忘れていたこと
羊丸
忘れていたこと
「あー、ジメジメして気持ち悪い」
私はそう言いながら手で風を仰いだ。
梅雨の時期に入り、ほぼ毎日のように雨が降っていた。週末の土曜日の部活が終わり、いざ帰ろうとすると先ほどまで降っていた雨が止み、ジメジメする感触が腕と首から伝わってくる。
通り過ぎていく車を眺めながら私はふと友達の鈴香のことを思い出した。
鈴香というのは小から中学時代の友達であり、いつも短い髪をさせていた女の子。
二人は月に2、3回ほど遊ぶ中だった。だが、高校生になると父親の転勤で離れ離れになってしまった。
お互いに涙を流しながらまた遊ぼうねと抱きしめ合った。
高校が始まった一ヶ月はお互いに手紙を送ってはいたが六月になると忙しいあまりか手紙が来なくなってしまった。
(あれからどうしているんだろうなぁ)
私は灰色となっている空を見上げながら思っていた。
(久々に手紙を送ってみようかな)
私は背伸びをしながらそう思っていると、後ろから声をかけられた。
「ねぇねぇ。あなた。良美?」
「えっ?」
名前を呼ばれて思わず振り返ると、そこには鈴香の姿があった。
「鈴香!」
私は鈴香の姿に思わず驚きの声を出した。
「ひっさしぶり! めちゃめちゃ元気してた?」
お互いの久々の再会に鈴香は笑顔で抱きしめながら言った。
「あぁ、元気だよ。でもあんたどうしてここに?」
「ちょっと色々あってここに来たんだ。良美は部活の帰り?」
「うん。もぉ、疲れたよ」
「そうだよねぇ。ねぇ、家まで一緒に帰ってもいい?」
「もちろんだよ」
私はそう言うと、鈴香は笑顔でやったと答えたのだった。
家に帰りながらお互いに高校で何をしているかを思う存分に語り合った。高校で出来た友達、部活、先生、それぞれどんな風なのかをいくつか話していた。
結構な話を聞いていながらそろそろ家に着く頃かなと私は周りを見渡したが、まだまだ自分の家近くではなかった。
(あれ? まだ家に付かないのかな?)
私はそんなことを思っていると、変に胸騒ぎを感じた。
(なんだろう。この胸騒ぎ、というか、何か、忘れたかな?)
そんなことを思っていると、鈴香は「どうした?」と聞いてきた。
「あぁ、こんなに話しているのにまだ家に付かないなんて不思議だなぁと思ってね」
私は笑顔で答えると、鈴香は「いいじゃん」と言った。
「えっ?」
「家に付かなくてもいいじゃない。このままずっと話そうよ」
にこやかに話す鈴香にどうゆうことだと思っていると、急に頭に痛みが走った。
「うっ」
思わず私は頭を押さえた。なんの痛みだろうと思っていると、あることが脳裏に浮かんだ。
それは父親と母親が何か悲しそうな表情で何かを伝えている。口をパクパクさせているだけで何を言っているか聞こえない。
(何を言っているんだ?)
頭の痛みに苦しんでいる私に鈴香は「大丈夫?」と心配そうにしながら声を掛けて私の肩に手を置いた。
制服の上から氷のように冷たい感触が伝わってくる。
(なんでこんなに冷たいの? 今、6月のはずなのに、こんなジメジメしているのにどうして)
痛みに耐えながら私は思っていると後ろから「お姉ちゃん!!」と叫ぶ声が聞こえた。
振り返ると、そこには激しく息を切らしている中学生の妹の美亜がいた。
「美亜、あんた」
私が言いかけると、美亜は強張っている表情をしながら叫んだ。
「あんたお姉ちゃんに何をしているのよ!! 事故で死んだのに、なんでお姉ちゃんの目の前にいるの!!!!」
「えっ?」
美亜の言葉に私は頭が追いつかなかった。
どういうこと? 鈴香が死んだ?
私は思わず目の前で立っている鈴香を見ると、先ほどまで普通の体をしていた鈴香の体は頭と目から血を流し、着ていた服は血で真っ赤に染まるほどの姿だった。
「もう少し、だった、のに」
鈴香はそう言うと、煙のように消えた。
その光景に私は思い出した。
そしてなぜ自分が鈴香のことを思い出したのは、丁度このようにジメジメとした暑苦しい梅雨の六月の最初に鈴香は事故で亡くなった。
私はそれを認めたくなくて、現実を逸らし続けていた。
頭に流れてきた両親が口をぱくぱくさせていたは、鈴香が死んだことを告げられた時のことだった。
(あぁ、変な違和感を感じていたのは、これだったのか)
私はそう確信をしていると、再びジメジメとした雨が降り出してきた。
忘れていたこと 羊丸 @hitsuji29
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