116話 救世主


 非常にまずい、と【エルフ姫みどり】は焦燥感に駆られていた。

 というのもこちらの想定以上に【聖剣】は無敵だったのだ。


:聖剣ってマジで強いのな

:魔剣と聖剣の二刀流はさすがにかっこよすぎん?

:色々あって一皮むけちまったみたいだなww

:エルフたちや姫殿下もよくやってるけど、これやばくね?

:くまっこたちの猛攻も振り切ったぞ!?

:うわっ! 姫殿下ピンチやん!


 ここで配信を切ってしまったら、それこそ自分たちの負けを認めるようなもの。

 こんな前例を作ってしまったら【熊耳の娘ベアルック】を力づくで隷属させようとする輩が後を絶たなくなる。

 ここで【聖剣】ほどの実力者をねじ伏せられれば、今後よからぬ企みを抱く者への抑止力になると踏んで、戦いを挑んだのが仇となってしまった。



「観念しろ、エルフ姫。そして俺の性奴隷になるがいい……!」


「いやでっす!」


 言葉では否定できても、行動と結果は否定できないと予感する。

 何せ、数多くの【熊耳の娘ベアルック】たちが【聖剣】によって無力化されたのが何よりの証となっている。


 実は基本的に【鹿角の麗人エルフィン】よりも、戦闘能力は高いのが【熊耳の娘ベアルック】だ。

 だから【熊耳の娘ベアルック】が本気で抵抗して、屈服させられるのはエルフ姫ぐらいの実力者しかいない。


 そんな自分たちをしっかり屈服できる彼女だからこそ、Mっ子の【熊耳の娘ベアルック】たちは群がっていたのだ。

 しかしそんな事情も今日の配信で全てがくつがえってしまった。


 原因はもちろん【聖剣】、ではなく————




「白マントマン! 参上!」


 突如として【聖剣】と【エルフ姫みどり】を隔てるように登場した謎の変態仮面によって。

 そこから誰もが予想できない事態が巻き起こってしまう。

 まずピタピタコスチュームの白い男は、猛威を振るっていた【聖剣】を見事に止めてしまったのだ。



「とうっ! 白きは悪を砕くっ!」


 ポキリと【聖剣】が持つ二本の業物わざものを指だけでへし折ってしまった。


「あああああああああ!? 俺の聖剣と魔剣がああああ!?」



:え、ま?

:あの変態白マントなんなん?

:いやいやいやいやwwwwwww

:あんな簡単に聖剣って折れるもんなん!?

:石化効果のある魔剣なんて未発見の超レアものじゃね!?

:【悲報】ヘンタイ白マント、国宝級の剣をポキってしまう

:まじでさあwwwwwなんなんwwww



「とうっ! 白に輝く一つ星とは私のことだ!」


 妙な掛け声と同時に腹パンをくらった【聖剣】は、流星のごとく吹き飛ばされてゆく。


「とうっ! 漂白漂白! 汚いものは洗い流す!」


 そして彼は腕や足が石化して動けずにいたエルフや【熊耳の娘ベアルック】に、謎のきゅうりっぽい何かを口に放り込んでいく。

 その速度たるや神速級で、彼の残像がそこかしこに出現し、まるで分身しているかのようだった。


:変態だらけの画角どうにかしてくれwwww

:何食べさせてるんだよww

:絶対に口にしたらヤバイやつやんw

:あれ、なんか石化してたエルフたちが普通に動けてね!?

:くまっこたちも復活してるぞ!?



「とうとうとうとうとうっ! 平等に頭を真っ白に染めーる!」


 そして大ダメージを被った【聖剣】に、今がチャンスだと攻撃をしかけたエルフや【熊耳の娘ベアルック】だが、白マントがチョップをお見舞いして意識を次々と刈り取っていく。



「ん~、最強最高♪ 白マントメェ~ン♪」

 

 ついきょうが乗ってしまった。

 つい昔の憧れになりきってしまった。

 視聴者はみな、そんな哀れさがにじみ出る男に爆笑だ。


 しかし、現場にいた人々が抱いた感情はまるで違った。



「かはっ……まだだ、まだ俺には魔剣がある……!」


 自分よりも圧倒的な強者に立ち向かう、そんな恐怖に打ち勝った【聖剣】はさらに二本の魔剣を出現させた。


「【衰退の魔剣パワーレス・ソード】! 【束縛の魔剣バインド・ソード】ォォォォアアアアアアアア!?」


 これもまた速攻でポキポキと、親指と人差し指で挟みへし折る白マント。


「筋力弱体化も無効だと!? じゃあ鈍速化だああああ効いてないいいい!?」


「とうっ、ホワイトジャスティスパンチ!」


「ごはあああああああああああああああああ!?」



【聖剣】が吹き飛ばされたのは、呆然と腰を抜かし地べたに座り込んでいた【エルフ姫みどり】のすぐそばだった。

 もちろんエルフ姫は【聖剣】を仕留めようとする素振りは見せない。

 何せ先ほど、そういった動きに出た人々は容赦なく白マントに沈黙させられたからだ。



「私は気になっていたのですよ、聖剣さん」


 ぐったりと倒れ伏す【聖剣】に、白マントは神速で駆け寄って語り掛ける。


「何を、だ……!?」


「エルフ陣営は間違いなく、容赦なく、聖剣さんを殺しにきています。しかし、貴方あなたは————」


 白マントは今もなお配信しているであろうエルフ姫を一瞥する。


貴方あなたは全員にとどめを刺してない」



 そして白マントは何を血迷ったのか、自らが殴り飛ばした相手に救済の手を差し伸べるよう【聖剣】の頭をぽんぽんし出す。


「これだけの実力があるならまっとうに稼ぎましょうよ。やり直しましょうよ」


「クッ……それは……でも……」


 頭ぽんぽんはさすがに【聖剣】のプライドを刺激したのか、彼はどうにかその場で立ち上がって見せる。


「性奴隷もそれは確かに男のロマンかもしれないですけど、後々を考えると大変でしょう?」


「あ、あぁ…………あの、頭をなでるのは、ちょっと、やめてくれ……」


「本気の殺気をぶつけられてなお、相手を殺さないって。もちろん性奴隷にしたいから生かしておきたいって打算もあったのかもしれませんが……」


 白マントは未だに【聖剣】の頭をなで続けながら、エルフ姫の方にも再び目を向けた。


「あなたの行動には、あなたの本心が透けて見えている」


「何が、言いたい?」


「極限の殺し合いの最中で、加減できる人物はそうそういない。でもあなたはそれをした」


「つまり、なんだ……?」


「あなたが目指した冒険者のり方ってやつですよ」


「……!」


「あなたが【聖剣】を名乗り、背負った覚悟は、嘘偽りだったのですか?」


「それは……」


 勇者のように誰かを導ける存在になりたかった。

 自分の雄姿を見せることで、誰かを励ませる冒険者になりたかった。

 剣一本で誰かを救えるようになりたかった。


 でも今は、誰かを傷つけることしかできていない。



「あなたが心から望んだ冒険者の姿に、今の貴方はなれていますか?」


「くっ……俺はッ……俺わああぁぁぁ……」


 なんてことをしてしまったんだと、それは裏切った奥さんに対する贖罪なのか、不倫相手への無責任な行いに対する謝罪なのか、はたまたエルフ姫や【熊耳の娘ベアルック】を欲望のままに支配しようとした後悔からくる言葉なのか、定かではない。


 しかし膝から崩れ落ちてむせび泣く彼の無残な姿が、もうこれ以上バカなことはしないと語っていた。



「誰もがなりたい自分と、現実とのギャップで苦しんでいます。それはきっと、貴女あなたも例外じゃないでしょう。姫殿下」


 不意に話を振られるエルフ姫だったが、白マントが何のことを言ってるのかは理解していた。

 この御方おかたはみなまで語らずとも、自分のこれまで歩んできた苦悩を把握しておられると。



「それでも、この現実を変えられるのは、自分だけなのです」



 まるで白マント自身に言い聞かせるように、しかし全員に語り掛けるような、静かな宣誓だった。

 この言葉に、エルフ姫はきっと彼も何かを変えたくて奔走していたのだと気付く。


 恥ずかしい白ピタコスチュームをまとってまで成し遂げたいことが何だったのか、エルフ姫にその崇高すぎる思惑は覗けない。

 しかし白マントが一体何者なのか、エルフ姫の中でその正体が確信へと至る。



 月光を背後に、彼の白いマントがたなびいた。

 姿はただの変態……けれども彼の背には後光が差しているようで————


 もはやエルフ姫の目には『白マントマン』が神々しく映っていた。

 そうそれはまるで救世主のような、神の御使みつかいのような、それほどまでの感銘を受けたのだった。




:いやいや……いい事を言ってる風なのはわかるんだけどさw

:まずその恰好はどうにかならないのか?

:どうしてそんなピッチピチのモッコリなんだよ!?

:まったく言葉が頭に入ってこないww

:変態白マントに諭される聖剣wwwww

:まじでおもろすぎるんだけどww


:ちょっ、【聖剣】さん!? そこで崩れ落ちるとお顔がちょうど白マントのもっこりポジションに!

:距離距離wwww

:白マントと聖剣! 奇跡のコラボレーション!

:モッコリ聖剣伝説(完)






◇◇◇◇

あとがき


いよいよ明日の9月5日に、もふテロ第一巻が発売します!

全国の大きな書店さん、Amazon、楽天、

kindleなどの電子書籍でも発売します。


突き抜けるような青空と可愛いきるるん!

ちっちゃなもふもふと爽やかナナシが目印です!


どうか皆様、よろしくお願いいたします!

◇◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る