64話 鉱山街グレルディ

「おおー、ここが【鉱山街グレルディ】か」


「つっても鉱物を扱う職人が多いだけって感じの街だな」


「ふっ、この僕ソリッド・ジェノバが案内してあげよう。なにせ僕は【神殿騎士インフェトリ】なのだから、迷える子羊は導いてやるのが強者の務めなのだよ。それにここには、僕の仲間たちがすでに駐在しているから顔も利くさ」


 頼んでもいないのにソリッドさんは親切に俺たちの案内を買って出てくれた。

 同じ馬車に乗り合わせていただけの人間相手に、ここまでできるのは確かに懐が深い人なのかもしれない。



『執事さま……あれ、すごいです』


 ウタが俺のそでをちょこちょこと引っ張る。

 そちらに視線を向ければ……おお、巨人が炉の火をすごい勢いで熱している。

 その巨体が、踏み込み式のふいごを一踏みすれば、炉へと空気が送り込まれ炭などが一瞬で燃焼されてゆく。

 さらに巨大なハンマーで、大きな金具や破城槌はじょうついのような物を鍛えていたりもした。


「巨人と人間が一緒になって武器を作る街ですか……すごい光景ですね」


「ふっ、あれが傭兵団クラン【武打ち人】さ。なにやら巨人と繋がりがあるってだけで、大きな顔をされて困りものだよ。肝心の鍛えた武器ときたら、未だにダンジョンドロップ武器よりも性能に劣る物ばかり」


「巨人つっても、例の【天導の錬金姫エル・アルケミスス】の伝手つてらしいぜ?」


「すごすぎだよな。仲良くしてたら巨人を紹介してもらえるって」


 タロさんってマジで激ヤバな人だったんだなあ……。

 今度会った時は絶対にごますっておこう、うん、【にじらいぶ】のためだ。



「ふっ、くだらんよ。どれ、この僕直々にどんな武器が売っているか見てやろうじゃないか」


 ソリッドさんはこれ見よがしに魔剣をチラつかせながら、鍛冶屋に入ってゆく。

 俺たちもまあせっかくだから覗いてみることに。


「まったく。こんなまがい物ばかり売り出すなんて恥ずかしいと思わないのかい? それと比べて僕の魔剣はどうだ? 見たまえ、この優美な波紋、そして美しさの中に秘められた絶大なる力を」


 ソリッドさんの態度に、鍛冶屋の方々が眉をひそめる。


「おう、にいちゃん。俺たちの作ったもんにケチつけるってか?」

「魔剣、魔剣ですか。【千獄の鍛冶姫】の一振りが如何に優れていようと、使い手が礼節に欠く人物であれば、たかが知れていますね」


「貴様ら、この僕を愚弄する気かね? この僕は、等級ナンバー第二十六位ツヴェート・ゼクト】の【神殿騎士インフェトリ】、ソリッド・ジェノバなのだよ?」


「はっ、【神殿】の野郎か。で、ツヴェーなんちゃらボサノバがどうした? 俺は岩斎鉄男がんさいてつおってもんよ」

「俺は尾見おみ源九郎げんくろうだ。冷やかしならご退店願おう」


 ん……岩斎鉄男がんさいてつお尾見おみ源九郎げんくろう……ガンテツとゲンクロウ……?

 どこかで聞いた名前だ。確か事前にヤミヤミがくれた資料に書かれていたような……あっ、傭兵団クラン【武打ち人】の幹部じゃなかったか?



「鍛冶職人の分際で……僕らに使ってもらう立場の者が、それ以上盾突いたらどうなるかわかってるのかね?」


「お前こそわかってんのか? ここは俺らの、鍛冶師の街だぜ?」

「【神殿】が我々を軽視するのならば、出禁にしますが?」


 もはや一触即発といった雰囲気だ。

 周囲で様子を見ていた鍛冶師たちの徒弟らが、思い思いの武器を持ち出す。そして、ぶっといハンマーを握ってる巨人もいつの間にかソリッドさんを……いや、俺たちを取り囲むように睨んでいた。


「あ、あのーソリッドさんが言い過ぎだと思います。ここはどうか謝罪なさってはいかがでしょうか?」


醜女しこめは黙っていたまえ! お前の出る幕ではない!」


 ソリッドさんは俺の制止を聞かずに、まさかの魔剣を抜き放ちその切っ先を俺に向けてきた。

 ちょっ、あぶないですよ!?



「ぴっぴよ」


 ソリッドさんが。


「あっ……」


 ぴよがポケットからしゅっと飛び出し、小さな羽根でその魔剣を叩いてしまった。瞬間、べチゴリッと耳をつんざくような撃音が響き、ソリッドさんがすごい勢いで壁に激突してしまう。というか、壁が半壊してしまった。



「がっはっ……」


 ソリッドさんは白目をむいて口から泡を吐き、気絶してしまった。

 さらに……彼の足元にはポッキリと中ほどから折れた魔剣が転がっていた。


「うわ……やば……」

「ぴっぴよよ!」


 そしてピヨはすごく誇らしげに俺の頭の上にぽふっと鎮座する。

 あー……ピヨはきゅーと比べてほんの少し子供だからなあ……。勢いでペチコラしちゃったんだろうなあ……。

 ここはしからないといけないのかなあ。

 でもなあ……。


「あっ、あー……そ、その……俺らの代わりにこいつをぶん殴ってくれた点は礼を言うぜ」

「し、しかし……鍛冶工房の壁がこのように破損しては、な……」


 この惨状に呆気に取られていた鍛冶師たちも、やはり冷静になってみるとやり過ぎであると指摘してきた。

 当然だろう。


 ああ、壁の修理費は弁償だろうか。

 社長きるるん、まじですみません。到着早々、問題を起こしてしまいました。

 それと魔剣も弁償か……?


 鍛冶師たちもどう結論付けるか迷っているようで、妙に歯切れが悪い。

 そして馬車を共にした冒険者2人に、助け船を出してくれーと視線を送るも『ひっ』と怯えられてしまった。


「ん、なんの騒ぎかな?」


 そんないたたまれない空気を壊したのは、柔和な声音だ。

 ただの闖入者ならいざ知らず、彼は……彼らはここで一目置かれる常連客だったらしい。


「おいおい……あの人たちって……」

「ま、まじかよ……!?」


 というか一緒にいた冒険者たちが、口をアングリと開けたまま感激していた。

 まるで憧れの冒険者を目にしたかのような————



「おう、キヨシの旦那か。いやー騒ぎっつうほどでもないんだがな……どうしたもんかなってよ」

「仙じぃ殿、鷹部たかべ殿、豪田ごうだ殿もご一緒ですか。本日は武器のメンテナンスで?」


 来店者はまさかの上位パーティー【海渡りの四皇】だった。


「うん、まあ最後の点検をお願いしようかなって。レイドクエスト前だからさ」

「ほうほう、お嬢さん方が騒ぎの中心じゃな?」


 キヨシさんと仙じぃに続き、鷹部たかべさんがすっと俺に接近してきてフードの中を間近で覗き込んできた。


「ん……? おまえ……ナナシロ……?」

「うむ? じゃがナナシロ坊と比べたら線が細いのう……それに胸元のふくらみも、よい塩梅じゃ」

「こっ、こっ、このお方は!? まさか、ナナシロ殿の姉君か妹君であーる! 以前、配信でお見掛けしたのであーる!」


「ちょ、ちょっと……豪田は興奮しすぎ。その、すみません。もしよろしかったらフードをとっていただいても?」


 ここでフードを取らないという選択肢は、余計に俺たちの立場を悪化させてしまう。

 だから俺はキヨシさんに言われた通り、泣く泣くフードを取って顔を露わにする。


「わあ……」

「すげえな。あいつこんな美人なねーちゃん隠してたんか」

「ふぉっふぉっふぉっ、わしゃナナシロ坊と仲良うてのお。どれナナシロ坊の話でもしながらお茶でもせんか?」

「筋・肉・崩・壊! 涙・腺・崩・壊! 全・筋・肉が泣いたのであーる! ナナシちゃんと運命の邂逅であーる!」


 うあーなんて言おう、ほんと。


「ガンテツさん。この子が一体どんな騒ぎを起こしたの?」

「いや、実はな————」


 こうしてガンテツさんが詳細を話し終える頃になると、【海渡りの四皇】は全員が俺の肩を持ってくれた。



「【神殿】の人が悪いね。魔剣を抜いたなら、それ相応の覚悟はしていたでしょ」


「そもそも命のやり取りをおっぱじめたのはこいつの方だしな」


「うむ。全ての責はこやつにあるのう。ナナシロ坊に世話になったのを抜きにしても、壁代の修理費および魔剣に関する補填は【神殿】に請求すべきじゃ」


「全筋肉がナナシちゃんの味方であーる!」


「そんなわけで、この話は全責任を持って【海渡りの四皇】が証人、そして保証人になるよ」


「キヨシの旦那たちがそう言ってくれるなら俺等もやりやすい」

「スムーズに請求が通りそうです。ありがたい。【海渡りの四皇】の知己であるなら【神殿】も、今回の件を悪いようには扱わないでしょう」


 こうして俺はまた【海渡りの四皇】のお世話になってしまった。

 あーこれからほんと何て言えばいいんだろう。

 

 あと一応、俺たちって【神殿】のトップに依頼されてここに来てるんだよなあ……。

 今から顔が合わせづらいです。


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