第23話 - 地下迷宮 シャロの決意

 なんとなく、その小部屋に二人で居続けるのは、少し気まずかった。

 確認を取る必要もなく、お互い同じ気持であったので、小部屋から出て、無言で迷宮を歩く。

 踏破済みダンジョンを管理する魔法、とのことであったように、周りに魔物などの気配はいない。もう誰も用が無い、終わった場所である。


 通路を抜けると、広場のような、開けた場所に出た。

 その眼下には、大きな湖が広がっている。ヒカリゴケが淡い燐光を発し、暗い地下の迷宮を幻想的に照らしている。

 まるで、星空が逆さに映っているようであった。

 それを眺めながら、レウは考える。

 何から話すべきか。気が付けば、凄いことに巻き込まれている。

 ただただ、エロ本を取り返せればよかったのに、ギルドを超え、妖精の陰謀などというとんでもないものがでてきた。


 手を切るのであれば、今しかないが。果たしてどうするか。


 するとシャロが、不意にレウを見上げた。

 白い肌に白い髪。小柄で愛らしい顔立ちは、白兎を思わせる。

 迷宮は静かで、二人だけの世界だ。ヒカリゴケの光が、彼女をぼんやりと浮かび上がらせている。


「改めて、ありがとう。ウルダンとエナハで、まだ生きていられるのは、あなたのお陰です。見捨てて一人で逃げる選択もあったのに。本当に、ありがとう」

「……まぁ、もののついでみたいなもんだ。話の途中で死なれちゃ、目覚めが悪い。それだけさ」

「死ぬかもしれなかったのに?」

「なんとかなった。そして、死んだら、その時はその時だ」


 そして沈黙が訪れる。

 どうしたのかと訝しみ、レウがシャロの顔を覗くと。

 彼女の肌が、少しずつ、淡い光に照らされた肌が、赤く染まっていくのが見えた。


「とりあえず、ありがとう。でも……今後は、その、ああいうの、の、許可なんか、取らないでね」

「……? ああいうの、っていうのは」

「~~~~~ッ! わかってよ、バカ! 黙って……! しゅ、修行して、って言ってるの!」


 バシリ、とレウの腕をはたくシャロ。それを言ってまた恥ずかしくなったのか、彼女はフードを目深にかぶり直した。

 レウは、そんな彼女の様子を見て、思わず笑ってしまう。


「わかった、わかったよ。今後はじゃあ、何も言わず勝手に使わせてもらおうか」

「だ、か……ら! そういうのを、言わなくっていいって、言ってんの!」


 ばしばし、とレウをなぐりつける小さな兎。それをはいはい、と言いながら受けるレウの口に、自然と笑みが戻っていた。

 そして、なぐりつける腕が止まり、シャロは、真剣な表情で、レウの目を見た。


「あなたが言ったこと、ずっと、考えていた」


 そしてシャロが、そう切り出した。


「死んだ人の荷物を、勝手に背負うな、って話。……あなたの言う通りだと思う。彼らのためになにかをすることは、無駄なことかもしれない」

「そうだ。死は、平等で水平な結末だ。それになにかを縛られることはない」

「だけど私は、それでも背負いたい」


 シャロは、しっかりとした目で、レウに、言い放った。


「考えたの。死んだら終わり。それが平等な結末。生きるっていうのは、その間の時間のことでしかないのかって。私は、違うと思う。死んだ後にも続くものを含めて、生きるということのはずだから。死がそんなに無意味なのだったら、エナハでレウが命を賭けてくれたことにも、意味なんか無くなってしまう」

「……命を賭けた、意味」

「残したいものがあって、皆、命を賭けてくれた。死が訪れたとしても、その人は何かを残した。向き合って、その上で、決断をしたい。死んだ人が文句を言わないからって、そこから目を背けるのは、きっと違うんだと、思う」


 シャロが、必死に、そう言葉を紡ぐ。そんな彼女を見ていると、レウは、何故だろう、心がずきずきと、痛むようであった。

 そして彼女は、言った。


「死は平等じゃない。その人にとって、それぞれに特別な意味を持つ。――父が私に託してくれたのは、きっと、本当の自由のため、だった」


 たくさん悩んだのだろう。彼女が語る姿は、レウにとって、あまりに眩しかった。


「本当の自由は、逃げ続けるだけじゃ得られない。戦って、勝ち取らないといけない。だから私は、姉を取り戻しにいく。奪われて蹲ってるだけでは、一生自由になれないから。そう決断した」

 

 ヒカリゴケの淡い光しかないのに。

 決然とそう語る彼女はなんだか、あまりに眩しく――レウは、目を逸らした。


「……価値観の、相違だな」

「レウ、お願い。ここまで巻き込んで言うことではないけど、あなたが一緒に来てくれたら、これ以上頼もしいことはない。姉を取り戻す、助けになって欲しい」

「……はっ。バカバカしいね。君とは意見が違うことがわかったんだ。その上で、どうして手助けしなきゃいけない? 僕にとっての、得がないじゃないか」


 真剣に話を聞いていたのに、突如皮肉めいた言い回しで、そう返すレウ。

 だが、シャロは、きっと感じていたことだろう。

 彼は、迷っていた。放ってはおけないが、助ける理由が見当たらない。

 だからシャロは、一押しのつもりでそれを口に出した。


「エロ本」

「……は?」

「ウルダンで捕らわれてた時。私の荷物だけ先に、ギルドの人がどっかに運んでいったの。多分だけど、ギルド本部のどこかにある、と思う」

「………………………………………………………………」

「そして、私の姉は、私と違って……抜群の、体を、してるわ」

「………………抜、群、という、と」

「胸が豊満で、脚が長い女ってこと。レウ、あなたのタイプなんだよね?」

 

 レウは、固まった。

 じーーーっと、シャロを平坦な体を見つめ。

 そして急に、がしりと彼女の手を握った。


「………………せねえ、よなぁ」

「え? な、なに?」

「許せねえ、よなぁ……! ギルドがなんだ、妖精がどうだって、傲慢かましてる奴らを、野放しにしちゃあ、いけないよなあ!」


 レウはぶんぶんとシャロの手を振り、かと思えば広場の淵まで走り、湖に向かって、うおー、と叫んだ。


「やってやるぞ、ギルド! 妖精! 僕ァ、悪を討つ正義の剣士だ! お前らの所業、この剣で裁いてやるぞこらァ!」

『うわーっ。レウ、単純すぎー。でも、嫌いじゃないよ、そういうの。うふ!』


 やる気に満ち溢れた正義の剣士様は、目をぐるぐると回しながら、その辺りを駆けずり回った。

 その様子を、呆れた表情で見ているシャロ。

 想像な遥かに何倍も効果が覿面だと、複雑な心境になるのであった。

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