第7話 仮面の男


「はぁ、はぁ、はぁ……嘘だろ、おい……」


 荒くなった息を整えながら、目の前の光景を受け入れることが出来ずにいた。

 生まれ育った村がすべて灰と炎に飲み込まれ、跡形もなく消え去っている。

 親の居ない俺やマリィを育ててくれた近所の人たちも、両親が唯一残してくれた家も。ぜんぶ……。



「あぁ、あぁあああぁぁあぁぁぁぁっ!!!!」


 俺はその場で膝を突き、喉が枯れるほど叫んだ。


 何故、どうして!? 答えのない疑問ばかりが頭の中で繰り返される。

 マリィを失った俺にはもう、この村しか心の拠り所は無かったというのに――。


 だが沸き起こった絶望も、すぐに精神攻撃耐性が発動してスッと冷静になってしまう。



「はぁ、はぁ……くそっ。いったい誰がこんな真似を……まさかマリィを殺したアイツらがやったのか?」


 こんな頭のおかしなことをするのは、リゲルとその取り巻きしか思い当たらない。


 自分の犯罪がバレないように村ごと証拠を隠滅したっていうのか?

 リゲルの後ろで威張るしか能のない馬鹿どもが……!!



「まだそう遠くには行っていないはず……どこにいやがる!」


 怒りで震える手をギュッと握り締める。

 俺の大切なものを奪っておいて、のうのうと生きていられると思うな……必ず探し出して報いを受けさせてやる! 




「やばいぞ、フェンが帰ってきた!」

「どうするんだよ、このままじゃ俺たちが犯人だと街のやつらに報告されちまうぞ!?」


 燃え盛る村の中を走っていると、二人組の男たちが松明を持ってこそこそと話し合っているところに遭遇した。


 顔が煤だらけになっているが、間違いない。あいつらだ。



「お前らだな……? どうしてこんな事をした」


 俺は男たちに詰め寄りながら問いただす。

 二人はお互いに顔を見合わせると、バツの悪い顔をして俺に振り向いた。


「ち、違うんだフェン! 俺たち、家でリゲルと酒を飲んでいたら、急に頭がボーっとして……気付いたらここに居たんだって!! なぁ兄弟!?」

「そうだよ!! マリィのことだって、頭の中で言われたことを実行しただけで……アレは俺たちがヤリたくてやったんじゃねぇ。本当なんだ、信じてくれよぉ!!」


 何を馬鹿なことを。

 嘘を吐くならもう少しマシなのにしろよ……まったく白々しい奴らめ。



「正直に言え、単に我に返って怖くなっただけなんだろ?」

「嘘じゃねぇ! だから頼む、見逃してくれぇ~!!」

「そうだそうだ、教会送りにされたくねぇよぉぉ~!」


 地面に頭をこすりつけ、許しを乞う二人。

 俺はあまりの滑稽さに思わず笑いが込み上げてきた。


「あはははっ……おい、俺の顔を見ろ」

「ひぃぃいいぃいっ!!」

「こえぇえぇぇえええっ!!」


 剛力を使って怯える二人の頭を掴み上げ、無理やり視線を合わせる。

 こいつらの目を見て確信した、これは嘘をついている人間の目じゃない。本当に怯えている目だ。

 つまり、本気でそう思っているってことか。



《フェンさん、待ってください。おそらくですが、その人たちは恐らく操られたのでしょう》

「(えっ!?)」


 ルミナ様が突然語り掛けてきたことに驚く。


 なんでこのタイミングで話しかけてきたのかは分からないけれど……内容が気になる。とりあえず話を聞こいてみよう。



《魔王の配下である魔人の中には、人々を惑わす術を扱う者がおります。その者がやったのかもしれません》

「(えっ、そんなことが出来るんですか?)」

《ええ。彼らは神ではなく魔王の加護を受けており、ジョブやスキルに依存しない魔導という技術があります。それを使えば可能かと》


 そんな恐ろしい技を……だけどなんでそんな奴が、よりによって俺の故郷を襲うんだよ!



《実は今から一時間ほど前のことなのですが、魔人を支配していた魔王の世代交代が起きたようでして》

「(魔王の世代交代!?)」

《新たな魔王は大陸各地に魔人を送り、脅威となる人間や街を襲い始めているようなのです。おそらくですが、フェンさんも狙われたのかもしれません》


 おいおい、いきなりヘビーすぎるだろ……。

 ていうかそんなちょっとの時間で、いろいろなことが起こり過ぎてやしないか?

 俺としてはもう、お腹いっぱいなんだけど。



《気をつけてください。彼らを操っていたということは、その魔人もきっとこの近くに……》


「おヤ? まだここに生き残りがいましたカ……」

「ッ……誰だ!」


 背後からの聞き覚えの無い声に振り向くと、そこには黒いローブに身を包んだ男の姿があった。フードを深く被っているせいで顔は良く見えないが、隙間から覗く燃えるような赤髪は見たことがない。



「お前は何者だ? 村の人間じゃないな……」

「クフ、クハハハッ……そう警戒するナ。ワタシは君の味方だよ、フェン少年」

「こいつ、俺の名前を……いや、まずは俺の質問に答えろ」


 ゆっくりと近寄ってくる男に警戒しながら俺は問い詰める。


 だが男は不気味に笑うばかりで何も答えようとしない。


 そして数歩先まで接近してきたところで、フードを中の顔を見ることができた。



「(なっ……!)」


 顔の右半分が真っ白な仮面で覆われている。周囲の炎が揺れて、まるで血のように赤く染まっていた。しかも何の装飾もない無垢むくな仮面のせいで、奴の表情が余計に分からない。


 なんなんだコイツは……今まで会ったどんな奴とも雰囲気が違い過ぎる。



「キミの苦痛を解放してあげよウ。さぁ、ワタシにココロの中を覗かせておくレ」


 男はおもむろにふところから禍々しい魔力を放つ水晶玉を取り出し、それを俺に見せつけてくる。


 その瞬間、俺の頭の中に直接何かが入り込んでくるような感覚に陥った。



 ――それは悪夢だった。


 昏い闇の中を逃げ惑う俺とマリィの姿。そして俺たちを追い回す二つの白い影たちの姿が視界に映し出されていた。



『待ちなさい、フェン!!』

『どこへ行くんだマリィ。お父さんたちと一緒に家に帰ろう』

『イヤッ! 離してよフェン! 私をお家に帰して!』


 ここから早く逃げなくては。必死に抵抗するマリィの手を引きながら、俺は光のない闇の中を懸命に走る。


 だがいつの間にか自分の手からマリィの感触が消え、黒い悪魔が俺の前に立ちふさがった。



「邪魔をするなっ! 俺はマリィを探しに行かなきゃ……守らなきゃいけなんだ!」


 この邪魔な影を打ち払おうと木剣を取ろうとしたところで、視界が切り替わる。再び燃え盛る村の中に戻ってきたようだ。



「今のはいったい……お前の仕業なのか?」


 眼下には、リゲルの取り巻きがガタガタと震えながらうずくまっている。気付けば俺は、こいつらに向かって右手に握っていた木剣を振り下ろそうとしているところだった。もう少し正気に戻るのが遅かったら、殴り殺していたかもしれない。


 まるで突然夢を見せられたかのような感覚に襲われながら、目の前にいる怪しい半仮面の男を睨みつける。



「おや、ワタシの魔導が無効化されるとハ。なにやら特殊なスキルを持っているようですねェ~」


 そう言って肩をすくめると、男はまた一歩近づいてきた。


 どうやらあの水晶玉には、人に幻覚を見せる力があるようだ。


 しかし一体なんだったんだあの記憶は……。


 いや、それよりも今はこいつのことをどうにかしないと。



《フェンさん、大丈夫ですか?》

「あぁ。精神攻撃耐性があったおかげで戻ってこれたみたいだ」


 ルミナ様の声で正気に戻った俺は、改めて目の前の男に向き直る。


 こいつは敵だ、それもとてつもなく邪悪な。

 その証拠に、さっきから俺の第六感がずっと警鐘を鳴らしている。



「もう一度聞くぞ。お前は何者だ? リゲルたちにマリィとこの村を襲わせたのはお前なのか!?」

「おやおや、質問攻めですねェ~。ヒヒヒ、それでは自己紹介を致しましょウ。ワタシの名は“狂炎のベルフェゴール”。人々が抱く怒りを我が糧とする者ですヨ」

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