H氏の隣人
羽弦トリス
第1話お父さん
僕の父親は、明治生まれの父親の末弟でそれはそれは、僕や弟を暴力で支配した。
休日は農作業を手伝わせ、朝の5時半には僕ら兄弟を起こした。
高校時代は大学受験のため、夜中2時まで勉強していたが、兼業農家でトラック運転手の父親は早朝に帰宅すると、朝から寝酒を飲み、酔っ払って僕らを怒鳴り散らし起こした。
その頃、僕は父親なんて、とっとと死ねば良いのにと考えていた。
僕はこんな実家に嫌気がさし、地元の鹿児島大学ではなく、関東の大学に進学した。
経済的理由で、大学を自主退学したが、鹿児島市内でアルバイトして、お金を貯めて運転免許を取り、地元の福祉施設で仕事を始めた。
だが、父親の酒癖はタチが悪くケンカばかりしていた。
1度、掴み合いのケンカをした事がある。
それから、地元を離れ名古屋で貿易会社に就職し、何年も地元に帰らなかったら、父親から電話があり、久しぶり僕と飲みたいと言う。
わざわざ、休みを1週間とり帰郷すると、いつもの酒。
心なしか、父親の体が小さくなっていた。
父親はいつも、料理番組をテレビで見ると、いつかは食べてみたい!と、言うのを記憶していたので、名古屋で結婚して、息子が生まれて直ぐに、鹿児島から両親を呼んだ。
そして、両親を料亭に連れていった。
父親は満足そうに、料理に舌鼓を打ち酒もしこたまのんだ。
父親は帰郷してから、ずっと料亭の思い出を語っていた。
その最中、僕は統合失調症を発症させ、会社をクビになった。
あの父親が、変われるなら、自分が僕の病気を貰いたいと言ったそうな。
父親はトラックの仕事を辞めて、退職金で農機具やトラクターを買い換え、農家に力を入れながら、土木仕事をしていた。
過去の事は忘れて、弟家族と僕の家族で霧島の温泉ホテルに1泊して、両親に思い出を作ってやりたいと思って計画していた3年前の春、父親は入水自殺した。
まだ、4月の水は冷たかったろうに。その3ヶ月前には会っていた。
そして、鹿児島空港で僕にしわくちゃな1万円札を1枚渡し、ぼちぼち働けと言って別れたばかり。飛行機に乗る際にタラップで両親に手を振って父親も大きく手を振ってサヨナラしたばかりなのに。
父親が発見された日は、親戚中に迷惑をお掛けしたと、お詫びの電話対応に追われた。
コロナの非常事態宣言で帰郷出来なかったからだ。
2日目、僕は泣いた。涙がはらはらと溢れ落ちた。
あんだけ、嫌いな父親でも家族なのだから、悲しかった。
死ぬ前に相談してくれれば良かったのに。
僕も、出来るだけの事はした。
梯子酒も、もっと連れて行けば良かった。
病死ならまだ、理解出来るがあんな強い男が自殺を選択するなんて。
今は、お父さんの代わりにお母さんを名古屋に引き取り責任を持って面倒みている。
親孝行したいものだ。
父親の死はあまりにも、唐突で早すぎた。
こんな、病気持ちにならなかったらまだ父親は生きていたかもしれない。
病気とは非情なものである。
僕の代で、家元を潰してしまった。築120年の実家も更地になり、今は親類の家になっている。
お父さん、天国で待っていて下さい。また、一緒に焼酎を飲もうよ!
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