第15話 西門のガーディアン


「そうか、ラッグの村でそんなことが……」


 茶髪で無精ヒゲだらけのオッサン――もとい、この西門の門番長さんは悲痛な表情を浮かべながら、俺に向けていた剣を鞘に収めた。


 木剣を持ったボロボロの俺と自律して歩く可愛い(ここ重要)コボルト人形、そして口枷アンド亀甲縛り男(これはマリィがやった)が近寄ってくれば警戒するのも当然だ。


 しかし、事情を話すと彼はすぐに理解を示してくれた。



「先週の晩、西の空が赤く見えていたのはそういう理由だったんだな。すまねぇ、助けに行けなくて……」

「いえ、魔人がやってきたのは突然でしたし。グリッジさんは何も悪くないですよ」


 グリッジと名乗った門番長さんは申し訳なさそうな表情を浮かべた後、俺たちの後ろに目を向けた。


 そこには口を塞がれて身動きが取れなくなっているリゲルの姿があった。


 そのリゲルを見た途端、彼の表情が険しくなる。



「……そいつがこの嬢ちゃんを辱めた馬鹿か」

「はい……そうです」


 怒りを含んだ声で言う彼に俺は頷き返した。すると、隣に立つマリィも俺の腰に抱き着きながら口を開く。



「でもこうして私たちは生き残れたので、幸運だったんだと思います。それにこうして、小さい頃の夢だったフェンとの冒険もできたから!」

「マリィ……」


 満面の笑みで俺を見上げるマリィ。

 その笑顔はあまりにも眩しくて思わず見惚れてしまう。


 あぁ、やっぱり天使だこの子……俺も旅ができて嬉しいよ!



 俺がそんなことを考えていると、グリッジさんは小さな声で「若いって眩しいな……」と呟いていた。



「ともかく、魔人の件は俺の方から上に伝えとくよ。さすがにこの話は軍の方でしっかりと対応を考えないとヤバイ」


「ありがとうございます。助かります」


「気にすんなって。むしろ生きて情報を伝えてくれて助かった。礼を言うべきなのはこっちだよ……っと、そうだ忘れるところだったぜ」


 そう言うと、彼は懐に手を入れて一枚の紙切れとペンを取り出した。


 グリッジさんは手の平の中で何かを殴り書きすると、それを俺に差し出してくる。


「ほれ、これがお前たちの身分証だ」


「え? そんな簡単に貰っちゃっても良いんですか?」


「つっても、一回こっきりしか使えない仮の身分証だけどな。本来なら金を払って発行するところなんだが、今はそれどころじゃないだろ? 今回はこれで勘弁してくれ」


「あ、ありがとうございます!」


 正直に言うとお金はあんまりないので、すごく助かった。


 焼けた村から取ったお金もあるけれど、それはまた別のことに使う予定があるのだ。



 さっそく受け取った紙を見てみると、そこには手書きで俺の名前と年齢が書かれていた。


 年齢は言っていなかったし、おそらく鑑定スキルか何かで確認したのだろう。



「おっと、本命はその裏だぜ」

「裏? ――“ホットドッグ・ナイト”? なんですか、これ」

「この街にある風俗の名前だ」


 ……はい? ふうぞく??



「ちょっとグリッジさん!? フェンには可愛い奥さん(になる予定)の私がいるんだからねっ!?」


 横から覗き込んできたマリィがフサフサの犬耳まで真っ赤にして叫ぶ。


 奥さん……なんて素晴らしい響きなんだ……。



「この体じゃそういうことはできないけど……ひ、必要なら私がフェンの面倒……みるからね?」


 驚く俺を尻目に、彼女はとんでもないことを言い出した。


 だが当のグリッジさんはと言うと、困ったように頭をボリボリと掻いている。



「いや、話は最後まで聞けって。お前らもパルティアで開かれる豊穣祭のことは知ってるだろ?」

「え? あ、はい。豊穣神であるエルダー様に感謝を捧げるお祭り、ですよね?」

「私たちは行ったことないけど、すっごく盛り上がるらしいね!」


 俺たちがそう答えると、グリッジさんはそうだ、と頷いた。


 祭りは明日から行われる予定なのだが、現在は街のどこかしこも準備で慌ただしい状況なのだそうだ。



「巡礼者のみならず、旅人や商人で溢れかえるからな。宿はすでにどこも一杯なんだ」


 うげっ、それは大変だ。


 さすがにこれ以上、野営することになるのはキツい。そろそろちゃんとした屋内でゆっくりと休みたいし、体臭も気になるところだ。途中に会った川で水浴びはしたけれど、それも何日も前になる。


 人形になったとはいえ、マリィも女の子。汚いのは気になるだろうし。



「その紙に書いてある店は俺の妹がやってる店でな。俺の名前を出せば、特別に安く泊まらせてくれるはずだぜ」


 グリッジさんがくれた紙を見るとそこには簡単な地図と共に店の情報が書いてあった。どうやら繁華街の通りに面した場所のようだ。



「何からなにまで、ありがとうございます!」

「ふーん、おじさんって見た目の割に気遣い上手だったんだ……」


 さっきの意趣返しなのか、ボソッと失礼なことを言ったマリィをグリッジさんは横目で睨んだ。しかしそれも一瞬で、すぐに表情を緩めた。



「別に善意だけでやってるんじゃないぜ。おそらく後で軍の担当者がお前らに事情を聞きに行くだろうし、そのときに宿泊先が分かっていれば探す手間が省けるだろ。……それに俺はまだ三十代だぜ? おじさんじゃなくて、お兄さんと呼んでくれ」


 そう言って笑う彼の表情はどこか、悲しみが浮かんでいた。

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