121話 魔王会議



「幼馴染が何よ」


「ブラック社長が何?」


 龍咲きを背景にバチバチと火花を散らすきるるんとさい

 しかし俺がどちらを優先するかは、当然決まっている。


「ささっ、お嬢様————こちら【月見もちもち】でございます」


 幼馴染としての義理は果たした!

 ならば俺は俺の雇い主である紅に、立身出世のために媚びを売る——

 ほんの心尽くしを贈ろうと思う。


「ささっ、なにはともあれお納めください。そして、こちら熊神さんや【鹿角の麗人エルフィン】さん、【熊耳の娘ベアルック】の皆様がた、【エルフ姫みどり】さんに、【聖剣】さんなどとも和気あいあいとこの時を楽しみましょう」


「ま、まあ……白マントメェ~ンがそこまで言うならいいわ」


 ここでまがりなりにも神聖視されているさいと下手に張り合い、場を乱すのは得策でないとすぐに切り替えるきるるん。さすが社長っす!


「ふ、ふん! 私だって白マントマンに免じて、今は楽しくお月見するし」


「白マント様……すっごいでーす……熊神様も大物VTuberも手玉でコロコロで~っす!」


「白マントのやつ……とんでもない実力者なのに、この場を収めるために下手したでに出ただと? 俺との酌み交わしの時間をっ、そこまで大切に思ってくれてるのかああああ!? お前って奴わあよぉう、大切な者のためにプライドなんて捨てられるたあ、でけえ、でけえよ! それに比べて俺なんかちんけなプライドにしがみついて……! 炎上して攻めてくる奴ら全員を目の敵にしてっ暴走してっ、自分を見失って、うおおおおお白マントぉぉぉお!」


「白マント様はわらわに好きなことをしてよいと仰りまーっした! もう【熊耳の娘ベアルック】を虐げる配信なんてやめまーっす!」


「くまっくま! 熊神様が導いてくれるくまっ!」

「くまくまみんなで大移動くま!」


 騒がしくも微笑ましい月見酒の再演となる。

 そんな中、聞き捨てならない台詞にさいは大慌てになってしまった。


「えっ、ちょっとまさか私の住んでる場所に来るって話じゃないよね?」


「ソノトォーリッですっ! くまっこたちは熊神様のもとに集うでーっす!」

「絶対行くくまっ!」

「熊神様と一連托生っくま!」


「ですがそうなるとわらわは今後、どんな配信スタイルで活動してゆけばいいでーっすか?」

「ちょっ、話を勝手に進めないで!?」


「白マント様? わらわはどうすればいいでっすか?」


 エルフ姫みどりはさいをしれっとスルーして、なぜか俺に近寄ってくる。

 いきなり活動方針を問われても、下手にアドバイスできる立場ではないし……しかし、こんなにもヒーローに憧れるような熱い眼差しを向けてくるエルフ姫の問いを無碍にもできない。




「…………知る、なんてどうだろうか?」



 それっぽくヒーローマンっぽい台詞で返してみる。



「知るでーっすか!? あっ、でしたらわらわは白マント様をもっと知りたいでーっす!」


「あら、興味深いお話をしているわね」


「ちょっと、そんなことよりうちの子たちがうちに来るって、どうしようううう」


「くおおおあああ! 白マントは俺と一緒に何かしろよおお冒険でも戦いでも何でもいいからよおおお」


「くまくまくまー!」



 うん、平和だ。

 色々な思惑が錯綜して、様々な感情が入り乱れて、とても騒がしくて平和なお月見だ。

 いつの間にか【鹿角の麗人エルフィン】たちは楽器を手に取り、鈴虫の音色に合わせて『解放された~♪』とか愉快な音楽を奏で始めているし。

 ピタコスも相変わらず蒸れてるし。

 非常に色々と引っ掛かるお月見だなあ。


「みんな落ち着くのよ。わかったわ! みんなのお話を、この【手首きるる】が全て斬りさばいてあげるわよ!」


 そんな混沌カオスもきるるんにかかれば一刀両断なのかもしれない。

 きるるんが浮かべた妖艶な笑みは、さながら魔王会議を始めるかのような禍々しさを纏っていた。






 全ての生き物が静止している神殿がぽつりと在った。

 いや、かつて神殿だった・・・そこは荒れ果てていた。

 救いを求めた信徒も、怪物を倒さんとした勇猛な戦士も、今は物言わぬ石像となり空虚なオブジェとしての役割を全うするのみ。


 その領域の主の心中を具現化したかのような虚無がはびこっている。

 石像たちは中央に近づくほど数を増やし、真に中央にたどり着けばパタリと消失する。

 それは、六本の石柱が円形に佇む何もない空間だった。


「刺激、刺激が足りないわねえ……」


 圧倒的なオーラを放つ女性が呟く。

 一本一本が意志を持つ彼女の髪は、獲物を常に探すように動き回っている。

 この領域の主、魔王【石眼の姫メデューサ】である。


「そうかの? 少なくとも我は興が乗っておる。我が分身によって巻き起こしたダンジョン、【戦国屋敷】はなかなかに愉快であったがな。人間共が惑い逃げる様は極上のつまみにも勝った」


 そんな彼女のぼやきに答えるのは、これまた美形すぎる男性だ。

 彼こそが『鈴木さんちのダンジョン』を崩壊させた張本人であり、多くの民間人犠牲者を出した災厄。

 魔王【天下人ノブナガ】である。


「あなたはいいわよ。あたしなんて勇者を堕として、これから石像を蔓延はびこらせて恐怖を打ち立てようって時に……意味のわからない白マントに邪魔されて一度きりよ?」


石眼の姫メデューサ】は【聖剣】の心へ言葉たくみに病みと闇を滑り込ませ、人間たちを恐怖の底に落そうと目論んでいた。

 しかし正体不明の変態ヒーローに自分の手ごまがコロっと改心させられたのを見て、非情に苛立っているようだ。

 対する【天下人ノブナガ】は『ふむ』と優雅に何かを思案するのみ。



「ハッ、俺様からしたらどちらもしょーもないな!」


 そんな対照的な二人に口を挟むのは、獅子の顔を持つ屈強な大男。

 魔王【金獅子レオニダス】である。


「いいか、人間ってのは殺したり困らせたりして楽しむもんじゃねえ! ともに推しを愛で、ともに切磋琢磨した方が何千倍もおもしれえってもんだ!」


 誰もが思う。

 この場で一番そんな台詞が似合わない風貌の大男が、心の底からそんな風に言うのだから『こいつは気でも狂ったのか?』と。


「お前らの知らねえ高みってやつがあるんだよ。くだらねえ、人間を殺すなんて非生産的だぜ……」


 百獣の魔物を従え、その頂点に座す魔王【金獅子レオニダス】。

 彼は万感の思いを込めながら、厳かに語り始めた。



「いいか……人間には『推し』って概念があって、この魔法の言葉だけでいつもよりパフォーマンスが1,3倍に跳ね上がるんだよ。信仰MPを一切使わず、そしてトレンドをリサーチして、ブラッシュアップを欠かさず、マネタイズにもフルコミットなんだよ!」


「…………」


「……」


 金獅子レオニダスの尋常じゃない様子に、二人の魔王は若干及び腰になる。


「とにかくな……俺は強い人間と、生物と戦いてえ! だがな、人間を殺しまくってたら強い奴も育たないし、戦えない! 美味い飯も食いえてし、お前らなんざ足元にも及ばないッッ高みにおわす兄貴とッ、そして推したちがいるんだよ!」


 息も猛々しく、超早口でまくしたてる【金獅子レオニダス】を見て、いよいよ二人の魔王は『こいつは気がふれた。もはや使い物にならない』とその眼で語る。


「だから俺は! こんなくだらない魔王会議に、貴重な時間を浪費できねえ! タイムイズ推しマネー! 今週はあと五本も編集しなくちゃならねえ動画もあるし、ライブの警備担当の振り分けだって兄貴に任されたんだ! 期待に応えるべく絶対にヘマはできん! 何よりウタの歌声を楽しみにしてるリスナーのために! 最高で安全なライブを実現させないとなあ! そゆコトでッ、あばよ!」


 会議は始まったばかりだというのに、【金獅子レオニダス】はそそくさと退席していった。


「……う、む」


「……なんなのよあいつ」


「致し方ない。やつもまた、魔王として自分が追求すべき新たな快楽に目覚めたのやもしれぬな」


「にしてもねえ……まあ、自分の獲物を美味しく調理するようなものかしら?」


「獣の王らしい快楽よな」


 それぞれの魔の頂点にいる者らしくない、まるで見当違いな思惑を口にする魔王二人。しかしここから始まった会話の内容は、魔王にふさわしく不穏なものだった。



「そういえば自我を失った【彷徨う自然神ダイダラボッチ】が一匹いるじゃない?」


彷徨さまよう自然神……ああ、群馬県に出現した……名は確か、そう。人間どもは【雲の巨人クラウドマン】と呼んでいたか」


「そう、それよ。あれをもっと増やして、使役したら阿鼻叫喚じゃないかしら?」


「ふむ……それはそれは、げに愉快よなあ」


 残された魔王二人は、深い笑みをこぼしたのだった。

 



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