鯨のあいであショートショート

ある鯨井

第1話 バースデーケーキ×ツンデレと溺愛

「誕生日を祝われて素直に嬉しいのって十代が最後じゃない?」


「あ、ああ、そういう考えもあるかな」


「二十代になってからは、わりと惰性じゃない? そりゃあもちろん嬉しいわよ? おめでとうって言われたら嬉しいしありがとうって言うし。私だって友達にも貴方にも誕生日の時言うし、お祝いする。そうでしょう?」


「はい、はい」


「でも付き合いが長くなると誕生日のプレゼントも悩むじゃない? 学生の頃はもうささやかなものでも嬉しかったけど、働き始めてそこそこお金に余裕が出てきたら選択肢は広がるけど、バリエーションは限られてる。去年がこのくらいだったから今年は少し奮発……なんて考えたら雪だるまみたいに大変なことになる。だからって年に一回しかないのになーんか普通ってなるのもつまらないし、悩ましいったらない」


「うん、うん。貴女が何を言いたいのか俺にはいまいちわからないけど……プレゼントが気に入らなかったって事?」


「違うわよ!」


 きゃんと一際大きなヒステリーが飛んできた。

 俺よりも小さい彼女は大きな目を吊り上げながら、とんでもなく不機嫌そうに俺を睨み付けている。どうやら何かを失敗したらしい、参ったな。


「ええと……じゃあ、俺は誕生日と言えばイチゴのショートケーキだと思っていたけど、貴方の憧れてた『手作りケーキでお祝いをする』のイメージは、やっぱりチョコケーキだった?」


「そうじゃなくって!」


「でも、いつもケーキ食べる時はチョコ系だよね?」


「そうだけどそうじゃなくって!!」


 嫌味のような悪態のような、何を言いたいのかわからない刺々しい言葉はすらすらと出せる彼女が、もどかしそうに口を開閉させている。

 今日のところは、うまく伝えられないわけではなく、きちんと伝えたい言葉があるようだ。言葉の裏の裏の裏まで読み取る必要がないとわかれば、根気強く待つ姿勢に変える。


「い、……~~ッい、一緒に、作りたかったの! のに、なのに……」


「ああ、なるほど……俺が作ってきちゃって驚いたのか」


「美味しそう……」


「それはまた、複雑な喜びだな」


 一緒にケーキを作る体験を取り上げられて精一杯不満を露わにしていた彼女だったが、素人全開で不格好な初めての手作りケーキをしっかりと受け取ったまま宝物のように離さないので、いじらしくて仕方ない。

 彼女の形だけの怒りが収まっていくのを見て、俺はようやく口を緩ませられた。

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