後編

 あれから私は頭の中が真っ白になっていて、いつの間にか帰宅していて、両親に怒鳴られている。


「お前は何を考えているんだ! バルドー侯爵の御子息からの結婚の申込みを断るやつがあるか!」

「エマ、あなた昔からレイン様のことが好きだったんじゃないの? ただでさえ魔力がゼロでお嫁の貰い手をどうしようか悩んでいたところに、良縁が舞い込んできたというのに。あなたちょっとおかしいんじゃない?」


 両親の言うことは最もだ。

 この世界で魔力がゼロなのは、本当に無能なのだから。

 どんなに魔法の才能がない人間でも、魔力ゼロはあり得ない。

 色んな魔導士様に見てもらったけど何もわからないまま。多分一生このまま魔力ゼロで生涯生きていくしかないと、匙を投げられた程だ。

 だから私は魔力がゼロでも出来ることを探した。

 それが魔法を補う為の、マジックアイテムの開発と作成だ。

 魔力があっても魔法の才能があるとは限らない人の為の、いわば便利アイテム。

 開発すること、そして作る時に魔力は必要ない。

 私にはもうこれしかないと思っていた。

 お嫁の貰い手がなくても、私の作ったマジックアイテムで騎士団の……レイン様のお役に立てるならと。

 間接的にでも役立てることが出来たら、私はそれで満足だった。


 だけどまさか、その憧れで推しであるレイン様から結婚を申し込まれるなんて、想像もしてなかったわ。


 両親の怒りは治らず、私はバルドー侯爵邸に出向いて直接謝罪しに行く羽目になった。

 あぁ、でもお父様……お母様。

 確かに私はずっと前からレイン様のことをお慕いしています。

 でも、違うんです。

 レイン様は確かに素敵で、これ以上の男性などこの世に存在しない位に完璧な男性。

 だからこそ、なんです。好きじゃないから断ったんじゃないの。恥ずかしさで断ったわけでもない。


 推しと結婚するのは、もうそれは……解釈違いなの!


 レイン様の妻が、こんなカラスみたいな黒髪の暗い地味な女!?

 あり得ない!

 魔力ゼロで、何の役にも立てないグズな女がレイン様の妻になってはダメなの!

 

「レイン様に釣り合う女性は、そう……! 非公認レイン様ファンクラブ会長、ナターシャ・グレゴリー様レベル出ないと!」

「私がなんですって?」

「ひいいいいい!」


 バルドー邸の玄関先に、ナターシャ様が立っていた。

 波打つような美しい金髪、これは高貴な身分の証でもある。

 白い柔肌、凛とした瞳、麗しい唇、スタイル抜群なナターシャ様は貴族学校でもマドンナ的存在だ。

 そう、もしレイン様がご結婚されるなら……。

 ナターシャ様のように、完璧同士がお似合いなのよ。

 私は地味な顔に似合わない派手めのドレスを着て、立ちすくむ。頭の先から、足の先まで舐めるようにジロジロと見つめてくるナターシャ様。

 違うんです。普段の私はこんな派手な格好しないんです。

 バルドー侯爵夫妻とレイン様に失礼のないように、両親が無理やり着せた他所行きのドレスなんですうう!


「もしかしてあなたが、レイン様が結婚を申し込んだっていう……あの?」

「えぇっと、あのう……すみませんんん。そんなつもりじゃないんです。ちゃんと断ろうとしてですね……」

「断る、ですって?」

「ひいいい、ごめんなさいいい! 私みたいな人間が、レイン様のご厚意を無下にするようなことをしてすみませんんん! でも私じゃ無理なんですううう!」


 私は情けない声を出して許しを乞うた。

 するとキリッとした瞳で私を睨め付ける。

 そして、何かを私に突き出した。


「……? これは……っ!」


 マジックアイテムコンクールで、佳作を獲った私の自信作っ!

 バングルとナターシャ様を交互に見つめる。


「これ、あなたが作ったんですってね」

「あ、はい。今年のコンクールで、初めて佳作となった……私の大切な我が子みたいなアイテムです」


 ふっと微笑むと、ナターシャ様はそのバングルを腕に着けて私に見せた。


「あなたが作ったこのバングルのおかげで、私の魔力はとても安定したの」

「へ?」


 上手く飲み込めない私に、ナターシャ様は優しく説明してくれた。


「私は昔から魔力が桁違いで、どうやっても暴走してしまうの。どんな抑制アイテムを使っても、体のサイズに合わなかったり、そもそも魔力を抑制し切れなかったり。このまま魔導士コースを諦めようとしていたところで、このバングルに出会ったの」


 合点がいった私は、嬉しさのあまり両手を合わせて笑顔になる。

 我が子を誉めてもらうのは何より喜ばしい。


「このバングルは、サイズ調整が可能でして。子供から大人まで腕に装着することが出来るんです! そしてこれも調整が難しかったんですけど、魔力制御に必要な魔法石を細かくすることで、その制御をより精密に行えるようにしてみたんです! 大体の人は魔法石を細かくするなんて発想しません。大きければ大きい程、魔力制御の効果を発揮させる代物ですから。でもそうすると魔法石に魔力を一気に吸わせすぎて、かえって魔法石の許容量を超えることにつながってしまいます! でも細かくして、それを分散させれば制御出来るようになるんです!」


 言ってから気付く。

 私の早口な食いつきように、ナターシャ様がドン引きされていらっしゃる!

 慌てて頭を下げて謝るけどお優しいナターシャ様は、私を咎めたりしなかった。

 やっぱりレイン様みたいな方には、この女性が相応しい……。


「そうよ、それだけ素晴らしいものを作れるあなたが、どうしてレインの結婚を断ったの?」

「解釈違いだからなのです」

「はぁ?」

「あの、いえ……。私みたいな冴えない女に、レイン様の隣は相応しくないと……」


 頑なに否定する私に、ナターシャ様は呆れてしまわれたのか。

 両手を腰に当てて困っている様子だ。困らせるつもりはなかったんですう!


「私は魔力ゼロで、見た目も地味で、カラスみたいに黒髪で、こんな性格です……。レイン様は私がとっても推してる素晴らしいお方なんです。だからレイン様には、もっと相応しい完璧な女性でないと。あの……ナターシャ様のような」

「私?」


 非公認のファンクラブを創設するくらいなんだから、それだけレイン様のことを慕っているということ……なんですよね? 心配しなくても、きっとレイン様ならナターシャ様の素晴らしさに気付いてくださいます。

 私はレイン様が幸せになる姿を拝むことが出来れば、それで幸せなのだから……。


「あっはははは! 私がレインを? 冗談でしょ?」

「へ?」


 お腹を抱えて笑い飛ばすナターシャ様に、私は呆気に取られてしまった。


「レインはね、もうずっと前からあなたのことが好きなのよ」

「ふぇえ!?」


 そんなはずは、はずはない!

 だ、だってレイン様は完璧で、素敵で、人気者で……!


「私がファンクラブなんてものを作ったのだって、あいつが私に頼んできたのよ。自分がエマに結婚を申し込むまで、周りに女の子を侍らせるのは嫌だって。あなたに不快な思いをさせたり、勘違いしてもらったら困るからって。だから抜け駆け禁止、ガチガチのルールを作ったの。このファンクラブに入れば、レインにお近づきになれるかもしれないって言ってね。もちろん抜け駆け禁止なんだから、そんなことになるはずないんだけどね」

「ど、ど、どうして?」


 私は頭がパニックになって、謝罪の為に持って来ていた菓子折りを落としてしまう。

 こんなどんくさい女の子なのよ?

 レイン様が好きになるはずが……。


「君は本当に、自分のことがわかってないんだね」

「レ、レイン様!?」


 私の耳を幸せにしかしないイケメンボイスが、すぐ横でした。

 いつの間にかドアの前に立っていたレイン様が呆れた顔で両手を組んでいる。


「ご苦労だったね、ナターシャ」

「あなたがもっとしっかりすれば、こんな面倒なことをしなくても済んだのよ?」

「?」


 親しげに会話をする二人を見て、私は声が出ない。


「いとこなんだよ、ナターシャとは。前に一度、エマも会ってるはずだよ?」

「ほら、金髪のカーリーヘアだった女の子。覚えてない? もしゃもしゃの髪の毛がコンプレックスで、意地悪な女子にいつもからかわれていた」

「あっ!


 思い出した。たまにレイン様と一緒に、私の屋敷に遊びに来ていた愛らしい女の子。

 あの子は自分の髪の毛が大嫌いだって言ってたけど、私はふわふわで可愛らしいと思っていた。

 どうしても嫌だからっていうので、私が愛読していたマジックアイテム専門誌にあった『サラサラヘアにするマジックアイテム』というのを教えたことがあったけど。


「おかげで、ほら。今も愛用しているわよ」


 サラリと髪の毛をなびかせるナターシャ様はとても輝いていた。

 でも、いとこということは……。


「私にはもう婚約者がいるからね。レインみたいな奥手の男性とだなんて、いとこじゃなくてもごめんだわ」

「君には言われたくないな。奥手じゃなくて、一途だと言って欲しいものだ」


 未だにパニック状態の私に、レイン様はもう一度膝をついて、呆けている私の手を取り、告白する。


「結婚してほしい。この気持ちは子供の頃から変わらないんだ。君は魔力ゼロを気にしているようだけど、俺はそんなことより人の為になるマジックアイテムを数多く生み出せる、君のその才能を素晴らしいと思っている」

「で、でも……レイン様は推しで」

「推し……?」


 キョトンとさせてしまった!

 オタクスラングは、レイン様だって知らないわよね!


 きらりと目を光らせたナターシャ様がすかさず言い出した。


「あら、でも考えてみて? レインがずっと想いを寄せている女性と結婚が叶わなくて、心にもない女性と契約結婚するのは解釈が合ってるということなのかしら?」

「そ、それはダメです! レイン様には幸せになってもらわないと! 笑顔でいてもらわないと!」


 イタズラっぽく笑うナターシャ様に、私は「あ……」となる。


「そうだよ。俺を幸せに出来るのはエマ、君だけなんだ。君とじゃなければ、笑顔で過ごせない。君の言う推しの幸せといのは、そういうものじゃないのかい?」

「あうあう」


 ナターシャ様の機転に乗ってきたレイン様に、私は追い打ちをかけられた。


「ゆっくりでいいよ。君が首を縦に振るまで、俺はいつまでも待つつもりだから。君しかいないからね、エマ」


 そう言いながら、レイン様は私を抱きしめた。

 すっかり身長差が出来てしまった体格の違いに、遠くで眺めていては気付かなかったことばかり。

 レイン様の香り、温もり、抱きしめる力の強さ。

 そのどれもが、ガラス鏡で眺めているだけでは、決して伝わることのない確かな現実。


「私も、ずっとずっと。初めて会った時から、今もずっと……大好きでした!」


 推しとの結婚は、解釈違いだと思っていたけれど。

 その推しが願っていることなら、それはきっと解釈違いなんかじゃ……ないよね?


 ***


 数年後、世界があっと驚くようなマジックアイテムを携えて戦う騎士の伝説が、後世に語り継がれることになる。

 伝説の騎士の名はレイン・バルドー。

 そしてその妻、エマ・バルドーは伝説のアイテムクリエイターとして、数々の発明品を世に残した。

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【完結済】魔力ゼロで無能の私が、推しと結婚するのは解釈違いです! 遠堂 沙弥 @zanaha

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