第45話 - 魔導研究院 神が生まれる

「ハーヴィス……頭でもおかしくなったのか……? なにを作るだって……?」

「神だよ、坊ちゃん。いや、レウ。お前は本当に、よくやってくれたよ」


 ハーヴィスは語る。彼の思惑、その目的を。


「妖精とは、実在する超常存在だ。だが、皆が語る神というのは、完全なる空想だ。宗教を説明するための装置と言ってもいいだろう。全てを照覧する絶対神など、いない。だが、妖精たちに言わせればな、元々全能で万能の神がいて、そこから分かたれたのが妖精だというのだ」

「神が、いる……?」

「今の妖精は、翅族毎に能力が異なる。だが、本来はこれは一つの翅族であった。あらゆる奇跡を自在に操る、真に万能の一族。妖精たちはそれを【虹の翅族】と呼んでいた」

「【虹の翅族】……」


 全く聞いたことも無い話である。くだらない妄言だと吐き捨てることもできたが、しかしそれを語るハーヴィスは、真に迫っているようであった。


「一部の妖精は、再び【虹の翅族】を復活させることを悲願としている。だが、そう簡単なことではない。無数に分かたれた翅族を一つにまとめる、だなんて、なにをどう試そうと失敗に終わっていた。だが、ある日、解決の糸口が見つかった。色をくっつけても濁るだけなら、真っ白なキャンバスに塗りたくればいい。つまり【純白の翅族】こそ、この【虹】の下地になる一族であったのだと、気付いたんだよ」

「……【純白】。シャロの、一族」

「そうだ! 奴らは劣化した魔法を覚える、なんて大した役にも立たない特性を備えている。が、それも必然なのだ。彼らは無数の翅族の【色】を吸い取るための一族なのだから! 何故突然、妖精たちがこんなことに気付いたと思う? レウよ」

「……知るかよ、楽しそうに、ペラペラと……」

「ローウェルだ! あいつは、妖精の国に行って、【純白】と出会った。そして、その時、妖精の国にはなかったモノが観測されたんだよ! わかるか? 「恋」だ! 奴らが忘れ去ったその激情は、【色】を融着させるのにうってつけのエネルギーだったんだ! そのときに妖精どもはようやっと気付いたのさ! これが鍵だったのだと。恋をした【純白】に、色を注ぐことこそが、神を作り出す正しい手順なのだと!」


 そしてハーヴィスは、両手を広げた。


「妖精たちは【純白】を追った! だが、ローウェルはこちら側に【純白】と家族を逃がした! 妖精から人に存在を堕とさせてでも、だ! だが、その逃走劇の中、ローウェルの【純白】の恋人は傷を負い、耐えきれず死んでしまった。残されたのは、哀れなローウェルと、たった一人の娘だけだった」

「たった一人の、娘……」

「そうだ! それがシャロだ! しかし妖精はこちら側に、安易に手を出すことはできない。次元を堕とすことになるからだ。だから、ギルドに追わせるしかない。シャロは強い魔力を放っている。ギルドはすぐに居場所を補足するだろう。……人として生きて欲しい、なんて世迷い事もほざいてたのかもな。ローウェルは、シャロの妖精の部分を切り取ることにしたんだ」

「……ハーヴィス。もう、いい。お前は、黙れ」

「わかるか? ローウェルはな、シャロの一部を、大量の魔導書に変えて、世界中にばら撒いたんだよ! 人として生きられるよう、利用価値を最大限減らすように! 小癪な奴だ。シャロを捉えたところで、そいつ自体は、不完全な妖精崩れだ。とても神の素体になるような器ではない」

「ハーヴィス……! お前、お前……!」

「だがなぁ、あいつは知らなかった。これで十分だと思っていた。何も知らないが故に。俺は、知った。あいつが作った、妖精言語で、ギルドの妖精どもから確認したんだ! ――恋をした【純白】は、神の素体になり得ると!」


 レウは、言葉を失った。

 そんなことが、あっていいはずが、ない、と。


「俺らは必死に探した……! ローウェルを殺して奴の家を調べたがなにも出てこなかった! だから世界中探し、そして、手に入れた。ここにあった魔導書は、特に強い代物だ。【純白】の根幹を記した、全てを真っ白にする魔法、もとい、妖精に羽化するための魔導書だよ。これをシャロと融合させれば、彼女は妖精に近しい存在となる! ――あとはシャロに、恋をしてもらうだけだ」


 ハーヴィスの語る計画は、あまりにもおぞましく、レウの耳に響いた。


「魔導書を通じ、この本のことを姉だと思い込むように、暗示をかけた! あれはローウェルに似たのか、強情な女だったからな。かならず無茶をすると思ったさ。何人もの男を用心棒として送り込んだ! 命を賭けた壮絶な旅は、恋に落ちるに絶好のイベントだからな。だが、奴らは予想外に弱すぎた。次から次へと殺されていったよ」

「クズ野郎……」

「そこで現れたのが、お前だよ、レウ」


 ハーヴィスは、にっこりと、レウに微笑んだ。


「エロ本と呪いの本を取り違えたんだって? だが、それも考えると必然だな。呪いの魔導書もシャロの一部であるからだ。言わば魔導書自身の意思で、強者をシャロに引き寄せるように動いたんだろう。お前は本当によくやってくれた。シャロと冒険を駆け抜け、そして無事、恋に落ちた」

「ハーーーヴィス!」


 レウは立ち上がった。

 シャロという神秘の存在により、周囲の時空は歪んでいる。重力なんていう縛りも、随分緩くなっていた。

 レウは背中の【星剣】を抜いた。【籠手】と【星剣】に【指輪】の魔力の全てを回した。

【星剣】が吠える。波濤のようなエネルギーを纏う。

 星を斬る最強の剣が唸り、《魔法卿》を斬らんと魔力の極光が放たれる。


 だがハーヴィスは、ぱちん、と、指を鳴らした。

 すると瞬く間に、【星剣】と【籠手】に悪性の魔力がどんどん流れ込み――二つの妖精武器は破裂し、無残に瓦解した。

 呆然とするレウに、ハーヴィスは冷たく言い放つ。


「ダメじゃないか、レウ。俺は敵だろ? 【指輪】の魔力に、何かを仕込んでるに決まってるじゃないか」

「テメエ……!」

「エルセイドとアルスは厄介だった。あいつらは特に、妖精嫌いだ。奴らの妖精武器は【虹】の幼体を殺しかねない。だから真っ先に排除しておきたかった。本当に、神が完成するのは、お前のお陰だよ、レウ」


 全ては彼の手の平の上だった。

 対抗する手段を失ったレウは、呆然とするしかなかった。

 ハーヴィスは、少しだけ残念そうな表情で、少年を見やる。


「俺は本当に、お前を買ってたんだぜ。騙すような真似をして悪かったが――もうちょっと、反撃してくるかと思ったのも、事実だ」


 全てを語り終えたハーヴィスは。


「それじゃあ、始めようか」


 両手の指を鳴らす。

 その瞬間、何故だろう。レウの心の大事ななにかがごっそりと、持っていかれたような感覚に襲われた。

 たまらず膝をつくレウ。そして、宙に浮くシャロを見上げると。

 彼女は一層強く輝き、神秘性が増している。


「【純白】を神にするには、妖精と人間両方の恋心を燃料にすると確実だ。悪いが、奪わせてもらう。ほら、見ろよ。シャロの中に、様々な妖精たちが混ざりに来ている。今ここで【虹】が生まれる。全能にして万能の神。人が従うべき、絶対の存在だ」


 ハーヴィスは、煌めくシャロに手を組み、祈りを捧げた。

 全ては彼の計画通り。今ここに神が生まれる。

 その脇で、もはや認識すらされていないレウは、ただただ呆然と。膝をつきながら。

 失った感情に、思いを馳せていた。

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