第二章 魔人マリード

スリーダン王国①

 スリーダン王国に向かう船のデッキには、フォルトナとメイブの姿があった。フォルトナの前世の記憶を見ていたメイブには、進路がロイス ティオールの祖国であるスリーダン王国である事に一抹の不安がある。メイブはその事を言うか言うまいか少しだけ悩んだ末に、ついにそれを口にする。


「ねー。フォルトナ。一応、確認をしておくけど、スリーダン国王にいきなり喧嘩とかを売らないわよね?」


「馬鹿を言うな。今の俺の力では、まだ無謀だ。」


「うわー。力をつけたらやるって事ね。国王が悲しんでいる姿が目に浮かぶわ。あなたは現国王の孫なのよ。」


「ふんっ。どうでもいいし、勝手に想像をするな。」


 前世のロイスは、スリーダン国王に恨みを持つ最強の冒険者であったが、現在のフォルトナは、国王の娘フローラ セルティー スリーダンの息子である。メイブ的には肉親同士で争って欲しくはない。


 そして、ロイスが敵対していた国として、結果的にスリーダン王国は世界帝国の非加盟国となっていた。そのおかげでスリーダン王国の国民は、大魔王の系譜にはない人類であった。だからこそ、ルカはロベリアですら破る事が不可能な女神デーメテールの掟をスルーし、テスモポロスにまで到達する事が出来た。ルカがもし世界帝国の国民であれば、ロベリアのように近づく事も拒絶される。


 それを知らないメイブは、スリーダン国に不安だけを募らせる。


「念のためにルカ様の剣を修繕しておくわね。ちょっと貸して。」


「別に大丈夫だ。」


「駄目よ。これはあなたの命に関わる大切なものだもの。」


 

 ――メイブの言葉でフォルトナに前世の記憶が蘇る。そこには心配そうなアネモネがいた。


「ご主人様。剣を修繕するので貸して下さい。」


「別に大丈夫だ。」


「それは駄目です。剣は御主人様の命に関わる大切なものです。私はご主人様の奴隷として、ご主人様の命を一番に考えねばなりません。」


「……アネモネ。ありがとう。そして好きだ。結婚して下さい。」


「また、そんな事を言って。では修繕しますね。」


 フォルトナの前世の記憶の中に、それと連動してマリードの言葉が過る。


「お前等のいちゃつく姿はもう見飽きたんだよ。よそでやれ。」


「なんだマリード。羨ましくて憎まれ口か? お前も人間を好きになれば良いのに。」


「断る。その選択肢はもうこりごりだ。人間との共寝しても、子孫を増やせるわけでもない。」


 

 魔人マリードの記憶は、ロイス ティオールの人生の最後の場面を想起させた。

 


 部下達に裏切られ、絶望の涙を流しているロイスに対し、部下達の攻撃が一撃ずつ襲い掛かる。


「ぐはっ。ちっくしょう。アネモネー!!」


 それを見た部下達は、全員が嬉しそうに目を細め、口元はにやけていた。全員にとってこれこそが至福の時だったのだ。魔人マリードは再びロイスを攻撃する。


「どうだロイス。裏切られた気持ちは? 死ぬ前に良い事を教えてやろう。俺達からしてみれば、出会う前から大魔王様に従っていただけになる。つまり、これは俺達にとって裏切り行為ではなく、予定調和で筋書き通りのシナリオだ。絶望しろ。泣き叫べ。誰かに助けを求めろよ。今ここにお前の仲間なんていない。お前の本当の仲間は別の戦場で戦うアルカンと、さっき大魔王様に食べられたアネモネだけだ。」


「マリードぉッ!!」


「アネモネが全裸で恐怖している姿は、種族の違う俺から見ても少し欲情する程美しかったぞ。」






 


 ――メイブの言葉は、アネモネと似せて発言をしたわけではない。長い記憶の旅での出来事は、深く印象に残っている悲しい事実以外、既に曖昧で、ただ少しだけメイブの発想を刺激しただけだった。


 フォルトナがメイブの言葉で、幸せと不幸の記憶を呼び覚まし、胸を引き裂くような苦痛に顔を歪ませる。それに焦ったメイブがフォルトナの肩を揺さぶる。

 


「フォルトナ……ねぇ。フォルトナ! どうしちゃったの?」


「……。」


「心配させないでよ。……それと、もう港に着いたよ。」


「……そうか。分かった。」


 フォルトナは、船室に向かって、大きな声を上げる。


「みんなっ! すぐにデッキに集まれ!」


 船室からアルバート、オリバー、ニエ、ケットシー クーシーなどの仲間達が集まって来る。フォルトナは、全員が集まった所で話を始めた。

 


「これから俺、アルバート、オリバーの三班に別れ、スリーダン国の調査と魔人マリードの情報を集める。3時間後、あそこにある喫茶店に集合だ。」


 名前のあがらなかったメイブが、質問をする。


「私達はどの班について行けばいいの?」


「俺とメイブ。アルバートと犬猫。オリバーにはデックとニエだ。」


「「はい。」」


「スリーダン王国、本当に懐かしいです。」

「良い事も悪い事もあった。でもお嬢様に出逢えたのだから良い思い出の方が多いですね。」


 スリーダン王国を見て、アルバートとオリバーが懐かしそうに目を細め感動していた。執事達にとっては実に15年ぶりの故郷の土地だった。

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