109話 姫殿下の配信


『ハァーイ、みなさん! コンニチハ! 【鹿角の麗人エルフィン】こと、エルフ姫みどりでーっすよ!』


 さいのスマホ画面に流れたのは、豪奢なエメラルドグリーンの長髪を縦ロールにした可愛らしい配信者だった。

 年齢は俺たちと変わらなそうだけどだいぶ小柄だ。それにちょっとだけ隙のある話し方をしている。


「今日も愚かな熊っこたちにたーっくさん働いてもらいまっす!」


:くまモンゲットだぜー!

:クマモンテイマーは最強だ!

:またクマっこ同士でエロいこと命令してくれえええ姫さまあああ


:エルフ姫殿下は調教もすごいけど、弓の腕前も随一だってこと忘れてないか?

:最近は超射撃見れてないもんなあ

:くまもんに当てるってミニゲームどうよ?

:あんま激しいのやるとチャンネルBANされるんじゃね?


:この間の『くまっこ2人をモンスターハウスに突き落としてみた』って動画、削除されてたもんなw

:モンスターがうじゃうじゃ待ち構えてるダンジョントラップにぶちこむ鬼畜の所業www

:また鬼畜系をやってくれえええ



 配信者もゲスならそれを見て笑っていられるリスナーもヤバかった。

 面白おかしく【熊耳の娘ベアルック】たちの命をもてあそぶ、そんな非道をメインコンテンツにして楽しむだなんてどうかしていると思う。

 


「なあさい。なんでこんなのに10万人もフォロワーがついてるんだ?」


「怖い物見たさ、猟奇的趣味。異世界パンドラエルフってステータス、天使みたいな美少女なのに残虐ギャップ、名人級の弓使い、モンスター討伐はガチ、とか色んな要素があるからね」


「【熊耳の娘ベアルック】の奴隷化も、彼女の魅力のうちの一つってことか……」


「彼女のっていうより、異世界パンドラのって感じ。『俺も奴隷にしてやりたい』とか『異世界だったら奴隷を買い放題だ!』とかそっち系の人間が、エルフ姫を見て擬似的に自分の欲求を発散してるっぽいし」


「うわあ……」


「まあ人間だから誰にでも支配欲とか、そういう汚い感情って芽生える時はあると思うけどさ……」


 なぜか彩はチラリと俺を見て、その後すぐに俯きながら【エルフ姫みどり】の配信を見つめていた。


『今日も我が一族! 【鹿角の麗人エルフィン】たちのために、どんどん熊っこを狩っていきまっす!』


 それからエルフ姫さんは、見事な弓の腕前で【熊耳の娘ベアルック】たちを生け捕りにしてゆく。

 恐るべきは【熊耳の娘ベアルック】たちが、誰一人として致命傷を負わずに無力化されている点だ。狙った場所への命中率が尋常じゃない。


 逃げ惑う【熊耳の娘ベアルック】や、大きな熊の背に乗って反撃に出る【熊耳の娘ベアルック】も、完膚なきまでに射貫かれてゆく。

 そして捕獲された【熊耳の娘ベアルック】や大熊たちは、【鹿角の麗人エルフィン】たちの支配下に入る。

 はたまた【剣闘市オールドナイン】の剣奴として売りさばかれたりもしているらしい。


 見るに堪えない配信だった。



「それで、エルフ姫さんのもとに行くにはどうすればいいんだ?」


「【天空庭園ドラゴンズフルーレ】は、【空に吊るされた鳥籠とりかご】方面の八つ目に解放された黄金領域なんだ」


「っとなると一つ目の、【黄金郷リンネ】から経由するのか……」


 長い旅路になりそうだ。

 くれないにもらった休暇だけでどうにかできるのだろうか?


「おれのLvはまだ5だし、二つ目の黄金領域【うつろな鳥籠城エンデ】まで行くのが精一杯だった」


「んんん……【天空庭園ドラゴンズフルーレ】か……」


「ピッ?」


「ん、ぴよ。どうかしたか?」


 胸ポケットから、神々しくも可愛いらしいもっふりなヒヨコが顔を出してくる。



「ピッピポピピ?」


龍たちが咲く庭園ドラゴンズフルーレ、簡単に行ける?」


「ピッピッピ?」


「あっ、ぎんにゅうに管理を任せてるドラゴン牧場経由で!?」


「ポピッピ!」


「でかしたぞピヨ!」


 どうやらドラゴン牧場にいる竜たちの中に、龍の血筋が入った子がいるらしい。

そして龍の系譜は例外なくテレパスで繋がっていて、互いに交信したりふわっと意思疎通ができるのだとか。

 だから【天空庭園ドラゴンズフルーレ】の場所を正確に把握できるし、なんならドラゴン牧場にいる竜たちの背に乗ってひとっ飛びらしい。


「そうと決まれば、善は急げだ」


「ナナ、待って。そのすーっごくほわほわしてそうな生き物って、動画に出てたひよこちゃん!? 竜ちゃん!?」


「ああ、ピヨっていうんだ。そのピヨが————」


「たたたたたっ尊い、尊い、尊い、えっと、動画で見るより100倍可愛くないですか!? ええ~ちょっとだけ触ったりしてもいい?」


 さいに褒めちぎられたピヨは気分が良くなったのか、ぴよぴよぴよーっと小さな羽をばたつかせて、すごく偉そうに俺の頭の上に鎮座した。

 好きなだけ触ってよいとの合図だ。


「いいらしいぞ」

「ちょっとナナ、少ししゃがんで」


「へいへい」

「ふわああああ……目がクリクリで可愛いなあ……ピヨ様のファンアート描いちゃおっかなあ。ふへっふへへへっ」


 さいはオタクが発動するとニヘって笑う癖がある。

 ひとしきり彩がピヨを堪能したところで、俺は簡単に【天空庭園ドラゴンズフルーレ】に行けるかもしれないと告げる。

 すると彩はさらに上機嫌になった。


「今日いくのか? なあ、今から行くのか? おれとナナの二人で?」


「まあ彩に予定がなければな」


「行く! 行きたい!」


 子供みたいに目を輝かせてまあ……それだけ【熊耳の娘ベアルック】を早く保護したかったみたいだな。


「じゃあまずは【天秤の世界樹】、ドラゴン牧場に向かうぞ」


「おう! ん……今日はいつもの執事服で行かないのか?」


「さすがにプライベートだし、お前に執事として仕えているわけでもないしな」


 そう答えると彩はちょっとだけ残念そうな顔になった。


「なーんだ。素で【男装女子】とか言われてるナナの姿を拝んでおきたかったのに」


「おちょくるなら協力しないぞ?」


「あっ、じゃあ配信の時みたいな髪型にするのは? ちょっと女子っぽく髪の毛を後ろに結ってるじゃん」


「おい、いい加減に————」


「ナナがいけないんだぞ」


 さいは俺の静止を無視して、なぜかその整った顔をむくれさせる。



「おれの知らないところで、ナナはどんどん変わったから」



 なんとなく。

 彩は寂しがっていたのかもしれないと思うと、これ以上の不平を漏らす気にはなれなかった。


「じゃあ今回はその分の埋め合わせだ。行くぞ、冒険に」


「ふへへへっ……えいっえいっおー!」


 さっきまでの不満気な表情はどこへ行ったのやら、彩は元気よく拳を空に突き上げた。

 俺も釣られて、カラッカラに晴れ渡る空へと視線を移す。


 あぁ、さいってほんとコロコロと表情の色が変わるよなあ。

 幼馴染の心はいつも晴れてる、『夏の青空』であってほしいと思った。

 


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