最低男に尽くしてきたけど呆れて目が覚めたので間男さんと幸せになります!
スズイチ
「どういうことだ、セレン? お前は俺のことが好きだったんじゃないのか!?」
私のずっとお慕いしていたリュカ様が肩を震わせながら怒声を上げる。
それよりも、初めて名前を呼ばれたことに少し驚いてしまいました。
「それは、以前の話であって今のセレンさんは僕に夢中なんだよね?」
「はい。カーティス様!」
「セレンさんは、今日も可愛いね」
「カーティス様も、いつも素敵です!」
「セレンさん。あとで君が食べたいって行ってた
「わあ! 嬉しいです!」
「その後は、僕の家に来て欲しい。君のことを両親に紹介させて?」
「カーティス様……」
「――っ! 俺は認めないからなっ!!!!」
私は、この怒りん坊のリュカ様が大大大好きでした。
◇
学園で初めてお会いした時、まるで雷に打たれたような衝撃を受けたのを覚えております。
真っ赤な髪の毛に逞しい体つき。お顔立ちも凛々しく何て精悍な男性なのだろうと、一瞬で彼の虜になりました。
リュカ様は、素晴らしい容姿をお持ちの上に名門侯爵家の嫡男でもありました。
私は見た目に反して行動的な人間でしたので、すぐさまリュカ様に想いをお伝えしたのです。
――すると。
「はあ? お前みたいな、ちんちくりん誰が相手にするかよ。鏡見て出直してこい地味子」
――それはそれは、ショックでした。
ですが、落ち込んでいる暇なんてありません。地味と言われたので少しでも華やかに見えるように、ラベンダー色の長い三つ編みをほどいて下ろしてみたり、眼鏡をやめてみたり……他にも眉毛を整えたりリップを塗ったりなど。
ただ、背丈に関してはどうにもならないのでヒールの高い靴を選ぶようにしました。
あとは、リュカ様や周りの方々からお聞きした様々な好物を差し入れさせて貰ったり。
「これ、俺の好きなメーカーのやつじゃねぇんだけど? お前、マジで使えねぇな。まあでも俺は優しいから、貰っておいてやるよ。感謝しろよな」
当番を代わったり。
「当番? あの地味子がやるから放っておけよ。じゃあ、あとよろしくなぁ~地味子」
課題をやったり。
「めんどくせぇ……お前がやっとけよ。俺の役に立てるなんて光栄だろ?」
昼食を作らせていただいたり。
「味薄っ! お前、俺のこと好きなら好みの味くらい覚えろよ、役立たず!」
……なかなか認めては貰えませんが、リュカ様に
――ある時。
私の大好きなリュカ様は、その日も 綺麗な女の子たちに囲まれていました。皆さん、きらびやかで背が高くスラリとしていて、なのにお胸は大きく腰周りは細いという素晴らしいスタイルの持ち主で。
背が低く平坦な体型の私とは全然違っていました。その時、初めて泣きたくなったことを覚えています。
「よお、地味子。お前、俺に付きまとい過ぎだろ。ほんっとうに俺のこと好きだよなぁ」
「勿論です!」
「へえ。じゃあ、俺のためだったら何でもできるのか?」
「は、はい! 頑張ります!」
「そっか。……じゃあ」
リュカ様は手に持っていた珈琲を床にぶちまけました。
「舐めろよ」
「…………え?」
「俺のためなら何でも出来るんだろ? 証明してみせろよ」
「……あっ……」
――ひゅっと喉が鳴る。
全身の血の気が引いたような気がしました。
「で、ですが……」
「は? 出来ないのかよ? お前の俺への気持ちってやつは、その程度のもんなんだな」
「ち、ちが……っ!」
「じゃあ、舐めて綺麗にしろよ」
女の子たちを見るとクスクスと楽しそうに笑っていて。
私は、ぎゅっと唇を結ぶと覚悟を決めて床にしゃがみ込みました。
すると、珈琲の
「……いい加減にしたら?」
その場にいた全員が振り返ると、そこにはカーティス様がいらっしゃいました。
女の子たちはカーティス様の登場に色めき立ちますが、リュカ様は面白くなさそうに舌打ちをすると突然現れたカーティス様を睨み付けたのです。
このお二人は仲が良くありません。
と言うよりリュカ様が一方的にカーティス様を嫌っている様子でした。
カーティス様は色素の薄い金色の髪に、柔和な美しい紫色の瞳を持つ美丈夫。学園で絶大な人気を誇る王子様的な存在です。なので、リュカ様としては面白くなかったのかもしれません。
当時の私としては色素が薄く線の細いカーティス様よりも雄々しいリュカ様の方が好ましかったので気にしたことはなかったのですが。
「オーリスさん、大丈夫? 立てる?」
そう言いながらカーティス様は私に手を差し出してくださいました。
「あ、ありがとうございます……」
「おい! いきなり何なんだよ、お前! 関係ねぇだろ、出てけ!」
「……ここは学校で教室は君のものではないと思うけれど? ああ。オーリスさん、制服が汚れているね。服飾室に行けば新しいのがあるだろうから、行こうか」
「おい!!」
カーティス様はリュカ様の怒鳴り声を無視して、そのまま私の手を取ると服飾室へと連れていってくれました。
服飾室には誰もおらず、私が着替えている間にカーティス様が上着に付いた珈琲を拭ってくださる。
「……あ、ありがとうございます!」
「いいよ。……それよりも、君は彼のメイドか何かなの?」
「え?」
「甲斐甲斐しくお世話をして、いいように扱われて……メイドというより、まるで下僕のようだ」
「…………」
確かに、そうかもしれないと項垂れる。
どんなに頑張っても努力しても私は認められないし側には居させては貰えない。
こんな状態から私のことを好きになってくれることなんてあるのだろうか……。
考えれば考えるほど哀しくなってしまって気付けば目から大粒の涙が
「――ああ。ごめんね、泣かせるつもりはなかったんだ」
カーティス様が優しく涙を拭ってくださる。
「いえ。その通りだなと思ってしまって……きっとどんなに頑張っても私ではリュカ様のお側に置いて貰うことは出来ないのでしょうね」
「……じゃあ、僕の側はどう?」
「……え?」
「――ずっと見ていたんだ、君のこと」
カーティス様が穏やかに頬笑む。
「最初は君たちの
そこで、カーティス様は私の両手を柔く取られる。
「そんな様子を見ているうちにリュカ君に怒りが湧いて来てね。気付けば君を守りたいと思うようになっていた」
「……カーティス様」
「僕なら、君をあんな風に酷く扱ったりしない。君のことを大切にするし、必ず幸せにする。ずっと側にいて君だけを愛し続けるよ……って、これじゃあ間男みたいだね」
……ふふっと笑いながらも、真っ直ぐにこちらを見つめながら仰ってくださるカーティス様にどきりとしてしまう。
……けれど、私はリュカ様のことを。
「……お気持ちは嬉しいのですが」
「…………そっか。そうだよね。でも、諦めないよ君のこと。泣きたくなったら、いつでも僕のところに来てね……ああ。もう遅いし送っていくよ」
「……ありがとうございます」
カーティス様のお気持ちは本当に嬉しかったです。けれど、やはり私はリュカ様のことが大好きで諦めきれませんでした。
そして、余程のことがない限りこの想いは変わらないと信じていたのですが……。
――その『余程』のことが起きてしまったのです。
翌日、私はリュカ様に空き教室に来るように言われて
中に入ると既にリュカ様と昨日の女の子たち、それからリュカ様の取り巻きの男子生徒が数人いらっしゃって……。
「何か、ご用でしょうかリュカ様?」
「あ? 何かご用でしょうかじゃねぇよ。おい、地味子。昨日のアレはなんだ?」
「昨日のアレ……とは?」
「はあ? 俺のことバカにしてんのか? いいから、土下座しろよ。俺にちゃんと詫びろ」
「……えっ……あの、詫びるって……何を、ですか? 私、何かしましたか?」
「ふざけんな! お前、珈琲舐めなかっただろうが!! 俺はお前に、俺を好きなことを示せっつったよな!? いいから、さっさと土下座しろよバカ女っ!!」
……………………目の前が真っ白になる。
クラクラする。倒れそうだ。
私は、今、目の前の男性に何を言われている?
女の子たちも男子生徒もニヤニヤと嫌らしく笑っている。
目の前の男性……リュカ様も歪な笑みを浮かべて私を見下ろしている。
――あれ。私、なんでこの人のこと好きだったんだろう?
……キラキラしていたリュカ様が霞んでみえる。
こんな最低な人だったなんて。
いや。無意識に見ないようにしていただけで、最初からずっとこういう人だった。
……今ごろ気付くなんて……バカだな、私。
カーティス様……カーティス様は、私を大切にすると言ってくれた。ずっと側にいてくれて私だけを愛してくれるって……こんな酷い扱いはしないって……。
泣きそうになるのを、ぐっと堪える。
「…………もう、いいです」
「……は?」
「……もう二度と、リュカ様にお声を掛けたり近付いたりしません」
「お、おい、地味子?」
「今まで、ありがとうございました」
「おいっ! ちょっ待っ……」
「失礼します」
私は丁寧に頭を下げて空き教室を出て行く。
その後、私は一度もリュカ様と接触していない。
そして、多少なりともリュカ様のことを引き摺っていた私にカーティス様は気遣いながらも寄り添ってくださいました。
――数ヶ月後。
「カーティス様、私でよければお側にいさせてください」
「……オーリスさん。僕を選んでくれるの?」
「はい。カーティス様がいいんです」
カーティス様は一度目を閉じると息を吐き、次に目を開けた時には、こちらが見惚れるような美しい笑みを浮かべていた。
「セレンさん」
私の名前を呟きながら手を取ると跪いて柔らかい口付けを落とす。
「――必ず君を幸せにする。我が名に誓うよ」
「……カーティス様」
そのお姿が王子様のようでドキドキしていると、カーティス様が立ち上がり、私を抱き上げてくるりと回転なさいました。
「わっ! カーティス様!?」
細身の体のどこに、こんな力があるのかと驚いてしまいました。
「ははっ、ごめん。嬉しくて! 今度、指輪を買いに行こう。両親にも会って欲しい」
「……っ、はい!」
たくさんの嬉しい言葉をくださるカーティス様のことを私も幸せにしたいと思わずにいられませんでした。
――そして、更にその二日後。
私は、何故かリュカ様に呼び出されています。カーティス様にお話すると危ないからと付いてきてくださることに。
そして、最初の会話になるのですが……。
「――っ! 俺は認めないからなっ!!!!」
リュカ様の大声が、校舎裏に響き渡る。
侯爵家の嫡男なのに大声で喚き散らすなんて……品がないのではないでしょうか。
「認めないも何も君には関係ないよね?」
「はあ? うっせぇな! お前には関係ないだろ!!」
「……関係ないのはリュカ様では?」
「……………………は? え?」
「私のことがお嫌いなんですよね? だから、いつもあんな風に酷い態度だったのでしょう?」
「いや、あれは……っ」
「だから、私はもう二度と近付かないとお伝えしたはずです」
「ちっ、違……っ!」
リュカ様の目が泳ぐ。本当に今更どうしたのでしょう? そこで、閃く。
「ああ。もしかして、言うことをきいてくれる相手がいなくなって困ってらっしゃるとかですか? ですが、私はもう……」
「違うっつってんだろ!!!!」
突然、大きな声を出されたので驚いてしまう。
「急に大きな声を出さないでくれないか。セレンさんが驚いているじゃないか。……セレンさん、大丈夫かい?」
「は、はい。大丈夫です!」
「イチャついてんじゃねぇよ!! おい、セレン!!」
「……はい?」
「一度しか言わねぇからな!! よく聞けよ!!」
声の大きさが気になりつつ、何だろうと大人しく言葉が発せられるのを待つことにしました。
「…………戻ってこい。今なら特別に側に置いといてやる」
頬を染めながらリュカ様が言う。
………………。
………………………………。
………………………………………………。
「はい?」
予想外の言葉に思わず固まってしまいました。
「だから! 俺の側に居ていいっつってんだよ!!」
一度しか言わないと言っていたのに二度も言ってくれました。意外と優しいのかもしれません。
「セレンさん……大丈夫?」
カーティス様の足元にも及びませんが。
「……あまり大丈夫ではないかもしれません。ええと、リュカ様」
「おう。なんだ?」
「お断りします」
「……………………………………………………は?」
今度はリュカ様が固まりました。
「絶対に嫌です」
「……お、お前っ…………お前っ誰に向かって口聞いてんだ!? ああっ!?」
リュカ様の手が伸びて来るが、その手をカーティス様が払いのける。
「僕の大事な恋人に勝手に触れないで貰えるかな?」
「――っ、お前っ、お前ら、俺に……俺の家に喧嘩売ってただで済むと思うなよ。ははっ! お前ら、どっちもめちゃくちゃにしてやるからなっ!!」
リュカ様の言葉にカーティス様が愉快でたまらないと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「ふぅん。どうやって?」
カーティス様は胸元に仕舞っていた懐中時計をリュカ様に突きつける。
懐中時計を良く見ると美しい柄が刻まれていることに気付く。それは、隣国の王家の紋章であった。
「君こそ、誰に喧嘩を売っているの?」
「おっ、おま……っ、いえ、あっ、貴方は!?」
「そうだよ。王家の人間。ここには、お忍びで通ってるんだ。でも、ここに来て良かったよセレンさんに会えたからね」
「……カーティス様」
まさか、カーティス様が本物の王子様だったなんて……驚きです。
「分かったら、もう邪魔しないで貰えるかな?」
その言葉にリュカ様は膝から崩れ落ちました。
「じゃあ、行こうかセレンさん。実は今、両親がこちらに来ているんだ。今住んでいる家に居るから紹介させてよ」
「よ、よろしいのでしょうか?」
「勿論だよ」
この後、カーティス様のご両親に挨拶をさせていただき公認の仲になりました。
こんなに幸せで良いのでしょうか?
ちなみにリュカ様は、以前とは別人のように大人しく、目立たない存在になられたそうです。
――私には、もう関係ありませんが!
最低男に尽くしてきたけど呆れて目が覚めたので間男さんと幸せになります! スズイチ @10ga1summer
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