令嬢と奴隷

肩メロン社長

第1話

 僕は首を噛まれ、痛みと同伴して襲ってくる快楽になすすべなく射精した。

 痺れるような熱が僕の瞼をピクピク痙攣させる。

 これで終わりかと思いきや、彼女の腰は止まらなかった。開ききった瞳孔。僕の首から唇を離した彼女は、乱暴に前髪を掻き上げると動く速度を加速させていく。



「おい、早く終わらせろ。そろそろ誰か来そうだ」



 煙草を咥えたもう一人が、通路の向こうに目を向けた。



「うるせえなあ、もう、少しで……い、っ!」

「う、ぐ」



 首に押し込まれる細い指。息が詰まるのと同時に、僕は二度目の射精を誘発された。



「掃除しろ」



 ようやく呼吸ができるようになったかと思えば、酸素の代わりに股を押し付けられた。必死にもがく僕。自分と他人の体液で溺れて死にそうだ。



「……ふぅ。やっぱ男は最高だな。いいストレス発散になるぜ」

「おまえはやり過ぎる。もう少し丁寧に扱えよ。男は貴重なんだから」

「ハイハイ。んじゃエル、また明日な」

「………」



 身だしなみを整えた二人が僕に口付けをして去っていく。

 残された僕は、ぐったりと石畳の冷たさに浸っていた。全身にびっしょりとかいた脂汗が気持ち悪い。早く帰って体を拭きたい。きれいにしたい。



「う、ぅぅ」



 誰かが路地裏にやってくる前に、僕はよろよろと立ち上がった。

 疲労と吐気が頭を鉛のように重くする。



「……かえ、らないと」



 妹が心配するから。

 きっと家で、お腹を空かせて待っているはずだから。

 押し倒された際にできた腕の擦り傷をさすりながら、僕は家に向かって歩きはじめた。





「お兄ちゃん。また衛兵にいじわるされたの?」



 ちいさな口でパンにかじりつきながら、妹のマキマが目を釣り上げた。



「う、うん。でも大丈夫だよ、きょうはそんなに酷くなかったから」

「そういう問題じゃないの! 衛兵のくせにお兄ちゃんを甚振って、許せない……! マキマがお兄ちゃんに代わってぶっころしてやる!」

「だめだよ。ただでさえ病弱で歩けないのに」

「愛の力で勝つんだよ! お兄ちゃんがまいにちあざをつくって帰ってきてるのに、マキマは……いつもお兄ちゃんに迷惑かけてる」

「そんなことない」



 僕は妹のちいさな体を抱きしめた。



「僕はマキマがいるから頑張れるんだ」

「お兄ちゃん……ありがとうね」



 お礼なんていらない。だって僕たちは、たった二人の家族なんだから。


 そう、僕たちに両親はいない。

 母さんは僕が十歳の時に病気で死んだ。父さんは、わからない。母さんがあまり話したがらなかったから、僕は父さんの名前すら知らない。だけど、僕の目は父さんにそっくりらしい。よく母さんが僕の目を舐めながらそう言っていた。



「……痛いなあ」



 手拭いを水に浸して傷跡にあてる。冷たいのと痛いのとが同時にやってくる。そして忌まわしい記憶も脳裏によみがえる。


 あの二人の衛兵に目をつけられたのは、今から一ヶ月ほど前のこと。

 買い物のために街に出ていた僕は、ガラの悪い女三人組に絡まれていた。かわいいなねーちゃん。今からご飯行こ。楽しいとこ知ってんだよ。


 俗にいうナンパだった。ビクビクと怯えて縮こまる僕は、目線で周囲に助けを求めるも誰も助けてくれなかった。

 このままでは僕が男だということがバレる――腕を掴まれてどこかに連れて行かれようとしたところを、僕は件の二人に助けられた。


 衛兵の制服を見て逃げ出した三人。僕は助けてもらったお礼を言った。衛兵の一人が、一緒にランチをしようと誘ってきた。僕は一度断った。ご馳走するから、お礼の代わりに付き合ってと頼まれて、助けてもらった恩もあるから無碍にもできず、僕は結局彼女たちについて行った。


 そして気がつくと、僕は犯されていた。


 レストランで食べたことのない料理をご馳走してもらって、食後の紅茶を飲んだあたりから記憶がない。僕は薄い赤色のランプで照らされた室内のベッドで、両腕をシーツで縛られていた。



「女みたいなかわいい顔してるくせに、男だなんて……!」

「幸運……ッ! 生の男とか久々に見た! しかも極上!」



 与えられたオモチャで遊ぶ子どものように、あるいは死肉を漁る猛禽類のように僕は弄ばれた。やめてと頼んでも聞き入れてもらえず、男だとバラされたくなかったらまいにち会いに来いと脅されて。

 時と場所を選ばず、僕は彼女たちにまわされていた。夜に指定されれば会いに行ったし、さっきのように人気の少ない路地裏でも抱かれた。

 引いたはずの脂汗が滲んでくる。思い出しただけで体が震える。傷跡が熱を帯びる。

 僕は女の人が苦手だった。怖い。

 男として生まれてきた僕が、大っ嫌いだ。



「お兄ちゃん。そろそろ時間だよ」

「……うん」



 体を拭き終えた僕は、クローゼットから下着と服を取り出した。

 僕が男だと知っている人は、三人。そのうちの二人はあの衛兵。そしてもう一人のところで僕は働いていた。



「きょうもお仕事がんばってね」

「うん」



 マキマに笑顔で見送られて、僕は苦々しさを押し殺して笑った。家を出ると、馬車が停まっていた。貴族が乗るような瀟洒な装いの馬車だ。幌には都内では知らぬ者はいないほどに有名な伯爵家の家紋が描かれている。



「エルさん。きょうもとぉってもとってもかわいらしいですね、早く乗ってください」

「こ、こんにちは。シャルルさん」



 扉が開いて、中から一人の少女がにやにやと口角を緩めながら手招きした。僕は何も考えないようにして馬車に乗った。シャルルさんは僕の腕を引いて隣に座らせると、スカートに手を潜り込ませた。



「うふ。うふふ。ちょっとだけ、ちょっとだけ」

「……あ、あの」

「はい? あ、下着のサイズが合いませんでした? 触った感じだと、まあ少し小さかったかもしれませんね。だってほら、ここがはみ出ちゃってます」

「ま、窓開いてるんですけど」

「安心してください。下まで見えませんから」

「——っ」



 ほら、とシャルルさんは僕の穿いたスカートをめくって中身を空気にさらした。



「ね? 誰もエルさんが女ものの下着を穿いて、その上から私に手でイジられてるとこなんて見えませんし想像もしてませんよ」



 でも、と彼女は太ももに爪を立てながら言った。



「そのいやらしい顔は、丸見えですけど」

「や、だめ……っ」

「最高です。ほら、我慢しないとみんなに見られちゃいますよ」



 敏感なところを執拗に舌と指で責められて、僕は必死に真顔を取り繕いながら耐える。耐えて、でもと思う。

 僕は一体、いつまで耐えなきゃいけないのだろう。

 馬車が停まる。二回目の射精でクタクタの僕を引きずって、シャルルさんの自室に放り込まれた。そのまま馬乗りになって一回。変な薬を飲まされてからは、もうおぼえてない。思い出したくない。



「ごめんなさい、エルさん。私、つい羽目を外し過ぎてしまって……」



 日はすっかり暮れて、夜。

 うつ伏せで転がる僕に膝枕をしながら、彼女はできたばかりの擦り傷を指で押した。痛い。けど逃げる体力は残っていなかった。

 眠たい。帰って寝たい。もう、死にたい。



「死んじゃだめですよ。男性の自殺幇助は死罪ですから」



 暖かい光が僕の傷跡を包み込んだ。



「いくら伯爵令嬢の私とて、それは免れませんからね。――はい、傷は全て治りましたよ」

「……ありがとうございます」



 シャルルさんは治癒魔法が得意だった。魔法に疎い僕はよくわからないけれど、彼女の治癒はとてもすごいらしい。なんでも、無くなった腕を生やすこともできるとか。

 是非とも、僕の心の傷も癒してもらいたい。けど彼女は、癒すどころか傷口をズタズタに引き裂いてくるから、嫌いだ。



「エルさん。私と結婚してくれます?」



 唐突なプロポーズ。でも初めてじゃない。シャルルさんは毎回、僕に潤んだ瞳で懇願してくるのだ。つい先程までのことがすっかり抜け落ちてしまったかのように、白々しく。



「……一人の男性を独占するのも罪らしいですよ」

「最低三人以上の妻がいれば問題ありません。残り二人なんてどうにでもなります。だから……」

「ごめんなさい」

「どうして?」

「そういうのは、好きな人同士がすることだと思うから」



 僕の遠回しな言葉に、シャルルさんは可愛らしく小首を傾けた。



「まだ好きになってくれませんか? まだ?」



 逆に、好きになってもらえると思っているのだろうか。



「それはいけませんね。ええ、マズイです。伯爵の愛娘である私の処女を強引に散らしておいて、その責任を取らずに捨てるということですね?」

「ま、——待ってよ、どうしてそんな……っ」

「お父様が知れば、いくらエルさんが男とはいえ罰は免れませんよ。死罪、なんてことはないとは言い切れませんが、まあ種馬として一生を終えることに――」



 僕はそれ以上、彼女の機嫌を損ねないために口付けをした。激しく指を擦り合わせていた動きが止まり、シャルルさんは嬉しそうに僕の舌を吸い込む。

 卑猥な音を立てて貪られる僕の口。唾液が流れ込んできて、僕の唾液と合わさって喉に流し込まれる。



「ふふ。まあ返事は急ぎませんよ。それに首輪もまだ完成していませんし」



 僕はそれ以上、何も言わなかった。いや、何も言えなかった。

 女は恐ろしい。母さんがそう言っていたことを思い出す。女は恐ろしいから、女のふりをして生きなさい。男だということがバレてはいけない、と。

 確かに、バレてはいけなかった。僕は何がなんでも男であることを隠し通さなければならなかったのだ。



「この後、一緒に夕食はいかがですか? もちろんたべていきますよね? エルさんの大好きなパンケーキもパフェも用意させてるんです。たべていきますよね? みんな喜びますから」



 やっと引いてきたと思っていた脂汗が額に浮かんでくる。



「そんな怖がらないでください。私、本当にほんとうに、あなたが大好きなんです。幸せにしてあげたいんです。もっとたくさんいろんなことが知りたい。あなたの笑顔とか、涙の味とか。嬉しい時に流す涙と悲しい時に流れる涙ってどういうふうにちがうのか。味が変わるのか。甘いの? それとも苦い? 塩気が強いの? 涙ももちろん、声。そう、声! 私、エルさんの声が好き。透き通るような甘い声。笑い声も喘ぎ声も苦悶も泣き声ももっと聞きたいし、私が抱えるこの想いにどう変化があるのかも知りたい」



 母さん。この世界は、とても生きづらいです。

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