硝煙香るままごと遊び
田吾作Bが現れた
第1話
「たった一人の女にこうも手ひどくやられるなんて。今日は厄日なのかしらね」
雲の合間から漏れ出る月光は路地裏も等しく照らす。サブマシンガンやアサルトライフルなどを携行する屈強な男達に囲まれ、その奥にいた口元を扇で隠している女相手にも少女は不敵に笑っていた。
「ええ。たかが一人にやられましたね。頭数が多いだけで私の『ままごと』についていけない人ばかり」
左肩からボストンバッグを提げ、しかもどうしてか両手にこけしを持っていた少女はやれやれといった具合に肩をすくめる。困った人達だと言わんばかりの態度を示せば、男達も女も不愉快げに口元を引きつらせた。
無理もない。自分達が経営する『仕事』の事務所を先程この女に襲撃されたのだ。しかもその襲撃で何人かが使い物にならなくなっており、その怒りもあって彼等は心底不愉快そうに少女を睨んでいる。
「言わせておけば……かかりなさい。今度こそ仕留めるのです」
『了解!!』
「ではでは――私とままごとしてくださいまし。お兄さん、お姉さん」
そうつぶやくと共に少女は両手に持っていたこけしをパッと垂直に落とす――吸い込まれるようにこけしが地面とぶつかりそうになった時、下から生えた車輪がその勢いを吸収し、こけしはそのまま路地を駆け抜けていく。
「タネは割れてんだよこのアマぁ!!」
男達は持っていた銃の先端を少女でなく二体のこけしへと向けようとするが、それよりも早くこけしが反応する。ズドン、と不似合いな音がこけしから鳴り響くと共に、取り囲んでいた男の一人がその腿から血を勢いよく迸った。
「ぐあぁあぁあぁぁぁ!?」
「お兄さんがた鉄砲持つなら私のこけしも鉄砲持った。ズドンズドンと戦闘ごっこ。お兄さん、おいでなさい」
童謡を歌うかのような独特な語り口調で左手の籠手のようなものを少女はいじる。自慢のこけしを操るコンソールを再度叩けば、二つのこけしは路地を縦横無尽に走っていき、腹から生やした銃身から鉛玉を男どもへと見舞っていく。
「こ、このぉ!!――ぐわっ!」
「うろたえてる場合ではありません! 冷静に対処なさい!! 相手もこけしも両方狙えば動きは鈍ります! とにかく一つでも減らすのです!」
自分達をまとめ上げる女がかけた号令に男どもはハッとすると、少女とこけし両方に狙いをつけようと銃口を向ける。だがまたしても少女は先手を打っていた。ボストンバッグのファスナーを勢いよく開くと、すぐに手を突っ込んで中から追加のこけしを取り出したのだ。
「あらあら怖い。おいたは怖い。私はまだまだままごとしたい――ひなよ、射撃用意」
そう言いながら自分に銃口を向ける男どもにこけしを突きつければ、少女の言葉と共にこけしの胴体から縦に銃身が三本並ぶ。そして即座に狙いをつけるとそのまま一斉に発砲した。
「ぐっ!?」
「ぎゃぁっ!」
「いでぇぇえぇ!!」
「ええい、忌々しい!!」
そうして銃撃を終えると共に少女はすぐにこけしを手放し、更にバッグの中から二つのこけしを取り出して地面へと放る。そして鍵盤を弾くように左腕のコンソールをいじってこけしを動かす。
「お兄さん、お姉さん。まだまだ遊び足りないわ。ままごと遊びを続けましょう?」
少女は歌う。不敵な笑みを崩すことなく、譜面を見ながら打鍵するようにこけし達を自在に操って男どもを無力化していく。
「……調子に乗るのはここまでよ、小娘」
だが破竹の勢いもここまでであった。女の後ろから現れただるまがこけしの一つと勢いよくぶつかったのだ。
「あぁ、みち!」
『みち』と名付けられたこけしは勢いよくぶつかっただるまによって体を軋ませ、路地の一角へとそのまま飛んで行ってしまった。そしてそのだるまはよく飼いならされた鷹のように女の下へと舞い戻る。だるまの頭にはモーターがついており、それによって空を飛んでいたのである。
「子供の遊びはもうおしまい。縁起を運ぶ私のだるま、ままごと遊びを終わらせなさい」
そう言うと共に更に六体のだるまが女の背後より現れ、取り囲むように空を飛び回る。
「あらあら。ままごと遊びを続けたいのに。『だるまの小星』も気が短いわ」
「ままごと遊びも終わりにしましょう『こけしの天童』。貴方が結ぶは悪縁よ」
互いに目を細め、少女と女は相手を見やる。だるまは頑強で空を飛ぶ。こけしは銃撃しながら地を駆け回る。どちらも左腕のコンソールに右手を添えながら、ただ相手の出方を見やっていた。
「愛しのだるまよ、良縁を繋ぎなさい!」
先に動いたのは女――だるまの小星であった。こけしに一体ずつ、少女の方に二体だるまを向かわせ、そのままどちらも打ち砕こうと空を駆けさせる。
「まだまだ遊び足りませぬ。童の私にゃ遊び足りぬ。ままごとままごと続けましょう!」
そうわらべ歌を歌うように少女――こけしの天童はキーボードを叩く。途端、こけしの顔にスッと縦線が走った。
「っ! それしきで何を――」
「愛しい愛しい私のこけし。ゆい、えみ、つむぎ、ひなよ。自慢の素顔を見せなさい」
そして顔が観音開きになると同時に頭頂部も上にスライドした。その断面には無数の穴、それも何かを発射するための機構が備わっている。それに気づいた小星であったが、けたたましい音が鳴り響くと共にだるまの命運は尽きることとなる。
「お化粧なくともかわいいわが子。だるまに勝ったにらめっこ」
四つのだるまをひしゃげさせたのはこけしの頭から放たれたベアリング弾であった。勢いよく発射されたチタン製のそれは容赦なくだるまのモーターも装甲も砕き、そのまま地面へと落としたのである。
「――ですがまだ!」
そう。まだ二体のだるまは残っている。いずれも胴と左腕を狙いに飛び込もうとしており、未だ予断を許さない。けれども天童は余裕の笑みを崩しはしなかった。
「もう両目に墨は入りませんよ! ここで壊れますからね!!」
ファスナーが開きっぱなしだったボストンバッグに左手を突っ込み、右手で位置を調節して盾代わりにしてだるまを受け止めた。中はこけしを守るためにチタンの板と緩衝材が入っているのだ。コンソールが壊れるかどうかは賭けではあったが、どうやらそれには勝ったらしい。
「なぁっ!?」
「ぐっ――私の、勝ちです!」
胴の方も右の脇腹を掠ったものの、それでもまだ右手は動く。すぐにコンソールを操作してこけし達を旋回、銃口をだるまに向けると共に躊躇なく発射の指示を出す。被弾を恐れることなく撃ち出された弾丸は正確にだるまのモーターだけを射抜き、見事にだるまを落として地面に転ばせたのである。
「さて……これにてままごとも終いですね」
「ハァ……恐ろしいわね、『こけしの天童』。まったく、こんなことなら組織を抜けなんてするんじゃなかったわ」
残ったこけしを小星の周囲に走らせ、銃身を向ければすぐに両手を上げて観念する。そうして彼女が己の浅はかであったことを聞きながら天童は左腕のコンソールを操作し、自身の所属する組織と通信を繋ぐ。
「こちら天童、『だるまの小星』の無力化に成功」
『よくやった天童。これよりエージェントを派遣する。到着までしばし待て』
「了解」
そうして通信を切るや否や表通りがにわかに騒がしくなる。どうやら先の戦いを通報されたのか警官が派遣されたらしい。
「はぁ……今回はちゃんと事前に説明を受けているといいのですけれど」
毎度のことであるから慣れてはいるものの、裏切者の鎮圧の際に今回のような人的被害も建物への被害も出すことが多い。そのため説明が面倒なのだ。一応組織の所属を示すバッジを見せれば引き下がってはくれるのだが、それでも上とやりとりをして確認をするため時間がかかるのである。
「ままごと遊びの後は憂鬱ね」
ひとまず愛用しているこけしの回収を諦めつつ、こちらに寄ってくる警官に向けて天童は愛想笑いを浮かべたのであった……。
硝煙香るままごと遊び 田吾作Bが現れた @tagosakudon
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