第25話 離宮の男同士の密談
アレクサンドルが自室にいると、ニールが訪ねてきた。
「殿下、先日、話を途中で止めたのは、アンナとヴィヴィアン嬢に聞かせたくない話がある、と理解しました。合っていますか?」
ニールは、人払いされたのを確認すると、話し始めた。
「君があのまま話し続けるとヴィヴィアンに何を聞かせるかわからなかったからな。」
使用人を下げたため、飲み物は酒しかない。ニールはヴィヴィアンと同じ歳だったか…と逡巡する。デキャンタ片手にちらりとニールを見遣ると、頷いている。
「はあ…その点については、僕もよくわかっていません。この件について、マイヤーとシャッツェ、僕とアンナは一連托生です。しかし… 不躾ですが、殿下とヴィヴィアン嬢は、どういったご関係ですか?」
「不躾だな。」
アレクサンドルも説明できない。ニールにグラスを差し出す。
「普通に考えて… 言葉が悪いのはご容赦頂きたいですが、零細子爵家の娘であるヴィヴィアン嬢は、政治的には捨て駒ですよね? 王族が肩入れするのは違和感がありますよ。」
「まあ、そうだろうな。捨て駒にする気はない。それだけ、理解しておいてくれ。」
「…はい。」
ニールは納得していない。
「ところで、法案成立の条件は、マイヤーがシャッツェを囲い込むだけではないだろう? 残る条件を聞いておきたい。」
ニールに先制されたが、今度はアレクサンドルの番だ。この会合は、お互いの手の内の探り合いだ。
「やはり、その件でしたか… それは、いくつかありますが、宰相家が第二王子の影響下から脱することです。」
人払いしたとは言え、物騒な物言いだ。ニールとしては、これをアレクサンドルが不敬としない、というところまでは読んでいる、ということだ。
「なるほど。イーサンが宰相家から妃を娶るのは保身か保険だという仮説だな。」
「そうです。ライザも誰かの駒の一つですが、婚約を破棄させるための駒ではないでしょうね。」
「その誰か、は、教団と見てるか?」
「または、ハンス。」
ニール、つまり、マイヤーがハンスを疑っている。ニールには、ハンスがOTZの木箱を持っていた話はまだしていない。
アレクサンドルとしては、どんどんカードを切ってくるニールが面白い。また、ニールにカードを持たせてニールの判断でそれを切らせるマイヤーに驚きもする。それだけ、ニールがマイヤーの中で信頼されているということだ。
「何故、ハンスと?」
「ハンスは、南方辺境伯の末弟です。彼の母である前辺境伯夫人が昨年の夏、王都に滞在していまして、僕の母を訪ねてきたんです。そのときに、ハンスの交友関係に不安がある、と。だから、ハンスを助けて欲しいと。マイヤーとしては、ハンスに非がなく、ハンス本人が助けを求めてくるのなら手を貸す、と回答しました。しかし、前辺境伯夫人は、領地への帰途で馬車事故で亡くなりました。事故の知らせが届いたのが昨年末です。それを聞いて、後味の悪くなった母がハンスの交友関係を調べ始めて、わかったのがテンダーの係累や、教団との関係です。それも判明したのが、つい先日のことですが。」
「なるほど。こちらと、見立ては同じだな。」
「殿下も、
「その交友関係については、どう考えている?」
「例の薬絡みではないかと… 殿下も、何か情報を?」
「これは美術室で話しても良かったのだが、ライザ嬢の件は、実家の収支を調べた。家業の食糧品店経営はかなり大規模だ。王都内で12店舗。だが、帳簿に怪しいところがある。税務庁の二年前の監査でも、疑惑があって、今も調査は続いている。」
「薬の販売ですか?」
「そうだ。オルトの目的は、法案を通さぬことだろう。テンダーとハンスはまだはっきりしないが。」
「エリーゼが僕やアンナに薬を使わせようとしているのは、法案を進めるなという警告、あわよくば、失脚ですかね。ヴィヴィアン嬢は? 今回の休暇は、それと関係ありますか?」
ニールは勘がいい。アレクサンドルは、デキャンタを手に取り、二つのグラスに注ぐ。
「その前に、まだ君が黙っている条件を話してもらいたい。」
ニールは、アレクサンドルから視線を逸らすと、覚悟を決めたようにニコリと笑う。
「宰相家と第二王子の手切れが条件ですが、それには、第二王子やテンダー伯爵家の失脚だけでなく、アレクサンドル殿下の台頭も、突破口の一つと考えています。殿下の登場は、マイヤーにとって、追い風と判断しました。」
「政策ごとに手を組む相手を変える一族と、俺が手を組むと?」
「アレクサンドル殿下に、
「それは、君の意見? マイヤーの?」
「マイヤーの、です。時代の思想は、自由主義に振れています。王制維持の前提は、王が正しく民意を理解すること。然るべき王の擁立に必要なら、マイヤーは然るべき人を支持しますよ。」
「なるほどね。」
「殿下の場合、当家の後ろ盾など必要ないかもしれませんが… 本件について、手の内は全てお話しましたよ。」
「ヴィヴィアンは、薬物を嗅がされて、急性中毒になった。君らと同じで、警告または排除の目的だろうね。君が気づいたように、俺の弱点がヴィヴィアンである、と知れ渡ったわけだ。マイヤーはどうする?」
「全面的に、殿下をバックアップします。ヴィヴィアン嬢も含めて。」
二人はグラスをカチリと鳴らせた。
「ヴィヴィアンには、まだ話す気はない。今の会話は他言無用だ。」
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