第39話 - 最果の戦場 星が瞬く

 人と人は争う。何千年も前から、変わらず。飽きることなく、争い続ける。

 人と人。集団と集団。国と国。

 この荒れ果てた大地も、その争いの災禍に遭った土地であった。

 とある大国と大国がぶつかり、互いの戦力が激突した広い荒野。

 否。元は、緑豊かな草原であった。しかし、激化した戦いにより草木は燃やされた。

 そして止めを刺すようにして――この戦争にギルドが介入し、S級の冒険者が派遣された。

 彼の名を《星崩し》アルス。【星剣】と呼ばれる至高の妖精武器が存分に振るわれ、その結果ここは草の一本も生えない、荒廃した大地へと堕ちた。


 戦争が終結した後、ここは最果の戦場と呼び習わされ、忌み嫌われることとなった。

 近付くだけで呪われる、汚らわしい土地である、と。


 そんな大地の只中に、ぽつんと立つ人影があった。

 彼は美しい金髪を風に靡かせており、いくつもの星々が輝く夜空の下で立っている。

 背中には、大きな剣を掲げていた。それは、奇妙な剣であった。鉄の刃ではなく、神秘的な鉱石がそのまま柄から生えているかのような剣であった。


 彼こそが、ここを最果の戦場へと変えた張本人。

 ギルドが誇る最高戦力、S級冒険者の一人、《星崩し》アルスである。

 感情を感じさせない、超然とした表情のまま、夜空に浮かぶ丸い月を見上げている。


 そんなアルスの元に、近付く足音があった。

 荒れた大地を踏みしめ、その少年はアルスと相対する。

 もじゃもじゃの髪の毛に、不潔な外套。腰に佩くは愛用する細い剣。


 レウとアルスは、最果の戦場で、出会った。


「やあ、こんばんは。月が綺麗な夜だね」


 レウが気さくに、挨拶をする。それを受けてアルスは、無表情のまま返した。


「否定する。綺麗とは、普通よりも秀でている状態を指す。この辺りは人の灯す光が無く、標高も高いから、星の光が良く映える。だからこのくらいの輝きは、ここでは普通だ。特段、話題にすることではない」

「はっ。おいおい、《星崩し》ってのはこんなに連れない奴だったのかよ」

「疑問だ。今日は、あの白いのはいないのか」


 レウの皮肉を無視して、アルスは隣にいるべきはずのシャロの不在を指摘した。

 これまでの戦いで、必ずと言っていいほど、シャロが共にいたことは、報告で聞いていたのだろう。

 レウは、半笑いのままかぶりを振った。


「ちょっと喧嘩しちゃってね。悪いが今日は一人だ」


 喧嘩、とレウは言うが、それは嘘である。

 彼は黙って、決戦の場に一人でやってきたのだ。

 共に戦うと決心した彼女を軽んじるわけではなかったが、ハーヴィスからアルスの力を聞いた時から、こうしようと決めていたのだ。

 アルスは、こくりと頷く。


「好都合だ。あの女は、殺しちゃいけないらしいから。ここに来られたら、絶対にまとめて殺してしまうと、危惧していたところだ」

「ああそうだ。存分にやれるっていうのは、お前も、僕も、同じだよ」


 そしてレウは、剣の柄に手を掛けた。

 相手はアルス。S級冒険者。最強の候補に挙がる伝説。それが目の前にいる。

 レウは、敵の一挙手一投足を一切見逃さないよう、全ての神経を集中させていた。

 どこで攻撃が始まるかもわからない。気を緩んだ瞬間が己の寿命である、と言い聞かせ、極度の緊張感を保ち、何かあればすぐにでも剣を抜けるように、相対する剣士の挙動に注意を払っていた。


 対するアルスは、自然体であった。レウの挙動など、大して気にしなくてよいだろう、というように。

 ぼんやりと輝く星のように、彼は強烈な存在感を発しながらも、その真意の見えない超然とした態度で、ずっとそこにいる。


 そしてアルスはおもむろに、懐に手を突っ込むと、一冊の本を出した。

 黒く物々しい装丁の本は、レウにとっては見覚えのある本であった。


「君、これが欲しくて戦ってるんだろ? ギルドから持ってきた」

「……まさかだな。はは、《星崩し》様自らがそんなのを持ってきてくれるとは」

「これ、いい本だな」


 聞き間違いかと思った。

 アルスはパラパラと黒い本をめくる。その中身は、女性が肌を露わにして、様々なポーズを取っている桃色の本である。まさしく、レウが探し求めていた一級品のそれに他ならない。

 ギルド最強の剣士は、しげしげと眺めながら、感嘆する。


「驚嘆だ。どう見せるか、じゃなくて、どう隠すか、を追求している。だから、読者側次第で如何様にも楽しめるよう工夫が凝らされている」

「そ、そう! そうなんだよ! これを作った奴は相当な変態だ! 見えない部分に本質が宿るという妄執で出来上がった、わけのわからない最高の本なんだよ!」


 レウとアルスは、エロ本を巡って意見を賛同させた。互いに言葉を尽くして褒め合うその様は、まるで昔ながらの友人のようであった。

 うんうんと頷き、アルスは本をぱたんと閉じた。そしてそれを掲げ、レウに問いかける。


「提案だ。これをあげるから、この一件から手を引け。呪いとやらを解けそうな奴も紹介してやろう。君の目的はここで達成される。死体も残らないほど粉々にしたと報告してあげるから、もう我々に関わるな」

「……なんだ、折角趣味が合う友達ができたと思ったのに、脅迫とは酷いもんだな」

「ボクは、妖精を信じていない。ギルドに思うがまま命令するあいつらが気に食わない。あの白い女が、奴らの狙いであれば、ボクが囲って、対妖精の材料にする」

「それを聞いて、どうして僕が納得すると思うんだ」

「ほら、お前はこれを飲まない」


 冷たい言葉が、レウを突き刺した。

 それまでの朗らかな空気から一変。アルスの目は酷薄に光り、レウの本質を糾弾する。


「矛盾だ。これが相当大切だからウルダンを襲ったのに、お前はこれを見たときに「そんなの」と言った。つまるところ、これが大切なんじゃない。お前、これを読んで最後に死のうとしていたな? ただ死ぬきっかけを奪われて思うさま暴れてるだけの、虚無だ。つまらない奴にありがちな目をしている。なにかに執着しているから戦っているのではない。ちょうどいい死ぬ理由が欲しいだけの、ただの屍だ」


 星の光が全てを見透かすように、アルスはレウの本質を見抜いていた。

 

「なんだよ、えらい好き勝手言うじゃんか」

「不要だ。屍と、これ以上言葉を交わす必要がない。最後のチャンスを、お前は見逃した」


 そしてアルスが、背の大剣を抜く。鉱石のような刀身が、美しく輝いた。

 

「魔法文字でこんなところまでボクをよくも呼び出したな。ここは、ボクが存分に力を発揮できる場所だぞ? それでは、死ね。虚無の男。せめて、【星剣】で屠られる、名誉だけを授けよう」

「……じゃあ僕からも、提案してやろうか」


 レウも剣を抜く。これまでの激闘を支え続けた、なんの特性もない、軽いというだけの細い剣。


「そのご自慢の剣を、置いていけよ。そしたらお前の命だけは、助けてやるよ」

「愚かだ。あまりにも。誰にそんなことを言っているんだ」


 そして二人の剣士は、睨み合い――ほどなくして、互いに駆け出した。

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