第22話 - 地下迷宮 妖精の目的

「それが、シャロの親父さんってわけか?」

「ああ、そうさ。あのバカ、手を出す相手を考えなさすぎだろうってな」


 はは、とハーヴィスは笑う。

 レウは、そっとシャロを見やるが、彼女は、ぎゅっと歯を食いしばって、ハーヴィスの話を聞いていた。


「奴はどうやってか妖精国に行き、【純白】の女と結ばれた。だがそこで、何故か妖精たちが【純白】の一族を狙い、襲い掛かったらしい。理由は不明なんだと。それで命からがら、奥さんと子供を連れて、人間界に戻ってきたわけさ」


 唯一の親友であったハーヴィスを頼り、助けを求めた。

 だが時すでに遅く。妖精の女の傷は癒えず、命を落としてしまったらしい。


「とんでもねえ事件だ。妖精に恨まれるだなんて、相当だ。だがローウェルは、平穏な生活を望んでいた。俺は迷ったが――平穏を守ることにした。こっそり世話を焼いてやったのさ」


 そうしてしばらくは平穏に暮らしていた一家であったが。

 そのあとは、シャロが語る通りだろう。


「だが何故だかギルドが嗅ぎ付け、急襲した。なんとかお嬢さんだけは、三人が守ったが、姉は連れ去られ、ローウェルは……」

「……いい。大丈夫。わかってる、から」


 それがあらまし。シャロは生まれてから、ずっと何かに狙われ続け、生きてきた。

 ハーヴィスはそんな彼女を、じっと見つめる。


「そして、お嬢さんはずっと、追われることになったわけだ。俺が直近、雇ってやった用心棒たちは」

「……うん。皆、私のために、死んじゃった」

「ははは! あのなぁ、シャロ! そりゃあちょっと違うぜ。あいつらが死んだのは、あいつら自身の選択の結果だ! 生死のかかる仕事だし、相応の金のくれてやってる! だから、悼むだけにして、悔やむなよ。背負いすぎるのも冒涜の一つだ」

「……そうね。ありがと。でもちょっと、そんな触らないでよ」


 ハーヴィスがわしゃわしゃと、シャロの髪を撫でまわす。彼女は、くすぐったそうに、それを冗談めかして跳ね除けた。

 レウは、何故だろう。その様子を見て心の中が変にざわめいた。

 邪魔をするように、レウは口をはさむ。


「ハーヴィス。そもそもあんたがもっと出張ってたら、余計な死体は増えなくて済んだんじゃないか」

「はは! まあ、それもそうだわな。でもな、すまないが、俺はあくまで、ギルド側の人間だ。ギルドの絶対的な力は、この世界に必要であると思っている。だから、表立って敵対をすることはしない」

「はあ? じゃあなんで、シャロを助けたんだよ。矛盾してるぞ」


 そんな文句、見透かしているぞ、とでも言うように、中年はいやらしそうな顔で笑う。

 なんだか気に入らないと思い、レウは、顔を背けた。


「そこのお嬢さんは、追われてるんだ。じゃあ、誰から追われている? ギルドか? いいや、違う。思い出してみろ。こいつらは最初、妖精から追われてたんだ。つまりな、シャロの身柄は、妖精が欲しがってるんだ。その手先として、ギルドを使ってるだけなんだよ」

「妖精が……? なんでだ? 妖精の末裔、だから?」

「そこは、正直わからない。だが、確実に、あいつらはシャロを使ってなにかをしようとしている。きっとよくないことだ。……俺は、それをなんとかしたいんだよ」


 ハーヴィスの声が、低くなった。それまで、調子よく話していた姿が、急に、真剣な眼差しで、語る。


「ギルドは、人が作った組織だ。人が考え、人が作った絶対的なシステムなんだよ。妖精のいいように使われる、玩具であっていいはずがない。俺はその、妖精の思惑を砕けりゃ、それでいいんだ。そこだけが、利害が一致してるということだな」

「随分、ギルドを崇めてるんだな。皆からはあんなに嫌われてるというのに」

「ははは! 死ぬほど嫌われてるのに、否定ができない。それこそ絶対性を証明してるんだよ、お坊ちゃん。で、俺はいいけどよ。ギルドの是非について――これ以上、議論するかい?」


 思わずレウは、ぞっとした。どれだけ気さくであろうが、相手はギルドの大幹部なのだ。不用意な発言が、命取りとなる。

 少年は黙って、首を振り、それを見てハーヴィスは笑った。


「そうだ。それでいい。存外、賢明で助かるよ! ……それで、だ。お嬢さんが言う通り、逆にこちらから姉を取り戻しに行く、というのは、俺も賛成だ。逃げ回るだけじゃ、ゆるやかな死を待つだけだからな。この状況を打開するためには、こちらから攻めにいくしかない。そのために俺は、マズい状況のときにはこうやってセーフティを用意してやったり、魔導書の情報を提供してやったりした」

「魔導書……?」

「ああ。お嬢さんの力は知ってるだろ? 生きる魔導書。死にゆくものが手放した妖精文字を覚えられる。また、世界中に散らばっている魔導書を読むことでも、その魔法をコピーできるのさ」


 それで彼女は、魔導書を探していたのか、と、合点がいった。

 その時、ぽん、とリーリスが現れる。


『あたしが、レウレウじゃなくてー、あの女に憑いてたらどーなってたんだろうね!』


 一瞬、そのもしもを考え、二人は悶々とした気持ちになり、手を煽いで小うるさいリーリスを追い払う。

 その様子を不思議そうにハーヴィスは見るが、特に触れず話を進める。


「話をまとめようか。俺は協力者ではあるが、限定的だ。妖精の思惑を潰すため、情報の提供や、逃げ場の確保くらいは手伝ってやろう。姉の救出は、二人で勝手にやってほしい。そんなところだ」

「……よくわかったよ、ハーヴィス。実に心強いSランク様だ」

「いい負けん気だな! ははは! オジサンも、昔はお前くらい尖がってたんだ。そんくらいでいいさ!」


 そうして、ハーヴィスは、すくりと立ち上がった。


「とりあえず、俺の話はしまいだ。で、お前さん二人はまだどうすべきか、迷っていると見た。話し合いな。最後まで付き合うのか、ここまでなのか。明日また来てやろう。そこで答えを聞いてから、次の話をしようじゃないか」


 そう言うと、《魔法卿》は、指をぱちんと鳴らすと、彼の姿は、空中に溶けるようにしてすぅ、と消えた。


 薄暗い小部屋に残されたのは、レウとシャロの、二人きりであった。

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