第26話 - 王国首都カナリオ 天槍ラスタ
息つく暇もなく、ラスタは槍撃を放った。
稲妻のような神速の突きは、とても目で追えるような代物ではない。
レウは直感にのみ頼り剣を振るい、どうにか超高速の槍を捌く。
が、命がけで捌いた槍も、雷のような速度で手元に戻される。
そして更に槍の連撃が放たれる。
とてもではないが反撃の隙がない。
急所を優先して防御するレウ。故に、守り切れない腕や脚に切り傷が次々と刻まれた。
「ハッ! さっきまでの威勢はどうしたよ、狂剣病! 今更止めた、なんて無しだぜ!」
紅き槍の残像だけがそこらに残る。降り注ぐ篠突く雨の如き超速の連撃は着実にレウへダメージを蓄積させていった。
血を流し続けるレウは――しかし、頭だけは冷静に、物事を観察していた。
――あの槍は、制限がある。何かの物質にぶつかったとき、スピードがキャンセルされる。
――そうでなければ、永遠に加速し続ける、暴れ馬と同じだ。とても武器として扱えるものではない。
レウはそこまで見抜いた。【ゴッドバード】はその速度が強みでありネックでもある。あまりに制御が難しい槍だ。
故に、なにかしらのブレーキがなければならないだろう。そしてこの打ち合いで、槍が剣や壁に激突するたびに、スピードが弱まっていることを確認した。
だから彼が槍を振り回すときは、必ず、剣と打ち合うか、壁を刺すか、をしている。
だから、次取るべき手も、見えた。
レウはさりげなくじりじりと体を動かし、後方に壁があった場所から、虚空を背負うような場所に移った。
「そらァ!」
ラスタが渾身の突きを繰り出した。レウはそれに刀身を……合わせることなく、無理やり身を捩って、避けた。
ラスタは驚いたような顔をした。同じように、剣で受けると思ったからだ。
そして、加速を倍加させる槍は、止めどなく前に進む。操手のことどお構いなしに。
スピードのキャンセルができないため、魔の槍は暴れ馬が駆けるが如く、手の付けられなくなった妖精武器となった。こうなれば、放棄するしかない。
思わず手を放したラスタから、槍が猛然と、真っすぐ虚空へ飛んで行った。
槍を手放したラスタは今、徒手空拳である。
絶好なる、好機であった。
レウは駆けた。勝つには今しかない。剣を振りかぶりながら、レウは攻撃圏内まで駆け寄り。
どうしようもない、心臓のざわめきを覚えた。
それは、死の予感であった。
レウはラスタの腕の中を凝視する。男の空っぽの腕の中には。
先ほど手放したはずの、紅い槍が、忽然と出現していた。
ラスタは、レウの目を見て、にやりと笑う。
「兄さん。これで驚いてちゃ、まだまだだぜ」
彼は、その槍を右手に持つ。そして、空の左手を掲げると。
そこにもう一本の、紅い槍が現れた。
信じ難き絶望の幻影。しかしそれは紛うこと無き現実である。
ラスタは妖精武器を二本、手に持っていた。
そして男は、二つの槍をぶぅんと、振り回す。
それだけで風が巻き起こり、とてつもない圧力がかけられた。
猛烈な速度で回転する二つの槍は、獲物を嚙み砕く牙でしかない。
レウは咄嗟に攻撃を止め、後方に下がりながら防御に回った。
そうやって安全圏まで下がるレウに向かって――ラスタは右手の槍を、惜しむことなく思い切り投げつける。
速度の制限など度外視された槍は、さながら流星の如く。
紅い尾のような残像を描いて、レウに放たれた。
レウはその槍を、寸でのところで振るった剣により、撃ち落とした。
だが、間に合わなかった。脇腹の衣服にじわりと、赤い色が染み広がる。
ラスタは気持ちよさそうに、高笑いをする。
「ははは! どうだ、これが騎士団隊長の力だ! 最強の妖精武器【ゴッドバード】! そして、【鈍色の翅族】が【武器魔法】――【
「おいおい、ズルすぎるでしょ、そりゃ……!」
脂汗を抑えずにはいられないレウであった。
魔法を得る術は、ギルドを通じる以外にもある。
王国などの古い権力者は、特定の妖精との契約を握っており、認められれば、そこから魔法を得ることができる。
騎士団の隊長ともなれば、王より直々に妖精との契約を賜れるだろう。
王国専有の妖精。これがギルドに対抗できる唯一の手段でもあった。
ただでさえ厄介な妖精武器を、この上なく扱う騎士。
そして、そんな武器を複製できる魔法を持つ、だなんて。
これが王国騎士団の実力。少し剣に覚えがある程度では、到底敵わない相手である。
二本と言わず、三本、四本と、幾つもの槍を複製し、地面に突き立てるラスタ。
それは示威に他ならない。これだけの妖精武器なぞ、自由自在であるぞ、と。
レウはその無数の槍に対し、どう立ち向かうか思案にくれる。
と。その時。
建物の上から赤い流星が降った。
否。それは、ラスタがどこかで放り投げた、複製された【ゴッドバード】に他ならなかった。
加速を続ける槍は、ラスタを通り過ぎ、レウの目の前の地面に突き立った。
そして二人は、槍が投げられた方を同時に見上げる。
そこには一人の少女がいた。
白髪で、白い肌の、白兎のような女の子が。
震える足で必死に、屋根の上に立っている。
「レウ!」
彼女は……シャロは、叫んだ。
「この槍、首のところが、妖精文字が濃い! ここにきっと、なにかある!」
「シャロ……! 大人しくしとけって、言っただろうに……!」
窮地に現れたシャロに、レウは苛立たしい表情を向ける。
事が終わるまで、安全な場所で待機しておくよう伝えていた。なのに、彼女をこんな死地に呼び込んでしまった、己の力不足に対しても、苛立ちを抑えられなかった。
そんなレウの気持ちを知ってか知らずか、シャロは真剣な眼差しをレウに向けた。
「私だけ、安全なところで待つなんて、やっぱりできないよ。同じくらい命を賭けて、私は夢を叶える」
「命がどうだとか、それが余計な荷物だ、って言ってんだよ……!」
「……よくわかんねえが、兄さんよ」
言い争う二人の間に、ラスタが割って入り、槍の穂を、屋根の上のシャロに向けた。
「あれ、ギルドが追ってる女だろ? あれを俺らが捕まえりゃ、王国的にはギルドにデカい顔できるってことでいいか?」
「……させるかよ、槍野郎」
ラスタが挑発をする。レウがそれを受けて、殺気を増幅させる。
しかし、少年には、この槍を突破する術が見つからない。
ラスタが余裕の笑みを浮かべる。その時。
「レウ! こ、これを……見なさい!」
シャロが、ばっと、身に纏う外套を剥いだ。
少女のしなやかな肢体がレウの目に飛び込む。その白い肌は、紺色の張り付く薄い布を身に纏っている。
いわゆる水着だ。女学生が授業で着用するような、オールドタイプの水着を、彼女は身に纏っていたのだ。
ラスタもレウも、ぽかんとしている。
シャロは顔を真っ赤にしながら、無我夢中で叫んだ。
「男子は、こ、こういのが、いいんでしょ……! こ、これで……修行しなさい、よ!」
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