第36話 延長戦-アクシデント-③

サン! あくつサン!」

 リツは奈ノ禍を抱きかかえ、テンシから距離を取る。そして、シャボン玉が飛んで行った方に視線を向けるが、既にそれは見えなくなっていた。


 テンシは地面から少し浮いた状態で、紐と蔦を振り回し続けている。先程テンシの攻撃が当たった奈ノ禍の背中と脚は、線状に抉られており、吐く息は苦しそうだ。


「……りっつー……あーしのコトはいいから……」

「奈ノ禍サン、少しだけ我慢しててくださいっす」

 リツはそう言うと、奈ノ禍を抱きかかえて飛び上がり、テンシの攻撃を避けながらその動きを観察した。


 最初は適当に振り回していると思っていた紐と蔦の動きに、規則性がある事に気がつく。それを完全に覚えたリツはかなり距離を取ってから、周囲に他のテンシがいない事を確認すると、奈ノ禍を草原の上にそっと座らせた。


「りっつー……?」

「ここで少しだけ待っててくださいっす」

 リツはが能力で作ってくれた、着用者の全身を守ってくれるポンチョを脱ぐと奈ノ禍の肩にかけ、ふわりと微笑んだ。その際、目が合った奈ノ禍とリツには互いの“音楽”が聴こえた。


 直ぐにリツがテンシの方へ駆け出したため、それが聴こえたのはほんの一瞬だった。それでも、リツの“音楽”にノイズが微かに混じっている事に奈ノ禍は気がつき、引き留めようと立ち上がる。が、それは叶わず、倒れ込んでしまう。


 単独でテンシに向かって行くリツの背中が、また別の少女とダブる。

「リッツー……まって……お願いだから行かないで!」

 奈ノ禍の声に、リツは足を止めなかった。奈ノ禍は這ってでも必死にリツを追うが当然、追いつかない。


 リツは途中で自分の大鎌を見つけて拾い上げると、徐々に近づいてきていたテンシとの戦闘を再開させる。規則性のある攻撃を全て避け、リツはテンシに近づく。そして、テンシを斬るために大鎌を振りかざす──


「いやだ……たすけて……」

「え……」


 ──が、テンシの檻内体内から少女の声が聞こえると同時に、拘束された女子生徒が鉄格子越しに見え、リツは攻撃を止めた。それを狙っていたかのように、紐と蔦が規則的な動きを止め、一斉にリツの手足に絡みつき、体の一部檻の扉が開く。そこから顔を出した大蛇がニタリと笑い、徐々にリツに近づいてくる。


 手首にも蔦が強く絡みつき、リツは大鎌を地面に落とす。それでもなんとか藻掻くが、首も絞められ、そのまま体を持ち上げられてしまう。


 大蛇は“勝ち”を確信したように「シシシ……」と笑い、リツに噛みつこうと大口を開く。だが、その牙がリツに届く前に現れた人物によって、大蛇は真っ二つに斬られた。その後すぐに、リツを拘束していた紐と蔦も大量のナイフに切り落とされ、ついでとばかりにも斬りつけていく。


 諦めずにずっと必死に足掻いていたリツは突然の事に驚き、そのまま無防備に地面へ吸い込まれていく。けれども、地面に体がつく前に、誰かに受け止められる。


「……めぐるにぃ!」

 リツは自分を抱きとめてくれた人物……の顔を目にすると、驚きながらもどこか安心したような表情になる。


「大丈夫か、リツ。怪我は――」

 旋は柔らかな表情でそこまで言いかけたが、リツの首の痣を見た瞬間、怒りが湧き上がり、数秒だけ口をつぐむ。


「――……あのテンシを斬ってくるからリツは下がっててくれるか?」

 再び口を開いた旋はそう言いながら、リツを地面に下ろす。そして、リツを抱きとめるために一度、消していた大剣を出現させ、旋は中のテンシに向かっていこうとした。凄まじい殺気を放って。


「ま、待ってほしいっす!」

 このままではの中に捕らえられている生徒の存在に気づかずに、その人ごとテンシを斬ってしまうかもしれない。兄の殺気を感じ取ったリツはそう考え、慌てて旋の腕を掴んで引き止める。


「止めないでくれリツ!」

「旋にぃ落ち着いて! アタシの話を聞いてくださいっす!」

 妹を力尽くでは引きはがせない旋と、目一杯の力で兄の腕を掴むリツは言い合いになっている。そんな二人の元へ近づいてきたのは、旋の相棒であるレイだった。


 おとなし兄妹のやり取りを横目にレイは、自分達の周囲にドーム状のバリアを張る。レイの存在に気づいた兄妹は口論を止め、彼の方を見た。すると、レイが片腕でおとを抱え、奈ノ禍を背負っている事にも気がつき、特にリツが驚いて大きく目を見開く。


「圷サン! 無事だったんすね。よかっ――」

 リツは乙和の顔を見て、うれしそうに声をかけるが、レイの鋭い眼光も視界に入り、思わず途中で固まった。


「貴様ら……何をしている。ここは戦場だ。無防備に言い争うのは危険だと、自覚してくれ……」

 レイは乙和を地面に下ろすと、諭すような声で鳴無兄妹にそう言った。


「ごめん……」

「ごめんなさいっす……」

 レイの言葉にハッとした旋とリツは、同時に頭を下げる。そんな兄妹を見て、レイは慌て気味に「我に謝る必要はない」と言う。それからリツの方を見ると、背負っていた奈ノ禍をそっと彼女に引き渡す。


「奈ノ禍サン……?」

 自分に抱きついてきた奈ノ禍の体が、微かに震えている事に気がついたリツは戸惑う。


「リッツー……よかった。生きてて、ほんとによかった……」

しゅう奈ノ禍を守る為だったのだろうが……相棒を強制的に戦線から離脱させ、一人で戦うのは止め給え」

 奈ノ禍は泣きそうな声で、レイもどこか悲しそうに言葉を発した。彼女らの言葉にリツは、奈ノ禍をとても不安にさせていたのだと察し、相棒を優しく抱きしめ返す。


「奈ノ禍サン、ごめんなさい。もう一人で戦ったりしないから安心してほしいっす」

「うん。約束だからね」

 奈ノ禍はそう言いながら、ポンチョをリツに返した。リツは「はいっす!」と返事をすると、ポンチョを身に着ける。


「旋も一人で突っ走るのはやめてくれ」

 一方、レイは旋に向き合うと、彼に目線を合わせた。レイに真っすぐ見つめられ、旋は申し訳なさそうに「分かった」と頷く。



 ちなみに、草原エリアに足を踏み入れてからの、旋とレイの行動を振り返るとこんな感じだ。


 ――リツと同じチームの生徒に状況を確認している最中に、勢いよく飛んできた黒いシャボン玉をレイが片手で止めた。


 そのシャボン玉の中から現れた乙和に、リツと奈ノ禍が危機に瀕しているかもしれないと聞いた瞬間、旋は走り出す。当然、レイはすぐに旋の後を追おうとしたが、それよりも先にマントを乙和に掴まれてしまう。


「わたしも連れてって」

「なぜ我が――」

「シャボン玉よりあなたの方が、リツちゃん達の元に早く戻れそうだから」

 淡々と言い放った乙和は、何がなんでもレイに連れていってもらう気でいるようだ。それを感じ取ったレイはこのやり取りを早く終わらせるためにも、仕方なく乙和を片手で抱き上げ、急いで旋を追う。


 レイの足であれば、すぐ旋に追いつけるのだが、運悪く他の生徒が戦っているテンシに行く手を阻まれる。そのテンシを刀で斬り、先を急ぐが別のテンシにも妨害されてしまう。それも突破したレイが視界に捉えたのは、無事にリツを救った旋と、地面を這う奈ノ禍だった。


 旋の方は大丈夫だと判断したレイは、それなりに付き合いがある奈ノ禍を放っておけなかったのもあり、彼女を背負い――今に至る。

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