第27話 - 王国首都カナリオ 宣戦布告
ラスタは空いた口が塞がらないようであった。
それもそうだろう。こんな修羅場に乗り込んできて、どこかで買ってきたであろう水着を見せびらかす女なんて、これからもお目にかかることは無いであろう。
だがふざけている様子ではなく、ひどく照れながらも、真剣な様子ではあった。
それを受けて、レウは、もじゃもじゃの髪の毛をぼりぼり掻きながら、笑った。
「どうかしてるよ……お前も、僕も。じゃあ、遠慮なく、使わせてもらおうか!」
そして、不気味な時間が流れた。
レウの目は血走り、水着姿でくねくねしている少女を凝視している。
ラスタは困惑した。これが何を意味するかわからないからだ。
――解説をしておくと。少女が、自ら必死に考えた考えた淫らな姿の最高点が水着。そういうシチュエーション自体が、修行の質を高めていた。
そしてレウは、シャロが投げ地面に突き立った槍を見た。
隅々まで、細かい傷まで観察をし……そして、目の前の槍の騎士に向き直った。
レウは剣を構え――突撃をする。
ラスタは両手に槍を握り、ため息を吐いた。
「何もかも意味不明だ、お前ら。もういい。ここで――死ね!」
そして槍を投擲する。魔の槍は赤雷のように、凄まじい速度でレウに襲い掛かる。
それが、一本、二本、三本、四本。
周囲に突き刺した槍を次々と投げ、合計四本もの槍が飛翔し、レウに襲い掛かる。
迅雷の如き槍が、四本。どれかを防げば、残りの三本が深くレウの肉体に刺さる。
不可避の攻撃。単純だが凶悪な一手である。
ラスタが複数の【ゴッドバード】を同時に投擲するだけで、相手は為す術がないのだ。
騎士団隊長が放った必殺の四槍を前に、レウは。
シャロが突き刺した槍を素早く地面から引き抜き、目の前で回転させるように放り投げた。
誰が扱おうが、槍に乗った速度は凄まじく加速する。一本の槍が赤い円盤のように、眼前にて高速で回転した。
これを掻い潜れるものなどない。四つの槍は、回転する槍と激突し、スピードを落とした。そしてそのまま落下する。
その隙にレウは、ぐん、と距離を詰めた。
剣が届くところまで踏み込むことに成功し、その勢いのまま刃を振るおうとする。
が、それを通すほどラスタは甘くない。
男の両手に再び、槍が現れ、勢いよくぶん回した。
「舐めんなよ、剣士風情が! 俺に近付いたのは、大間違いだよ!」
槍が暴風を巻き起こす。敵の肉を削ぎ落す超回転が左右よりレウに襲い掛かる。
状況としては先ほどと大差がない。
左を防げば右の槍に抉られる。右を防げば左が突き刺さる。
一本の剣などでは対処のしようがない、絶体絶命の刃の嵐を前に、レウは。
恐ろしいほど冷静に、その回転を見て――真っすぐに剣を振り下ろした。
レウの剣は、二本の回転する槍が交差したその瞬間に、振り抜かれた。
左の槍の下敷きになる形で右の槍諸共打ち落とされる。
槍を交差させた格好で、ラスタの二槍は地面に叩きつけられた。
今度こそ絶好の好機。複製の魔法に必要な、一瞬の隙も無い。
レウは飛び掛かるような形で、月明かり照らす刃を、ラスタに向かって斬りつけた。
しかし聞こえてきたのは、ラスタの悲鳴ではなく、鉄と鉄が激突する音であった。
騎士の手元には、また新たに、紅き魔槍が一本握られている。
レウの剣は、ラスタの槍の穂先によって、阻まれていた。
攻撃が失敗したレウは、そのまま飛び退るように距離を取る。
二人は再び対峙した。
槍の一突きが届く限界。一歩踏み込めば刃が届く限界の距離である。
お互いが死傷圏に足を踏み入れている。そして、二人は察していた。
次の攻撃で、勝敗が決する。
もう無駄な言葉は、両者吐かない。じり、じり、と、間合いを計り、もどかしくも濃密な睨み合いが続いた中――。
レウが、動いた。真っすぐ、ラスタに向かって駆ける。
それに合わせて、ラスタの槍が放たれた。一切の無駄の無い芸術品のような槍の一突き。魔槍の特性により激烈な速度にて敵を貫かんとする。
そして赤い閃光と化した槍がレウの胸元まで迫ると、これまでのようにレウの剣がぎりぎりのところで槍を弾いた。
だがこれで終わりだと思ったのであれば、甘すぎる。
ラスタはすぐに槍を手元に戻し、再び神速の突きを食らわせるだけである――。
異変に気付いたのはラスタであった。
剣と激突したのに、槍の加速が、終わらない。
弾かれた方向に、加速を無限に続ける。
槍に引っ張られるようにして体勢を大きく崩したラスタは、暴走する槍を手放した。
彼の眼前にはレウが、迫っている。
ラスタはまた、両手に複製の槍を出現させ、崩れる体勢のまま、無理に攻撃を繰り出した。
が、その攻撃はレウの剣に弾かれる。そしてまた、複製した槍までも、弾かれた方向に加速を続ける。
制御しきれず、ラスタは無防備な状態となる。
その胸に、レウは大きな斬撃を放った。
鮮血が吹く。月を赤く彩るように、騎士の血が空に昇る。
「槍は物にぶつかると加速をキャンセルさせる。その制御を行っている妖精文字は、穂と柄の間にある、首の部分だ。シャロの言った通りだよ。そこを傷付ければ、何をしても止まらない、制御不能な暴れ槍に生まれ変わる」
地に倒れたラスタを見下ろしながら、レウは、肩で息をしながらそう解説を続ける。
「しかし厄介なのは、君の魔法が、複製をする魔法である、ということだ。一つを傷付けても、それを放棄されれば為す術がない。だから大いに困ったけど――よくよく見ると気づけた。その槍、たった一つの原型を複製しているんだろう?」
地に転がり、荒く息を吐きながら、ラスタはレウの言葉をじっと聞いていた。
「どの槍も、全く同じ場所に、全く同じ細かい傷が付いていた。複製された槍は、原型の槍の状態をそのまま引き継ぐんだ。だからこの勝負のポイントは、原型の槍を傷物にできるかどうかだった」
「……はは! 兄さん、えらい推理だな……! だが、無謀すぎるぜ……! 複製か原型かなんて、見分ける方法なんかないくせによ……!」
「ああ。傷を付けた槍が、本物の槍かどうか、なんてわからない。だけどね、最後に打ち合った一本の槍は、いつもより早く君の腕の中に出現した。それは複製じゃなくて、なんらかの別の方法で格納していた槍だろう? 特別な一本だったってことさ。僕はあの時、それが原型だと確信したよ」
レウは、たった一つの勝機を見出すため、狂気じみた特攻を決めたのだ。
原型の槍は魔導によって小さく圧縮されている。
そのため、コピーされた槍は、複製、圧縮解除、という手順を踏んで展開される。余分な手順が一つ入っているのだ。
故に、回避不能の緊急時に槍を展開しようと思うのであれば、圧縮解除のみで展開できる原型の槍に頼るであろうと、睨んだのだ。
事実。ラスタの槍は、王国の魔導師により「圧縮」させられ、彼の懐に仕舞われていたのだ。
原型に何かがあれば、複製にも影響が出る。性能が変わらないのであれば、原型は安全な場所に仕舞いこみ、複製だけを出現させる、正当なる判断である。
そこを見抜き、見事、妖精武器を破ったレウ。
ラスタは、口から血を零しながら、己の敗北を完全に認めた。
「ははは……。なるほどな、他の隊長どもが勝てないわけだ、こりゃ。で、どうすんだ? 殺すなら、今のうちだぜ、兄さんよ」
「いや。殺さないよ。君らの命に興味があるわけじゃない。王国に帰ったら、こう伝えて欲しいだけだ」
そうしてレウは、びしりと中指を立て、敗北した騎士に言い放った。
「いいからさっさと出てこい、騎士団長。一対一で、勝敗を決めようぜ、って」
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