第20話 - 地下迷宮 魔法卿

「とりあえずここは安全だから。安心していい。エナハから遠く離れた、どこかのダンジョンだ」


 ハーヴィスは、キザな笑顔を絶やさず、臨戦態勢を解かないレウに、そう説明した。


「【迷宮を統べる大公ダンジョン・メーカー】。踏破済みのダンジョンを管理する魔法だ。この力によって、ダンジョンの部屋の組み換えなんかもできてしまう。この概念を拡張させただけさ。エナハの洞窟は、人が住まず、魔物も近くに生息している。即ちダンジョンと言えるだろう。そのエナハ洞窟というダンジョンと、ここのダンジョンの部屋を接続させ、中身を入れ替えた。そうして俺らが転移したってわけさ」


 全くわけがわからない説明であった。転移自体が大魔法に分類される相当な奇跡である。ダンジョンという縛りがあるとはいえ、たった一人の人間が、解釈を拡張させ、無理やり別のダンジョンにまるごと転移させたというのだ。

 三人がいるこの小部屋も、きっとその魔法とやらで自由に作り上げたものなのだろう。

 これが《魔法卿》。ギルドの大幹部の力である。


「……流石、だね。最も妖精に近い男、だっけ?」

「ああ、ははは! やめてくれよなぁ。それ、俺が言ってんじゃないんだぜ? そんなの、蟻んこがちょこんと飛び上がって、空を飛んだ、なんて自慢してるようなもんだ。妖精から見りゃあまりに滑稽だ。恥ずかしいったらありゃしねえ」


 気さくに、ハーヴィスは笑う。だがレウは、それでも臨戦態勢を解くべきか、わからなかった。

 彼が言う通り、他に人の気配はない。本当に、あの地獄のエナハから場所が移り変わったのだろう。

 だが、相手は、ギルドの大幹部である。即ち、現在敵対をしている相手そのものとも言えるだろう。

 軽口に返す余裕すら失ったレウは、剣を抜くべきかどうか迷い続け――。

 その時、シャロが、安心させるように、レウの手をぎゅ、と握る。


「レウ。安心して。ハーヴィスは、一応、仲間だから」

「おいおい! お嬢さん。一応ってひどいなぁ。強い絆で結ばれた仲間だろ?」


 レウは驚いた。彼は、ギルドの大幹部そのものである。そして、数少ないS級冒険者でもある。

 そんな男と、シャロが通じている、ということ自体に驚愕せざるを得なかった。


「シャロ。協力者と会うって言ってたのは」

「そう。このオジサンのこと。ていうか、私たちがここにいるっていうの、あなたから漏れたんじゃないかって疑ってるんだけど」

「ははは! 疑い深いねえ! そこの坊ちゃんの魔崩剣が如何ほどかを見たくてわざと居場所を漏らすだなんて、俺がそんなことするはずねえさ!」


 全く信用のできない口ぶりで疑惑を否定する魔法卿。

 それに湿った視線を送るシャロだったが、そこに緊張はない。

 レウはとりあえず、臨戦態勢をゆっくり解いていった。

 それを見て、ハーヴィスは、パチンと指を鳴らした。

 すると、何もなかった部屋から、三脚の椅子がぬるりと生成される。

 ……魔法卿の奇跡に、一々驚いている暇は、なさそうだ。

 最も妖精に近い男は、ホームパーティーのホストのように、朗らかに言う。


「さ、座りな、ご両人。とりあえず、お坊ちゃん。最初からお話してあげようか」

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