雨に咲く花
街の裏通りにあるモノクロ調の喫茶店。パスタが美味いと豪語する彼に連れられ、遅めの昼食を堪能した私を待っていたのは、少し悲嘆する現実だった。
「傘、盗まれたかも」
「ぇ」
店の入り口にある傘立ての中。そこにあったはずの私の傘が無くなっていた。
「誰かが間違えて持ってったとか?」
「……似たような傘はないかな」
造花のように赤い傘だった。それと似た色合いの傘は傘立ての中には一つもない。
「ぁー」
ばつの悪そうな彼の声。デートの雨天中止を申し入れた私を、半ば強引に連れだした雨男は多少の責任を感じているようだった。
「どうしよう、探す?」
彼の安易な提案に「探してきて」と反射的に口から出かけた言葉は寸でのところで飲み込んだ。めんどくさい女と思われるのは、あまり好まない。
「いいよ、よくあることだし」
そう。よくあることの一つに過ぎない。街を歩いていて他人と傘がぶつかり合うのも、誰かの跳ねた水滴が私の脚を濡らすのも、お気に入りの傘を失くすのも、雨の街ではよくあること。
「じゃあ、駅まで相合傘かな? ……ぁ、すっごい嫌そうな顔」
彼にしてみれば些細な出来事の一つでしかないのは仕方ないとしても、それを口実に使われるのは、少し癪だった。
「嫌っていうか、屈辱的というか」
ただの八つ当たりでしかない私の言葉に、打ちひしがれる彼を見て、少し機嫌が持ち直す私はやはりめんどくさい女なのかもしれない。
「……私のこと、雨粒一つでも濡らしたら罰金ね」
「ガ、ガンバリマス」
透明なビニール傘を差し、私の隣をいつもより小さな歩幅で歩き出した彼の腕に、手を伸ばして、身を寄せる。いつもと違う雨音のせいか、少し落ち着かない。
「あの傘、椿に似合ってたのに」
私を造花にする彼の言葉に、私は何も答えないまま、目の前の水溜まりを飛び越えた。
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