メフィストが遮った。
『…‥え?』
『今更彼を思っているふりはやめなよ。
君は何度彼の差し出した手を振り払った?彼の忠告を無視した?』
顔を近づけて、言うメフィスト。
『それは……』
『それだけならまぁ、まだ仕方ない部分はある。
でもさ、君、よく彼の気持ちを知ったうえで毒を頼んだよね』
『……!?』
『ねぇ、どんな気持ちで彼に毒を頼んだの?死んだ後の彼の気持ち考えたことある?』
『……やめて』
セシリアが耳をふさぐ
『ああ、そうやって自分の非からは逃げるんだ。
結局君だって彼を道具としか見てないじゃないか、彼の気持ちなんてこれっぽっちも考えてなかった。
君のやっていること、シャルネやゼニスとどう違うんだい?』
『お願い、やめてっ!!!』
『正直に認めちゃいなよ、君だって彼を道具としか見ていない、だったらこの復讐劇を僕と一緒にたの……』
そこまで言いかけてメフィストの顔が驚きに代わる。
なぜかセシリアの魂が光りはじめたのだ。
『お願い、お願い、やめて』
そう言いながらいやいやと耳をふさいで首をふる彼女の魂が金色に輝きはじめる。
(まさか、今この場で金色の力をつくりだした!?)
『お願いだからやめてっー―――!!!!!』
声とともに、セシリアからまばゆい光が発せられ、一面が金色に染まるのだった。
★★★
一体何がおきたのだろう?
セシリアはただ茫然とその様子を眺めていた。
メフェストにやめてと叫んだあと、体が光った。
そしてメフェストは消え――。
なぜか現実世界のセシリアーーレヴィンが血を吐いた。
ディートヘルトの悲鳴に近い叫び声が聞こえ、意識が途切れていくのがわかる。
違う、違う、違う。
私がやりたかったのはこんな事じゃない。
何故金色の光が発動したの?
私は使い方すら知らないのに。
「でてきて、メフェスト!
彼はどうなっているの!?」
暗闇に叫ぶけれど、メフェストの声は聞こえない。
私がメフェストに攻撃してしまったからこうなってしまったの?
メフェストの姿を探して呆然と上空を見上げると、黒い空間の中を淡い光を放ち、ゆっくり何かが降りてくる。
黒髪の長身の男性。
その姿に見覚えがある。
そう――本来の彼、レヴィンだ。
「……レヴィン……。レヴィン!!!」
セシリアは黒い空間の中、彼に向って走り出した。
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