一人称フクスウ

スタジオ21

彼は何を考えたのか

人は三回死ぬことができるらしい。一つ目は、心臓が止まったとき。二つ目は、墓に入ったとき。三回目は、人に忘れられたとき。

 今日見た夢はその全てに当てはまらない夢だったような気がする。誰にも死んだことは伝わらず、墓にも入れられず、心臓も止まらずに死んでいく。つまり、自分という存在が一瞬にしてなくなるような夢だった。

 

 4月◯日

 人間が生み出した最悪の発明品、目覚まし時計が今日も俺を起こす。「起きたー!!」、母親の呼ぶ声に曖昧な返事を返す。下に降りるといつもどうりの朝食があった。今日も飯がうまい。

 「いってきやす」と気だるく小声で言って家を出た瞬間に、クラス替えと言う一年で一番神に祈る一日が始まった。

 多くの人はクラス替えが終わったあとに自分のクラスははずれだと言う。しかし、俺は違う。つぎのクラスに適応できる自信が圧倒的にあるし、仲の良い友達が数人はいる自信もある。なぜなら、俺は陽キャの部類にはいるからだ。

 しかし、まあ少しは緊張するわけで校門前から足取りが重くなって来る。

 「おっはよう!!」、24時間、朝昼夜関係なく元気な高橋が背中を叩いて挨拶をしてきた。「おはよ~」と生返事で返した。「一緒のクラスになれると良いな」と言われたので「なれるやろ」と返した。

 たわいない会話を繰り返していたらついにクラス替えの紙が張られている校舎の入り口まであと10メートルぐらいまで来ていた。「緊張するな」と高橋が言ったあとの記憶が俺にはない。

 もちろん俺が18番目くらいに仲の良い高橋と同じクラスになれなかったのはどうでもよいことである。しかし、俺との仲良し度が10番くらいにいる友達全てが別のクラスにいってしまったのはどうでも良いことではなく、隕石が落ちて地球が爆発した方がましなくらいである。

 ここで、学校が終わるのを待ってすぐに他のクラスの仲の良い友達に愚痴りに行くのは3流の陽キャがやることであり、とてつもなくダサい事である。そう、一流の陽キャが取る行動は他とは違う。

 俺は、隣の陰キャ臭く本を読んで時間をやり過ごそうとしているやつに話しかけようとした。しかし、陰キャと話したことがないので話しかけるにも話題が見つからない。そのため、ベタベタな誰もが使う質問+αの、「何読んでるの?僕は作家だったら◯◯が好きだな」を使用してみた。………返事は返ってこなかった。いや、精密に言うと返ってきた。小声で、こちらも向かずに「話かけるな底脳が」と。

 終わった。俺の華の中学2年は、奈落の底へと自由落下し、9,8メートル毎秒の速度で落ちてしまい、体育祭も文化祭も修学旅行も無限地獄行きのリニアモーターカーに飛び乗ったようだ。

 いや、まだお釈迦様が蜘蛛の糸を垂らすように希望はある。担任がすぐさま席替えをしてくれること+自己紹介で他のやつらの心をつかむことだ。席替えをしてくれることを神様・仏様・アッラー様に祈りながら始業式がある体育館への道を黙りながら歩き、式中も祈り、教室への帰り道もただただ祈った。

 教室に帰ると陰キャにとって悪魔の時間であり、陽キャにとってはクラスの権力を一瞬にして掴み、独裁政治を展開するために必要な時間、自己紹介が始まった。まず、先公の激寒ダジャレ込みの激滑り自己紹介から始まり、番号順で自己紹介をしていっている。さぁ、自称底脳じゃない君の番になった。どんな地雷を踏むのかと個人的にわくわくしていた。

「一年◯組からきました藤下です。えー…部活は入っていません。趣味は読者です。よろしくお願いします。」と、普通の挨拶を小声でしたので個人的にはがっかりした。

 遂に俺の番がまわってきた。「一年□組からきました島内です。えー…部活は帰宅部で、帰宅部部長です。みんなと仲良くなりたいので、僕に話しかけてくれたら嬉しいです。一年間よろしくお願いします。」と、いつもならそれなりに受けるギャグを交えて爽やかに挨拶をするも教室は静まりかえってしまった。

 地獄である。完璧に地獄である。永平寺の座禅をくむ場所の方が静かなくらいの静けさであり、いつ蛙が飛び込んでもおかしくないくらいである。

 その後の記憶はない。唯一ある記憶は先公が席替えはせずに、席は一学期の間そのままにしておくと言ったことと、つい高橋にクラスがゴミ宏だと発言してしまったことである。

 家に帰ると、母親からしたらなんだかんだ気になる息子への質問ドラえもんタイムが始まった。まず、ありきたりの「クラスどう?」と聞かれたので「フツー」と返して、この時間をやり過ごそうと二階に上がろうとした。その時、息子の変な雰囲気を感じたのか「あんた学校でなんかあった」と聞かれたので「なんもねーよ」と少し切れぎみに答え、二階に秒速340メートルより速く駆け上がった。

 部屋に入るとカバンを投げ捨て、制服を来たまますぐさまベッドに寝っころがった。ふと眠気がしたのでまぶたを閉じ昼寝に突入した。

 目が覚めたので、下の階に降りて水を飲みほした。時計を見ると夜の11時だった。昼寝を始めたのが4時ぐらいだったのでずいぶんと時間が経ってしまっている。ヤベー……宿題どうしようとまだ寝惚けている頭をフル回転させて考えていた。


 キコエル…キコエル…キコエル…………キコエル。不思議な曲調でありながら、どこかで聞いたことがある感じにさせる。町で流れていたのを聞いたことがあるのか、それとも小さい頃に聞いたことがあるのか、それともいつのまにか好きでなくなっていき忘れてしまった、バンドの曲なのか。

 そんなことより、この曲は自分をどこかにつれていこうとする。どこにつれていかれるのかは、甚だ検討がつかないがどこかにつれていこうとする。いや、正しく言い直せばどこかにいきたくなるの方が良いのかもしれない。自分はできるだけ音を立てずに靴を履き、ドアを開けた。キィー…と音を鳴らしドアが開いた。

 夜ならではの 凛とした匂いと閑散とした空気が自分の身体に広がっていき、身体の細胞一つ一つを刺激してきた。蛙が水の中に飛び込む時間の間だけ夜の空気を楽しんでいたらとあの曲が自分を引っ張ろうとしてきた。自分は目的もなくただ音のなるほうへ向かっていった。車がおらずに無意味に点滅する信号を眺めながらただひたすら歩いた。

 歩き回っていると、古ぼけていき色がかすみ、コケのような色になっているビルが目に入った。そのビルに小学二年生まで、仲が良かった友達が住んでいた気がする。ふとこのビルの屋上からあの曲が流れているような気がしてきた。

 自分は考えるもなくビルの屋上に一直線に向かっていった。ビルの中に入り階段を駆け上がって行き、6階につくと廊下を真っ直ぐに進み屋上に繋がっている階段へと向かった。屋上のドアの前にたつと、小2の時に仲が良かった友達と屋上で遊んだ記憶を思い出した。あの時はドアに鍵がかかっていなかった気がする。今はどうかわからないけど自分は堂々と丸いドアノブを回し、押した。

 残酷なまでにまぶしく明るい夜空が広がっていた。自分は屋上に寝っ転がり飽きるまで、きっと人間が絶滅して消えてしまっても、そこに存在し続ける夜空を眺めていた。

 

 5月△日

 俺が通っている中学校では、5月に体育祭がある。もちろん、最初の掴みを失敗した者達(俺も含まれる)はこの行事のリーダーになれる訳もなく、ただ速く終われと祈るのみである。

 しかし、カンダタ並みの希望、リレーで活躍するという方法がある。俺が小学校の6年間陽キャの頂点に立っていた事実からわかるように俺は足が速い。中2の現在では50メートル6秒台で走ることができる。陸上部ではなく帰宅部の俺がリレーでアンカーを務め、トップでゴールテープを切ればクラスの頂点は無理にしてもかなり上の方まで一気に登りつめることができる。

 俺は作戦を実行するため、クラス対抗リレーの走者を決めるときにすぐさま走者に名乗り出た。クラスに数名いる同じ小学校だったやつらは俺をアンカーに勧めてくれた。4月に行われた体力測定でも俺は結果を残していたので、アンカーはほぼ内定の状態になった。だが好事魔多し、思わぬ伏兵がいた。なんと自称底脳じゃない君が俺よりタイムが速いのである。俺をきもがっている底脳じゃない君と同じ小学校の女子達は、底脳じゃない君をアンカーに勧めだした。面倒くさくなったのか先公がじゃんけんで決めろと発言した。

 マジかよ…マジかよ……マジかよ。なんでこうなってしまったんだ。俺は、現実を信じきれていない。これが夢なら良いが、夢ではないので運命のドラ顔じゃんけんが始まった。その結果は言うまでもない。そこから、俺の記憶はない。2年生になってから俺は、記憶喪失気味である。

 家に帰ってからベッドに飛び込んだ。また、高橋に愚痴りながら帰ってしまった。3流の陽キャのような行動を辞め、1流の陽キャに成りたいと思いながらも絶対に成れないと思ってしまう自分が嫌になってくる。


 キコエル…キコエル…………キコエル。また、あの曲が聞こえてきた。約一週間振りである。最近、聞こえてきたものは自分を外に連れだそうとする前に鳴り終わっていた。しかし、今回は違うらしい。初めて聞いた時と同じように自分を闇の中に誘い出そうとしてくる。自分はまた音をたてないように靴を履き、ドアを開けた。キィー…と音を立てながらドアが開いた。

 昼間雨が降った影響か、肌寒い空気が自分の身体に襲いかかってきた。身体を温めようとして曲が聞こえる方へ急いで走り出していった。ただ二本の足を回らせているだけなのに細胞一つ一つが嬉しがっていることがわかる。走ることはやはり、心地よい。

 こんな深夜に走っているタクシーや車につい郷愁に似た感情を抱いてしまう。そんな感情を抱くのは自分だけなんだろうか。いや、1億2千万の中で同じような人間は少数ながらいるだろう。

 自分の住んでいる町は坂が多いので、走っている途中で体力的にきつくなってきた。一度走るのを止めて、歩きながら呼吸を整えた。周りを見まわしてみると、家族が毎年初詣にいっている神社に続いている階段があった。かなり高い所まで登ってきたようだ。一度は通り過ぎようとしたが、神社からあの曲が聞こえてくるような気がした。自分は、50メートル6秒台の脚力をいかして一気に長い階段を駆け上がった。

 登りきった後に呼吸を整え、後ろを振り向くとこの町に住んでいる住民一人一人が奏でている夜景が眼前に飛び込んできた。眠らない町東京に比べればしょうもない夜景だが、人間一人一人が作り出したものはどんなに小規模でも美しいものである。月が沈み夜が明けるまで自分はただ夜景を眺めていた。多くの人たちが紡ぎだした叡知の結晶であるものを。

 

 10月×日

 体育祭でクラス全員の心をつかむことができなかった俺にとってはもうどうでもいいクラス行事、文化祭がやって来た。このイベントでクラス全員の心をつかむ方法が俺には存在しない。よって、ただ終わりを待つ行事である。

 しかし、学年に一人は存在する面倒くさい女子が俺のクラスに存在した。級長兼指揮者の女子とピアノ伴奏の女子はそれに当てはまり、大真面目な顔で帰りの会で、毎日放課後に合唱の練習をしようと言い出した。欲しいゲームの発売日が今日だった俺は、その事への怒りが臨界点に達した。ただ、担任もクラスの大多数も賛成の意向を示しいたので、従うしかなかった。

 ただでさえやる気がない俺のやる気mpは残り1を切っていた。そんな俺が、本気で歌う訳もなく、不満丸出しの顔で声も出さずに棒立ちで立っていた。そうしていたら、合唱終わりの反省タイムに指揮者の女子が起こりだした。ただ、ボーと立っていた俺は誰のことを怒っているのかわかっていなかったが、全員が俺を見つめていることによって理解した。その時に俺の華の中二はついに地獄の門をくぐってしまったなと察した。

 みんなが言うことには俺だけが真面目に歌っていないということである。確かに、俺は真面目に歌っていない、て言うか歌ってすらないだが、真面目に歌ってないやつは他にもいる。そいつらを攻めずに俺だけを攻めるのはなぜなんだよ。そんな、自己中心的な考え方をしながら俺は説教を受けていた。

 家に帰るとすぐさま部屋に直行し、着替えた。そして、財布を机から取り出し階段を1段飛ばしで降りドアを開け自転車に飛びのった。近くのGEOまで、まるで競輪選手選手の様なスピードで走って行った。


 キコエル…キコエル…………………………キコエル。GEOの自転車置き場に自転車置いているときに、あの曲がまた聞こえてきた。この近くで流れている気がする。2学期に入ってからほぼ1週間に1回聞こえるようになったが、このどこかにつれていこうとする感じは5月以来である。

 一体どこにつれていこうとしているかはわからない。しかし、自分は新作のゲームを買うことは忘れて、一心に走り出した。部活に入ってないせいなのか、走ることはやはり自分の身体を刺激してくる。

 午後6時台なので、5月のときのように車を気にせずに走ることはできない。人間が長い年月をかけて作り上げた社会の凄さを痛感するとともに、自由に走れないストレスを強烈に感じる。

 走っていると、昔両親に連れられていった遊園地が途中で見えた。現在地から真っ直ぐ走れば、30分あればいける。自分は、そこに向かってただただ走った。なぜなら、遊園地からあの曲が流れている気がするからだ。たったそれだけのことで自分は走った。ただただ走った。その事は正しいことではないかもしれない、しかし正しいことだけが自分のためになるわけではない。あの曲はそう思わせるほどの力があった。自分にとって何か大切な何かを、もっていると思わせる力を。

 途中で何回か休憩を挟み、7時に遊園地についた。ついてみると、あの曲は遊園地から流れているのではなく、周りのどこかで流れている気がしてきた。呼吸を整えてから流れている場所を探し始めた。

 10分ぐらいかけて探していると、近くの草むらから流れている気がした。その草むらに立ち入ってみると虫の大合唱が耳をついた。全力で生きようとする精神の表れは、人間でも虫でも美しいものである。虫の大合唱はなぜか自分をむなしくさせた。

 遊園地のほうを眺めていると、大きな花火が上がった。一瞬にして咲き、一瞬にして散る、そんな無用の産物をなぜ人類は作り出し、美しさでと感じるのだろうか。

 ふと、目に手をやると透明な液体がついた。

 

 11月×◯日

 クラスでかなり浮いている俺もなんとか生きていけることができている。そして、明日からは普通は中学校三年間で、一番思い出に残るものである修学旅行である。

 しかし、俺は違う。思い出作りに励むのではなく、黒歴史を作らずに帰ってくればいいのである。もうイベントで変にクラスの頂点を目指すのを辞め、少しでも全員の好感度を上げる方法に自分は方針転換を行った。

 そんなことを考えながら俺は修学旅行前ラストの授業を受けていた。特に地雷を踏まずに今日も一日を終わらせれたと思いながら家に帰っていた。そうすると、後ろから高橋がやって来た。「修学旅行楽しみだな!!」と言ってきたので、「せやな」と返した。

 そんな、たわいない対話を繰り返しながら家に帰りついた。自分の部屋に入って着替えてからは修学旅行に向けた準備をした。大方終わると両親とも帰ってきていつも通りの一日の集大成をおこなった。明日のこともあるので、かなり速い時間にベッドに入り寝た。

 ふと目が覚めたので、時計を見ると午前3時だった。こんな早い時間に目が覚めることはあまりない。早い時間に眠りについた影響かもしれない。下に降りて水を飲むと少し目が覚めた。

 

 キコエル…………聞こえる。久しぶりにあの曲が聞こえてきた。なぜか少し曲に違和感を覚えた。他の歌手によってcoverされた曲を聞いているような違和感である。だが、やはりこの曲はどこかに連れていこうとする。

 自分は、修学旅行のために新調した靴を音を立てずに履いた。ドアの鍵を上に上げ、音を立てないようにゆっくりとドアを開けた。キィー…と音を立てながらドアが開き、光はないけど明るい世界が自分の目に飛び込んできた。

 夜ならではの凛とした空気を存分に感じたら、自分はいつも通り曲の聞こえる方へ走り出した。新調した靴なので自分は少し走りづらさを感じていたが、やはり走ることは自分の細胞を刺激してくる。

 今日、聞こえてくる曲は自分をいつもよりかなり大きな力で連れていこうとする。どこに連れていかれるのかは、わからない。しかし、自分は全力で走った。その意思は、あの曲が作り出す物では無く、自分自信が作り出しているものである。自分自信が作り出したものである。

 そう一学期に国語の時間に習った「走れメロス」の様に。習った時はメロスの気持ちが良くわからなかったが今ならわかる。

聞こえてくる場所が近づいてくるに連れて、しだいに明るくなってきて、走っている車やトラックの量が増えてきた。また、新しい一日が始まろうとしている。

 ついに、あの曲が聞こえてくるビルにたどり着いた。往年の風雨に晒されて劣化しているビルだった。自分は秒速約30万キロメートルより速く階段を駆け上がった。屋上に通じているドアを開けたら、誰もを等しく照らしてくれる朝日が飛び込んできた。海の水に反射し、少しまぶしいくらいだった。

 屋上の柵を乗り越えると、朝日に照らされた町が輝いていた。私は、新しく始まった町に向かって大きな一歩を踏み出した。

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