第28話 星野の過去

『星野さん。大丈夫?』


そのメッセージを

何度見返しただろうか。


星野さんの部屋にお邪魔した

あの日から五日が経ち、

文化祭当日を迎えていた。


四日前に送ったメッセージに返信はなく、

俺はただ彼女とのデスコの画面を

眺めることしかできなかった。


星野さんと担任の教師たちが

話していたのを盗み聞きしたのだが、

どうやら身内に不幸があったようだ。


身内……


星野さんの親御さんはどちらも

他界している。


ということは、他の親戚だろうか。


こういうとき、何もできない

自分が情けない。


配信をしたら、

次郎という名前でふらっと

来てくれるかもと思っていたが、

昨日配信しても彼女は現れなかった。


「いよいよ俺らのクラスの

出し物の番だな」


「うわ~めっちゃ緊張してきた」


クラスの人達はもう星野さんのことなど

忘れているのだろうか。


とても楽しめる気分ではなかった。


ここ一か月間、必死にクラスの姿を

撮ってきた。

その成果が流れ、他のクラスが

爆笑、歓声、感嘆の声を上げる。


けど、どれだけ称賛の言葉が

体育館を包み込んでも、

何も嬉しくなかった。


俺はこの映像を星野さんに

観てもらいたかったのだと、

今になってようやく気が付いた。


約束したのに。


もう直ぐ、一日限りの文化祭が終わる。


『文化祭の約束忘れないでね』


扉を閉める直前の光景が

脳裏に何度も蘇る。


俺も……結構楽しみにしてたんだな……


俺はゆっくりとポケットから

スマホを取り出して、デスコを確認する。


彼女からの返事はなかった。


────────────────────


文化祭の終了を告げるアナウンスと共に、

教室にオレンジ色の光が差し込んだ。


俺のクラスは出し物は

動画だけであって、

片付けるものは特にない。

だから、ここで解散。


結局、彼女との約束は果たせなかった。


「なあなあ打ち上げどこでやる?」


「カラオケ?」


「あ、もう千尋が店予約したって」


星野さんがいないというのに、

クラスでは成功の宴を開こうと

盛り上がっている。


何で……誰も星野さんのことを

心配しないんだ。

俺がおかしいのか?


「おい、健児」


そのとき、ぽんと肩を叩かれた。

文化祭委員の南君だった。


「え、何?」


「打ち上げ、お前も来るだろ? 

この文化祭の一番の功労者だもんな」


「ん? けんちゃんも来る?

来な来な!」


「……いや……俺は……」


正直、そんな気分じゃない。

何と言って断ろうかと

思考を巡らしたとき、


「凜も誘ったら来るかな?」


彼女と仲の良い千尋が

そう呟く。


「どうだろ。連絡付かないし」


「心配だよね」


よかった。

俺だけじゃなかったようだ。


ようやく話題が星野さんに移る。


しかし、


「でも、凜なら大丈夫っしょ?」


「だよな、凜のことだし」


「きっと直ぐに登校してくるよ」


俺はようやく理解した。


彼女は心配されてなかったわけじゃない。

けど、あの明るさとメンタルの強さから、

心配しなくても大丈夫と

解釈されているのだ。


彼女の近くにいる人達だから尚更、

そう思っているのだろう。


「で、どうするんだ? 健児」


南君の言葉が微かに聞こえた気がした。



そうなってしまうほど、

物凄い勢いで、ある記憶が蘇ってきた。


『……助けて』


あのとき、ふらっと俺の配信に

流れたそのコメント。


彼女が大丈夫なわけないだろ。


あのときも、状況は同じだった。

そんな彼女から出たのはSOSだっただろ。


星野凜という人間が強いわけじゃない。

弱さを見せないだけだ。


たとえ、これが勘違いであってもいい。


それでも、俺は動かなければならない。


……だが、何が俺にできるんだ。


彼女が元気になれるものは何だ。


俺は何を彼女に与えればいい。



俺は……


「おい、健児。

動画作り過ぎて疲れたのか?」


そんな南君の言葉にはっとした。


俺にできること。

そして、彼女が今ほしいもの。


それはきっとこれだ。


「皆!」


俺の言葉にクラスの視線が集まった。


「お願いがある」


────────────────────


両親を亡くしてから、

星野凜は祖父に育てられた。


育てられたといっても、祖父は88歳。

星野凜も14歳。


年寄りの力を借りずとも、

独り立ちできる年頃だった。

だから、仕送りを送ってもらいながら

一人暮らしをしていた。


けれど、そんな生活は長く続かなかった。


彼女が高校に入って直ぐに、

祖父は急に体の調子が悪くなって

入院生活となった。

医師からももう長くはないと

告げられていた。


だから、そのときが来ても、

心の準備はできていたのだ。


健児が帰ったあと、病院から

祖父の状況を知り、

星野は直ぐに駆け付けた。


心の準備はできていたはずだった。


けれど、やはり身内が

亡くなるというのは慣れない。


それから、何日経っただろうか。

放心状態のまま親戚と共に、

通夜、葬儀に出席し、ようやく

今自宅に辿り着けた。


誰もいない静かな部屋が

待ち構えていた。


両親が亡くなった

あの日もこんな感じだった。


この静けさが怖くて仕方がない。


星野は吐き気を覚えて、

トイレに駆け込む。


全く、同じ行動をしている。


この恐怖に耐えられる気がしない。


あのときの自分はこの恐怖を

どう忘れたのだろうか。


どうやって……


(……オオカミン)


誰かの声を聞きたかった。


けど、知り合いにこんな

自分は見せたくない。



だから、あのとき友達以外の

誰かの声を求めて、

配信サイトを開いたのだ。


できれば、他に人がいない

配信者がよかった。

できるだけ、今の自分を

知って欲しくなかったから。

一対一の空間にいたい。


星野は人気順から一番下の

配信者の名前を確認した。


「……オオカミン……?」


見た目も狼。


素直に言うと、何の捻りもない

名前だと思った。

人気最下位の理由が分かる。


これなら、今の自分じゃない限り、

誰も配信を見に行かないだろうと。


『初見さん! いらっしゃい!

過疎ってるつまんない配信だけど、

ゆっくりして行ってね!』


久しぶりにリスナーが来たのが

分かるぐらい、嬉しそうな声。


星野は何も言わなかった。

ただ静かなのを忘れたかったのだから。


『次郎さんはどうして

俺の配信に来てくれたの?

もしかして牧場ストーリー好きとか?』


けど、このオオカミンという

配信者はこちらが何もコメントを

していないにも関わらず、

ずっとこちらに話しかけてくる。


ずっと話しかけていてほしかった。


じゃないと、これからの

人生を考えてしまう。

家族のいないこの静けさに

支配されてしまう。


『……もしかして……あんまり

プレイヤーの声とか

聞きたくなかったりする?

たまにそういう人もいるんだよね。

ゲームをしてるのを見たい人とか。

黙ってた方がいいかな?』


さっきまで重かった自分の右腕が、

我知らず反応していた。


【だめ】


星野はそう打っていた。


【ずっと話しかけてて。

お願い】


『コメントありがとう。

分かった。ずっと話しかけるよ』


こちらの初めての意味不明なコメントに、

彼は優しくそう返してくれた。


『次郎さんはどんな話題が好き?

他にしてほしいゲームがあったら

全然するよ。

遠慮なく、俺にしてほしいこと

あったら言って』


(してほしいこと……)


星野は【たくさん声が聞きたい】


そう打とうとした。


星野自身も、自分が他人に弱みを

見せることは滅多にないと自覚していた。


こんなコメントなど普通は絶対に言えない。


それくらいの弱みだった。


けど、星野はそのコメントを消した。


そして、星野はこう打ち込んでいた。



【助けて】



星野はそれ以上の弱みを見せたのだ。


それくらい精神が弱っていたから。

そして、彼の話をずっと聞いていて、

彼ならその弱みを受け入れてくれると

直感したから。


星野は打ち込んでしまった

自分の弱みに、一瞬後悔をしてしまった。


こんなことを急に言われたら

誰だって困るだろうと。


『きっと次郎さんは

今とても辛いんだよね』


けど、自分の直感は当たっていた。


『よければ、その理由を

教えてもらえる?

辛くない範囲でいいから。

ゆっくりで大丈夫。

俺待つよ』


ふらっと現れた、

誰とも分からない相手に

どうしてこんなに

優しくできるのだろうか。


星野はそんなオオカミンの優しさに

驚かされると共に、

彼に今の状況を話していた。


『……なるほど。

昔、俺も両親を亡くしたことあるから、

今の次郎さんの気持ち

めちゃくちゃ分かるよ。

怖いよね。これからが』


【きっと今日は怖くて寝れないかも】


何をやってるんだと星野は

半ば思っていた。


人の配信にこんな不安をぶちまけて。

迷惑がってるかもしれない。


もしかしたら、自分をブロックしようと

思ってるかも。


そう思いながらも、彼に縋っている。


『なら、今日は次郎さんが

寝落ちするまで配信するよ』


けど、何度も何度も、こちらの心配を

彼の優しさが裏切ってくれる。


【迷惑じゃないの?】


『全然? むしろ、俺は

配信見てもらえるの嬉しいし』


【本当に?】


『本当だよ。

それに次郎さんは今一人に

なっちゃいけないよ。

誰かがいないと。

そうだ。こうしよ。

次郎さんが元気になれるまで、

俺配信引退しないことにした』


【引退するつもりだったの?】


『うん。配信しても

誰も見に来てくれないしさ。

有名にはなりたいけど、

そこまで目標にしてた

わけじゃないから。

けど、今は次郎さんを

元気にするっていう目標ができた。

だから、引退しない。

その代わり、次郎さんも

元気になるまでは毎日俺の

配信来るように。

約束ね』


もう居場所がなくなったと思ってた。


家族がいた空間がなくなり、

弱みを見せれる友人もいない。


けど、ふいに見に行った配信者が

居場所をくれた。

ここにいていいと言ってくれた。


その夜、星野は配信を流していた

スマホを抱き抱えて、

無事に寝ることができたのだった。




────────────────────

ここまで読んでくださり、

ありがとうございます!


作者のモチベーションに繋がりますので、

面白いと思ってくれた方は、

是非とも【レビュー】【スター】【いいね】

の方をよろしくお願いします。

































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