第29話 - 地下迷宮 悪夢
「なんでだよ! おっさん、なんで……皆、死んじゃうんだよ!」
遠い日の記憶。心の奥底に眠らせていた、残酷な風景。
辺り一帯は燃えていた。破壊的な火炎が、そこら中に放たれている。
煌々と赤く輝く炎が立ち昇り、皆を黒く焼いていた。
幼い声で叫ぶ声は、レウ自身のものであった。
涙を流しながら、その炎の惨劇を睨んでいる。
その最中に立つのは、細い剣を一本携えた男が、一人。
そいつは、レウの方を振り返ると、いつもの調子で、へら、と笑った。
「レウ。恨むな、憎むな。こうなることも、水平なんだ。お前一人が、この荷物を拾わなくていい」
「おっさん! 俺も、俺も戦う! だから、おい! 離せよ! この、この!」
レウは、別の男に担がれていた。がっちりと力強く拘束され、どれだけ暴れてもびくともしない。
その様子を見て、炎の中に立つ男は、頷いた。
それを受けて、レウを担いだ男は、一気に駆けだす。炎とは逆の方向に。
レウを男と。仲間たちから引きはがすように。
炎の奥から、黒い影がゆらりと現れる。幾人もの人影の胸には――冒険者の証たるバッチが、色とりどり輝いていた。
それに対峙する男はゆっくり、剣を抜く。そして炎がさらに勢いを増し、彼らの姿を覆いつくし、見えなくなってしまった!
「ばかやろおおおおおおおおおおお!」
レウの絶叫は、虚空に吸い込まれる。
遠く離れて、はっきりと見えた。彼が住まう里は、巨大な炎に包まれている。
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「レウ! レウ! しっかりして、どうしたの!?」
シャロの呼び声に目を覚まし、ベッドから、がばりと身を起こした。
レウは素早く辺りを見回す。
そこは、薄暗い小部屋で、己は小汚いベッドに横たわっていたようであった。
そして隣にはシャロがいて、心配そうな目で、レウの手を握っていた。
レウは、己の顔を手で覆う。びっしょりと、嫌な汗に塗れている。
「うなされてた。ひどく、辛そうに。どうしたの、レウ?」
「……ちょっと、嫌な夢を見ていた、だけだ」
まだ少し、動悸がする。
冷静になれ、と自分に言い聞かせ、震える鼓動を落ち着かせた。
昨晩からの記憶を、なんとか整理する。
昨日。《天槍》のラスタに勝利した後、レウはもう体力の限界であった。
シャロに寄り掛かるようにして、なんとか指定された廃墟まで辿り着き、シャロがなにやら合図をすると、何所と知れぬダンジョンまで転送されたのだ。
そして、この部屋のベッドに倒れこみ、泥のように眠っていた。
回想がまとまると、今の状況が冷静に見ることができる。
腕や腹を見ると、拙い手つきで包帯がぐるぐる巻かれていることがわかった。
そしてシャロを見ると――彼女の綺麗な白い手は、赤くささくれだっている。
彼女の目には隈が浮かんでいたが、レウが無事であることを知ると、ほっとしたような表情を見せる。
満身創痍で意識を失ったレウを誰が看病していたか。聞くまでもなく、明白であった。
二人は目を合わせ、気恥ずかしさで逸らし、間を埋めるような言葉を探す。
そんないじらしい空間に、割って入る無粋が来た。
にゅるり、としか表現のしようのない感覚で、何もない空間に一人の中年が現れた。
ゆったりとしたローブは、装飾が豪華で、きらきらと輝いている。
「やぁやぁ、おはよう、諸君! そして、よくやってくれた! 王国はてんやわんやだが、腹を決めたらしい。至る所に魔術紋が刻まれているよ。『《黄金騎士》は貴様と決闘を所望する。三日後、闘技場で待つ』とのことだ。はははは! 決闘だってさ、レウ! 血が騒ぐよなぁ!」
ハーヴィスが、やけに上機嫌に話す。
二人は、ぱっと距離を離し、何かを誤魔化すかのように、中年の話に無駄に首をうんうんと頷かせるのであった。
「これも俺の作戦通り、というわけだな! 面子にこだわるから、決闘なんて馬鹿な結論に至る。ははは! どうだ、感謝したくてたまらないか?」
「決闘って、一対一ってことか? 大丈夫なんだろうな。それ、罠とかではない?」
「俺はあいつらのやり方をよく知ってるつもりだ。誇りを重んじるあいつら自身が「決闘」と言い出したのであれば、まず守られるだろう。もしもそうではなかった場合は、特別だ。俺が介入して、お前らを逃がしてやるから安心しろ」
ギルドの大幹部から「安心しろ」と言われれば、返す言葉もない。
レウは渋々頷いた。
彼らのこれまでの作成はこうだった。
王国の騎士たちを一人ずつ倒す。団長を出せと言い残しながら。
そうすれば、しびれを切らした王国は、エルセイドを単騎で出すであろう、という計画であった。半信半疑であったが、事実計画通りの展開となっているので、ハーヴィスは楽しくてしょうがないんだろう。
だがレウは、げんなりした顔になっていた。
「……本当に、僕ァ、何回か死にかけたんですけどねぇ。感謝するなら僕に、じゃないかなぁ」
「ははは! 文句を言えるってことは、元気ってことだな、レウ! さて、それでは《黄金騎士》の話をしようか!」
そうして彼は、レウのクレームを無視して、至極楽しそうに話を進めた。
乗る船を間違えたか、と、レウはあきれ顔になる。
「俺の知ってる情報を渡そう。《黄金騎士》エルセイドの妖精武器【破神の籠手】は、装備した者に尋常ならざる怪力を授ける。そして、《黄金騎士》が保有する魔法は【武器魔法】だ。王国専有の妖精だな。奴は次々と武器を生み出して、使い潰すように、力任せに振る。それが基本的な戦い方だな」
ハーヴィスが滔々と流れるように、次の敵の能力を話す。
目的の【破神の籠手】の特性は、怪力の付与。
そして無数の武器を生み出す魔法を持つという。
聞くからに強敵でありそうだ。レウは神妙な顔で、ハーヴィスに尋ねた。
「それで、どうやって戦えばいいんだ?」
「ふははは! わからん! まともに戦えば、まず負けるだろうな。そして、あまりに卑劣な手を使うと、向こうの騎士団が黙っていない。決闘という縛りを無視して囲まれるだろうな」
「……なんだよ、このおっさん」
「少なくとも、その細い剣じゃあ、エルセイドの攻撃は受けられんな! なんとか小細工を考えねばならん!」
ハーヴィスは、あっけからかんと、勝ち筋が見えない、という。
呆れたレウだが、状況はここまで進んだ。もう戻る道はない。
そこから、三人で、どのように戦うべきかを議論する。
そんなことをして、幾ばくか時間が経ち。
レウが、ふらふらと、体を揺らした。
昨日の戦闘は、これまでより激しかった。シャロの必死の看護があったとして、レウの体の中のダメージは抜けきっていない。
長時間の議論に、まだ体が付いていなかった。
議論も思うような解決策が出ていない。
シャロがその様子に気付き、すぐさまレウを別室に行って横になるように伝え、彼は大人しく従った。
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その様子を見て、ハーヴィスは肩をすくめる。
「すっかり、阿吽の呼吸だなぁ。お嬢さん、奴さんと馬が合うようでなによりだ」
二人きりになった部屋で、ハーヴィスが心からそう嘆息する。
三人の従士にも、心を開かなかったわけではないが、一歩距離を開けていたように思う。
これほど感情をぶつけられるのは、レウが初めてだったのだろう。
二人の仲に喜ぶハーヴィスであったが。
シャロは少し迷いながら――意を決して、ハーヴィスに尋ねた。
「ハーヴィス。もしもあなたが、《水平線》という言葉について、何か知っていたら、教えて」
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