111話 蜜月の関係


 腹ごしらえも済ませたし、いよいよ【天空庭園ドラゴンズフルーレ】に出発だ。

 ドラゴン牧場での放課後メシを堪能した俺とさいは、ぎんにゅうの見送りを経て、夕日が沈み始めた大空へと羽ばたく。

 もちろん、俺たちを空の旅へと誘うのは龍の血が流れているセイだ。


「クルゥゥゥオオオオン!」


 俺とさいを乗せたセイは、上機嫌な咆哮を夕闇に響かせる。

 セイは他の幼竜と比べて首が長く、身体の線も細い。

 一見すると竜の下位種、翼竜種ワイバーンに見えなくもない。しかし、古来より日本全土に守護結界を築いたと伝承が残る龍の血を確かに受け継いでいる。


 その証拠にセイの体皮は、翼竜種ワイバーンにはない龍鱗りゅうりんが腹部から尻尾にかけてびっしりと生えている。

 どれも透き通った青色で、もっと成長した際は一枚か二枚はもらってみたい。


 そして龍最大の特徴は、翼で浮力を得ているわけではない点だ。

 セイは他の竜と同じく翼をはためかせて風を生み、そして龍本来が持つ星の力……つまり重力を操って飛行している。

 そのため、幼竜の中では群を抜いて飛行能力が高い。



「わああ……竜の背中に乗って空を飛ぶって聞いた時は不安だったけど、こんなに静かなんだ……」


「セイは、龍の特性を受け継いでるっぽいからな」


 さいは視界いっぱいに広がる青とオレンジ、そして闇が混じった絶景を嬉しそうに眺めている。

 黄昏時マジックアワーを龍の背に乗って堪能するのは、なかなかできない経験だろう。

 その貴重さを噛みしめているのか、さいは物凄く嬉しそうにニヘーっと微笑んでいた。


 そんな空の旅も1時間を過ぎれば、すっかり上空は夜闇にいろどられ、星々が瞬く。



「ねえ、ナナ……もしかしてあれが……」


「そうだな。セイも【天空庭園ドラゴンズフルーレ】だって言ってる」


「すごい、大きい……まるで空に浮かぶ道、山脈・・みたい……」


「巨大な龍が何匹も重なって、中央は空中回廊みたいになってるな」


 天空に浮かぶは龍の道。

星座を紡ぐ龍ドラゴンズ・ブリッジ】……星と星を繋ぐほどの長大な龍が、ゆっくりと静かに天空を浮遊している景色は圧巻だった。


 遠目からでも龍の上には木々や植物が生い茂り、文明の灯もチラホラと輝いている。

 龍の上に居を構えるのはもちろん【鹿角の麗人エルフィン】たちだろう。

 彼ら彼女らの鹿角は、長大すぎる【星座を紡ぐ龍ドラゴンズ・ブリッジ】の頭部に生えた角と酷似している。


 どうやら【鹿角の麗人エルフィン】は【星座を紡ぐ龍ドラゴンズ・ブリッジ】を信仰対象とし神と崇めているようだ。

 そして龍に住まう者たちだからこそ、龍の上に咲く生態系を守護する種族らしい。


「ねえ、ちょっと壮大すぎない……? 今からおれたちって、ほんとにあそこに行くんだよね?」


「ああ。ゲーム時代もワクワクしたけど、今はそれ以上だろ?」


「うん……ナナと来れてよかった」


 空中に浮かぶ動く山脈を目の当たりにして、さいはひどく感動したようだ。

 それは俺も同じで、【鹿角の麗人エルフィン】が【星座を紡ぐ龍ドラゴンズ・ブリッジ】に畏敬の念を抱いてしまうのは無理もないと思っていた。


 俺たちはセイと共に、村明かりが見える近場にうまく着地する。

鹿角の麗人エルフィン】たちの住処は、【世界樹の試験管リュンクス】に少しだけ似ていて、木々をくり抜いてそのまま住居にしているスタイルだ。

 いわばツリーハウスってやつだ。


熊耳の娘ベアルック】たちの奴隷問題がなければ、異世界情緒あふれるこの景色を純粋に楽しめたことだろう。


「何者だ?」

「地球の、冒険者か?」


 セイから降りると、まるでタイミングをうかがっていたかのように二人のエルフが弓を構えながら木々の隙間から姿を現した。

 どうやら、しっかりとした監視網が張り巡らされているようだ。


「はい。冒険者証もこの通りございます」


 俺とさいが【鹿角の麗人エルフィン】に冒険者証を見せると、にわかに信じられないといった態度でセイと俺たちを交互に見つめてくる。


「龍神様の眷属に乗ってきたから、どんな凄腕かと思えば……最低ランクの冒険者だと?」

「なぜ我らが【龍が咲く庭園】に?」


「観光みたいなものです。少しの間、滞在してもよろしいでしょうか?」


「っち……低レベル冒険者の物見遊山か……」

「面倒な……まあいい、龍神様の眷属に免じて許可しよう」


 とても歓迎的なムードではないけれど、エルフたちは村への立ち入りを許可してくれるようだった。

 一人はやけに急ぎ足で、俺たちを置き去りにして村へと先行した。そしてもう一人は、やけにゆっくりした足取りで村まで案内してくれる。


「なんだかおれたちをすごく警戒してない?」

「でもまあセイのおかげで入れたから万々歳かな?」


 そのままエルフに案内されたのは冒険者用の宿屋だった。

 ちなみにセイは、宿屋の裏にある龍舎へと丁重に案内されていった。さすがは龍を信奉するだけあって、セイが不機嫌になるような素振りを一切見せなかった。


「いいか。くれぐれも夜間は出歩くなよ。あと……」


 案内してくれたエルフは説明を途中で区切ってしまう。

 その原因は、彼の横に耳打ちをした別のエルフの存在だ。


「ごにょごにょごにょ……」

「っち。やはり面倒だな……だが、龍神様の眷属のお連れだ……くそっ」

「ごにょごにょ……」

「それしか、ないか……」


 ひどく深刻そうな表情を浮かべるエルフ二人。

 

「冒険者よ。本来であれば君らの身体を縛り上げてでも、君らの行動を制限するのが我ら【鹿角の麗人エルフィン】の務めだ」


「それはまた穏やかではないですね」


「冒険者ならば知っているだろう? 我々【鹿角の麗人エルフィン】は外部の者を歓迎はしない。一部の信が置ける者は別だがな」


「ですが【天空庭園ドラゴンズフルーレ】を黄金領域として復活できたのもまた、外部の……地球の冒険者の協力あってですよね?」


「ああ。だから急な来訪者である君たちにも、こちらは寛容な対応をしている。言いたいことはわかるな?」


 夜間は外に出るなと。

 無闇に俺たちにこの村を散策されたら困る何かがあるのだろう。


「ひとまずはご寛大な処置に感謝いたします。今夜は大人しく、この宿で旅の疲れを癒すとします」

「理解したなら何よりだ」


 こうしてエルフたちが去った後は、宿屋のエルフに今晩の宿泊部屋を用意してもらう。もちろん、俺もさいも別々の部屋だ。


「【鹿角の麗人エルフィン】って思っていたよりも排他的?」

「んん……それ以外にも何かありそうだけどな」


 俺と彩は【鹿角の麗人エルフィン】に抱いたそれぞれの印象を共有して、今晩はひとまず静かに過ごす方針にした。

 それから2階の宿泊部屋に引きこもるのではなく、せっかくだからと【鹿角の麗人エルフィン】料理も味わってみようって話になり、1階のカウンター兼食堂で注文をしてみる。


「はい、おまたせしました。『月見草つきみそうと星キノコ炒め』、『夜の実のいぶ葉包はづつみ』ですよ」


 ちょっと具合の悪そうな金髪のエルフが持ってきたのは、どれも山の幸を調理したものだった。

 肉類は一切なく、とてもヘルシーなラインナップとなっている。


「さすがはエルフか……山菜一つにしてもこだわった味付けをしている」

「んー……ちょっとおれは物足りないかも」


『月見草と星キノコ炒め』は、せんべいみたいな食感の丸い葉っぱと、星型のキノコを炒めたものだ。

 口に入れた瞬間から不思議な香りが鼻を突き抜け、味は醤油ベースに近くほんの少しだけ甘かった。


『夜の実のいぶ葉包はづつみ』は、炭火の良い香りに包まれた餅に近い何かだった。しかし餅と言っても揚げ物みたいで、外はカリカリサクサクと中はもっちりしている。

 漆黒の実というのはあまり食欲が沸きづらい。見た目の不利をカバーするために、葉包みといった調理法になったのだろうか?


 そんな風に【鹿角の麗人エルフィン】料理を分析していると、他の客も食堂に入ってきた。


「はぁぁぁぁ……もう勘弁してくれえええ……気が狂いそうだああ」


 これまたのっぴきならない台詞を吐きながらテーブルに突っ伏したのは、緑髪の男性エルフだった。


「わかる。昼だけって盟約だったのに、夜もとか……いつまで続ければいいのよ、こんな地獄をさあ……」


 そして相棒と思しき緑髪の女性エルフが、これまた死んだ表情で大きなため息を吐き出した。


 そんな悲壮感が漂うエルフ二人に、これまた物凄くつやつやな笑顔を浮かべる熊耳少女が二人付き添っている。


「もっといじめるくま! 練習するくま! 盟友のためにそれぐらいお安いくまね?」

「約束したくま! ムチ打つ加減が弱すぎるくまっ! うちらはもっと痛い方がきもちっ……痛い方が神様にうちら・・・・・・の願いが届く・・・・・・くまっ!」


 なんとそこには、さい念願の【熊耳の娘ベアルック】たちがいた。しかもだいぶ元気で幸せそうにエルフたちの談笑に混じっている。

 というか妙な発言をしてないか?


「ほら! 今すぐ『いやしいメスぐまめ!』ってののしって、料理をうちの頭にぶちまけるくま!」

「あっ、ずるい! だったらうちはフォークでうちの手を突き刺すくま!」


「「いじめるくまくま!」」


「ふああああああああああああ! もう嫌だあああああ! どうして私たち【鹿角の麗人エルフィン】が、幼馴染同然に育った友をしいたげなければいけないんだあああああああ!」


 男性エルフの方は発狂したかのように奇声を上げて、宿屋を飛び出していってしまう。

 片や女性エルフの方は虚ろな目でぶつぶつ呟いている。


「もう無理……罪悪感で押し潰れそう……」


 俺とさいは、その混沌極まりない光景に激しく混乱していた。

 そして呆然と彼女らを見守っていると、唐突に宿屋のドアが激しく開かれる。


「おい! 新顔の冒険者がこの村に一泊するらしいぞ!」


 息も切れ切れに入ってきたのは、また別のエルフだった。

 そんな彼もこれまた悲壮感ただよう顔で、搾りだすように女性エルフに告げる。


警邏けいら隊のお達しだ……! 全ての【鹿角の麗人エルフィン】はッ……【熊耳の娘ベアルック】の奴隷化ごっこに、今夜は必ず付き合えと……!」


「もうこんなやらせ・・・、嫌よ……」


「仕方ないだろ……これも全て我らが盟友、【熊耳の娘ベアルック】の悲願を叶えるためだっ」


「「そうだくま! いじめるくま!」」


 え、【熊耳の娘ベアルック】の奴隷化がやらせだって?

 そんな俺の思考を、見事にさいが口出してしまう。



「……やらせ?」



 そしてようやくさいや俺の存在に気付くエルフたち。

 よほどエルフたちは心労を抱え、余裕がなくなっていたのだろう。

 なにせ、先ほどから背後で宿屋のエルフが口をパクパクしながら困った顔を浮かべているのにも気づけていないのだ。


「やらせ?」


「あっ……えー……え?」


 そして再びさいが問いかけると、エルフはしどろもろどになってしまう。


「えっと、あなたがたは?」


「おれたちは今夜ここにきたばかりの冒険者だ」


 するとエルフたちは全てを悟ったのか白目をむいた。

 それでも近くにいた【熊耳の娘ベアルック】たちに肩を叩かれ、どうにか意識を取り戻す。


「これ以上、冒険者にやらせだってバレるのはまずい……!」

「ここは穏便にどうか————」


 そう言ってエルフたちは、まさかの金貨を握らせてきた。


「た、頼む。我々【鹿角の麗人エルフィン】と【熊耳の娘ベアルック】が蜜月みつげつの仲だというのは内密に、どうか内密にいいいい!」


 要はむちゃくちゃ仲良しだってことを秘密にしたいらしい。

 一体どういうことだ?



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