第17話 自室のヴィヴィアンとアレクサンドル
翌朝、目が覚めると、全身が重かった。寝相が悪く、身体がこわばっているのかと思ったが、立ちあがろうにも力が入らない。身体の奥がぞわりとして、関節が痛む。風邪の症状だ。熱があるのだろう。
ヴィヴィアンは、ベッドから足を下ろす。これまでも、熱程度であれば、登校してきた。そもそも、友人付き合いが殆どないため、集団生活をしていても、風邪をうつされることも滅多にないのだが。
何しろ、欠席すると、成績に響くので休みたくない。
唯一の友人を思い浮かべる。アレクサンドルから移ったのか、自分から移したのか、アレクサンドルが同じように寝込んでないか気になる。
昨夜の浴室も寒かった。あれが引き金か。
聞いたあの話もアレクサンドルにするべきだ。
ヴィヴィアンは、朧気な頭で考えながら、立ち上がろうとしたが、全く力が入らず、床に転がってしまう。
起き上がる力も出ないため、ベッドの上のブランケットや毛布を引っ張り、それにくるまると、そのまま床に転がり、目を閉じた。
頭痛、寒気、眠気に襲われる。そのうち、清掃の人が見つけてくれる、と考えながら、ヴィヴィアンは眠りに身を任せた。
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ヴィヴィアンが床で眠りについて二時間の後、教室ではアレクサンドルが、現れないヴィヴィアンにやきもきしていた。友人付き合いのないヴィヴィアンについて、誰に聞いたらいいかもわからない。
早退すらしたがらないヴィヴィアンが、休むとしたらよほどのことだ。
昨晩、遅い時間だからと諦めたが、様子を見に行っておけば良かったのかもしれない。
アレクサンドルは、一限目の授業が終わると、女子寮に向かっていた。
駆け足で女子寮の玄関をくぐる。
「ヴィヴィアン・マーリンは、登校したか?」
受付で管理人に尋ねる。
「いえ、今日は、まだ…」
返事を聞き終わる前に、廊下を抜け、ヴィヴィアンの部屋へ向かった。
先日、服の箱を届けた部屋の扉をノックする。
「ヴィヴィ、いるか?」
返事がない。
「ヴィヴィアン?」
何度かノックするが返事がない。立ち去ろうとすると、清掃のメイドが声を掛けてきた。
「今朝は、お部屋からまだ出てこられてませんよ。」
「鍵はあるか? 中を確認してくれ。」
学生とはいえ、高圧的な言い方で身分を察したメイドは、アレクサンドルに従う。
カチャリ
鍵を開けて、メイドが中を覗く。
「あ… ヴィヴィアン様… 」
メイドが慌てて部屋に入っていく。アレクサンドルは、開いた扉から顔を覗かせるか逡巡する。
「熱を出されています!!」
メイドはアレクサンドルに声を掛けると、管理人を呼びに走り去っていく。
「おい… 飲み物とか…」
何が必要か考えてみたが、様子を見てみないとわからない。それに、様子を見ても、何が必要かわからない気もする。
半開きの扉の手前で、立ち尽くす。
何かやれることがあるのか。
部屋に立ち入るべき事態の緊急性とヴィヴィアンの名誉とを天秤にかける。きっと寝衣か部屋着だろうし、前回立ち入ったときとは違う。
しかし、死ぬほどではないにしても、苦しんでいるのは間違いない。
「おい、ヴィヴィ… 大丈夫か?」
先ほども返事はなかったし、返事を期待しているわけではない。何かできそうなこととして、思い浮かんだのが、声を掛けることぐらいだった。
「ヴィヴィ…」
「… アレク?」
想像以上に、苦しそうなヴィヴィの声がする。こんな弱気な声は初めて聞く。
「いま、人を呼んでる。欲しいものはあるか?」
ヴィヴィアンの声の場所から考えると、半開きの扉まで、もう一歩踏み出せば、顔が見えるのではないかと思う。しかし、寝衣の女性を見るのは問題だ。
「ベッドに… 上げて… 寒い…」
どういう状態だ?と考えるのと、一歩を踏み出すのは、同じ瞬間だった。床でブランケットにくるまるヴィヴィアンが見えた。
「…な、何やってるんだよ…」
熱で苦しくて、ベッドから落ちたのだとわかる。ただ、無言でいるわけにはいかないからそう言った。
「…入るぞ…」
部屋を横切りながら、ベッドにヴィヴィアンを引き上げるのに、触っても問題ない場所の当たりをつけるが、頭や首、肩を触らずには抱えられない。今のままでは、ブランケット越しにではなく、直に触れてしまう。
「…どうする?」
そばにしゃがみ込んで、苦しそうなヴィヴィアンに尋ねる。尋ねるまでもないのだが、触れてよいか答えが出ない。
眉間に皺を寄せ、目を閉じて苦しそうにはあはあと息をしている。
そういえば、眼鏡をしていない。閉じた瞳は形がよい。友人になったばかりの頃、まつ毛が長い、と思ったことを思い出す。
ルーカスの言った『才色兼備』という言葉。まだ、眼鏡を外して瞳を開いたところを見たことがない。ルーカスは、きっと見たことがあるのだろう。ルーカスが、自分の好みではないと言ったヴィヴィアンのことを美しいと言うのなら、美しいに決まっている。
「…」
ヴィヴィアンの口は動くが、言葉にならない。
「抱き上げるよ…」
返事はない。
膝の下と首の下に手を差し入れて、手前に重心を寄せて力を入れた。
寝具の重みの分も考えて力を込めたつもりだったが、想像以上に軽い、そして熱い。そのまま、そっとベッドの上に下ろした。
床に落ちたままの毛布を拾い上げて、しっかり肩まで覆うように掛け直した。
「あ…りが…と」
掠れた声が聞こえる。瞳は固く閉じたままだ。
アレクサンドルは、ふぅ…と息を吐き出した。なんとなく、半分眠っているヴィヴィアンの香りを感じるのは、ヴィヴィアンへの裏切りのように思えて、息を止めてしまっていた。
廊下の先から足音が聞こえる。慌てて、半開きの扉を出て廊下まで戻ったが、手持ち無沙汰だ。
先ほどのメイドが管理人を連れてやってきたのと入れ違うように寮を後にした。
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