探検家
マツ
探検家
一緒に住むと、2人の同じところよりも、違うところがたくさん見つかる。例えば炒り卵をつくるとき、有馬君はフライパンに卵を直接割入れて、菜箸でかきまぜる。それだと、黄身と白身がきれいにまざらないでしょう、とわたしが指摘すると、混ざりすぎない方がおいしいじゃん、とやんわり反論された。
「でもわたしはよく混ざった炒り卵のほうが好き」
「じゃあ2人分作るときはフライパンでよく混ぜるようにするよ」
「それだとテフロンが剥がれる」
「金属じゃなくて木の菜箸使うから大丈夫」
どうにもかみ合わないのだった。
「先にボウルで卵を混ぜれば簡単じゃん」
ようやくわたしはわたしが言いたかったことを言う。少しイライラしながら。(わたしもわたしで、最初から単刀直入にボウル!と言えばよさそうなものだが、なぜか人間の自然の会話ではそうはならない。いつだって言いたいことというのは、違うことを言ってしまったあと、後悔ととともに遅れて発見されるものではないだろうか)
「でもボウル使うと卵がもったいないでしょ」
意味がわからない。
さらなる説明を求めたところ、有馬君がボウルを使わない理由は、混ぜた卵液を100%フライパンに入れてしまうことができないからだ、ということだった。
「溶いた卵をね、注ぐでしょ。でもしばらくすると、ボウルの内側の卵液の残りがゆっくり降りて、底に溜まるんだよ。それをまたフライパンに入れても、やっぱり全部は注ぎきれなくて、内側に薄く残る。それがまた底に溜まるから、また注ぐ。量は少しづつ減っていくけれど、それでも絶対に卵が残る。それがもったいなくて嫌なんだよ」
そんなこと、わたしは考えたこともなかった。
「時間がたつと、ボウルの内側や底に残った卵液の膜が固まるでしょ。それ見ると、ますますもったいなくて、卵に申し訳ない気持ちになるんだ」
わたしはもうイライラした気持ちなんてすっかり消えている。代わりに有馬君への愛しさがこみ上げる。
「いいよいいよ、これからもフライパンひとつで炒り卵作っちゃってよ」
ニコニコしながら言う。
「そう?ほんと?いいの?」
まだ疑っているような有馬君の言い草がますます愛おしい。
「この際だからさ、言いたいことあったら全部言ってよね。ホントは醤油味より塩味のほうが好きだった、とかさ。そういう小さな違いをさ、我慢してるとさ、ほら、よく取り返しのつかないことになるでしょ、ドラマとかだと」
そうだ。これからどんどん2人の小さな違いが発見されていくのだ。好奇心旺盛な、見えない探検家によって。そして得意げに「ほら」とわたしたち2人に、その成果を突き付ける。それらが、今日みたいに愛おしさをもたらすものばかりだとは限らない。あ、これは見せない方がいいな、なんて気配りを、探検家は持ちあわせていない。そいつは目がよくて、鼻が利いて、すばしっこくて、無邪気で、そしてとても残酷なやつなのだ。
探検家 マツ @matsurara
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