63話 ドラゴン牧場を求めて


「あー……なんかまたすごい聖杯ができたかも?」


 俺は自室できゅーとぴよの二匹に囲まれながら、目の前に佇む白金プラチナの聖杯を見つめる。


「……【白金領域の聖杯プラチナム・グレイル】か……試しに妖狐族フォクシアからもらった『聖水晶』に、きゅーの黄金魔法とぴよの白炎を混ぜて、『虹色硝子がらすの貴公子』で【創世の手ハンドメイド】してみたら……」


「きゅー?」

「ぴっぴっぴよ?」


「ああ……これ一個あれば間違いなく聖域が作れるな……」


「きゅうん?」

「ぴぴぴぴぴっ! ぴぴぴっぴぴーぴよよ?」


「ん? 聖域で友達と一緒に遊びたい? 友達が欲しい? あー、そうだなあ……確かに他の竜の卵も孵化させたいかもなあ」


宝物殿の守護者アイテムボックス】には未だに時を止めたまま、保管している竜の卵が11個もある。

 しかし孵化させても安全に飼育できる場所が……あるかと言えばそうでもない。

【夢の雪国スノウドリーム】で放牧する選択肢もあるが、あそこは雪羊や雪野菜が主体だしフェンさんの縄張りでもある。

 竜たちが成長してもまさかフェンさんに逆らったりしないだろうけど、気分でフェンさんが竜を喰い殺しそうだからなあ……。



「ドラゴン牧場を求めて、か————」


 ちょうどそういった場所が見つけられるかもしれない仕事は入ってきている。

 先日、くれないから説明があったけれど【紫音しおんウタ】と異世界パンドラストリーマー【神殿】とのコラボが決まっている。

 俺はウタの引率係みたいなポジションで同行する運びとなっているが、主な仕事は【天秤と断罪の森】という新フィールドの踏破だ。


 つまり黄金領域の解放を目指してのコラボ配信って話らしい。

 ついでにドラゴンを放牧できるエリアとかも見つかるのではないのか? ちょうどいい場所があったらそこに【白金領域の聖杯プラチナム・グレイル】を置いて、うん、竜たちを安心安全に放牧しよう。



「きゅきゅ?」

「ぴよ? っぴっぴー!」


 ソファで寝転がる俺のお腹には、きゅーが居心地良さそうにまるまっている。

 そしてピヨは俺の頭の上に満足気にぽふんっと収まっている。


「かわいいこいつらの要望じゃ、女体化ぐらい……お、お安い御用だ……」


 俺は再び覚悟を決めた。





「【天秤と断罪の森】のレイドクエストに参加予定の方は、こちらにお集まりください!」


【先駆都市ミケランジェロ】についた俺と【紫音しおんウタ】は、冒険者ギルドの案内に沿って街道に出ていた。


『まさかこのような形で執事様と二人きりでご一緒できる日が来るなんて……ウタは感激でございます』


「あー……別に二人きりではございませんよ」


『ま、まあ! お聞きになさっていたのですね? 執事様は破廉恥ですわ!』


 いやいや……今回の仕事では、社長……きるるんから常にウタと【人語り】を繋げておけって厳命されてたりするんだよなあ。

 リスクと危機管理ってやつだ。

 とっさの事態に備えてすぐさま連携できるようにと、社長の心遣いでもある。


「緊急の時以外はなるべく【人語り】はいたしません。それよりシキ様・・・、こちらへ」


 周囲には俺たちを含めて幾人もの屈強そうな冒険者が集っている。

 ちなみにウタはフードを目深に被り、スタイルがわかり辛いローブのようなマントに身を包んでいる。有名人として、現地入りするまで変装ってやつだが、身長がかなり低いので子供であるのはどうしても露見してしまう。


 だから現地までは彼女を『シキ様』呼びである。

 そして俺も付き添いであるから、背中から生えた翼を覆い隠すように分厚いマントを身体中に巻き付け、そしてウタと同じくフードを目深にかぶっている。

 怪しげな風貌だが、パッと見は大人と子供のコンビぐらいにしか思われないだろう。


「冒険者のみなさま! 『転移水晶』が【鉱山街グレルディ】を未記録の方は、こちらの馬車にお願いします!」


 転移水晶。

 つい最近、【極彩花殿ごくさいかでんファーヴシア】が開発して売り出した商品の一つだ。

 かの地は黄金領域に返り咲いてから目覚ましい発展を遂げている。

 まずは花街として冒険者に癒しを提供し、一定数のお金を落とさせている。さらに聖杯も集客に繋がっている。そんな賑わいを見せる中、水晶芸も発展してゆき、今では黄金領域を記録するだけで転移ができる優れものを提供していたのだ。


 それこそが『転移水晶』である。

 記録対象は黄金領域と限定的だが、これにより冒険者たちの移動は格段に便利になった。


 そして今回の未踏破領域【天秤と断罪の森】の最寄りは【鉱山街グレルディ】だ。

 俺たちは一度も行ったことがないので、まずは馬車や徒歩でそこまで向かう運びとなっている。



『わくわくいたします。執事様と馬車に揺られての逃避行、そのままハネムーンからのゴールイン……そんな期待と想いをそっと胸に閉じ込めたまま、わたくしたちは未知の世界に飛び込みますの』


 全部だだ漏れですよ。

 なんて指摘したりするとウタは顔を真っ赤にしてしばらく俺を避けてしまうので、敢えて口をつぐんだ。


『ハッ、……い、今のも聞いていらして……? わたくしの執事様?』


 素知らぬフリをする。

 しかしやたらウタが見つめてくるものだから、俺は首を傾げて彼女の耳元にそっと声を落とす。


「何か御用がある際は、私をつつくなりしてください。【人語り】を発動いたします」


『つつくだなんてはしたないですわ……では、その……袖の方を引っ張らせていただきますの』


 ちょこんとちんまい指が俺の袖を遠慮がちに引っ張ってくる。

 控えめに言って可愛いな、おい。


「……承知いたしました」


 さらに幼女ウタすがるような、何かを切望するような視線を向けてくる。

 無防備に俺を見上げるその表情がフードの隙間からちらりと見え、なんとも保護欲をそそられる美幼女っぷりに内心動揺してしまう。


 んんん……。

 これもあれか?

 身体が女体化してる弊害で、母性本能ってやらがくすぐられているのか?


 いやいや落ち着くんだ、俺。

 これは仕事だ。

 

 さあ、目的の馬車に乗りこもう。

 俺とウタがほろ馬車に乗り込むと、既に相乗りしている冒険者たちの視線が一斉に集まる。

 


「妙なのが来たな……」

「怪しい奴とご同伴なんてごめんだぜ」

「面倒事だけは起こさないでくれたまえよ。そしてこの僕の足も引っ張らないでほしい」


 俺たちと相馬車になったのは中年男性と若者、そして……海外の人かな?

 西洋的な顔立ちの青年だが日本語がペラペラだ。


「失礼いたします」


 俺が軽く会釈すると冒険者たちは少しだけ色めきたった。


「女か……いいね」

「フードで顔を隠してるのは醜いからか? それとも大層な美人だから、俺等みたいのを警戒してんのか?」

「どうせ、この僕と比べたら大したことはないだろうさ」


「そっちの坊主ガキ? 嬢ちゃん? は、口がきけねえのか?」


 冒険者たちがウタにも話を振るが、魔法幼女である彼女が口を開けば魔力が乗ってしまう。

 そうなると冒険者たちが警戒したり、身バレする恐れに繋がる。


「…………」

「こちらの子は訳あって今はお話ができません。詮索は控えてくださると幸いです」


「っち。面白くねえな」

「まあ、小一時間は旅の道づれだ。そのうち、化けの皮でも剥いでやるよ」

「本当に面倒事だけは勘弁してくれたまへ。なにせ、この僕はかの有名な【神殿】の一員なのだよ。つまらない事で揉めて、風評被害にでも繋がったりしたら困る。ああ、これが有名税というやつかな?」


 冒険者たちがやや突っかかり気味なのも頷ける。

 彼らとしては一時間だけとはいえ、不測の際は命を預けて共に戦うメンバーになりえるからだ。それならある程度の情報交換や、互いにできることを共有しておく必要がある。



「おっ、あんちゃんは【神殿】の神殿騎士インフェトリなのか? こりゃ頼もしいな」

等級ナンバーはいくつなんだ?」

「ふっ、聞いて驚くなよ? 僕の等級は【第二十六位ツヴェート・ゼクト】、名はソリッド・ジェノバさ」


 この宣言に2人の冒険者は前のめりになった。


「おいおい、あの【神殿】で上位30位内の騎士様かよ。こりゃあマジで頼もしいな」

「ってことはあれか! その腰に差してる魔剣……もしかして魔王ちゃんお手製の……」

「そうさ、この一振りこそが! 一本3000万円の魔剣なのだよ!」


 自慢気にソリッドさんが魔剣などについて語るのも頷ける。

 まず傭兵団クラン【神殿】は超実力主義で、組織的に最先端の領域を踏破することで有名だ。いわゆる『攻略』に特化した傭兵団クランなのだ。

 その人数も300人以上の大御所で、活躍に応じて変動する階級制も導入しているらしい。

 そして中でも実力トップ50以内の冒険者には、【神殿騎士インフェトリ】の称号が与えられるそうだ。


 さらに彼が持つ魔剣は……【審美眼】で見る限り、かなり性能がいい。



——————————————————————

【魔剣:次元裂きディメンション】★★★

【装備必要ステータス:力6 色力いりょく6】


【基本性能:力+6】

【★……ステータス力+1】

【★★……ステータス信仰MP+1】

【★★★……信仰MPを1消費して、特殊技能パッシブ『次元斬り』を行使できる】

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 あの剣一本で、実質8レベル分のステータス上昇&特殊技術パッシブの習得ってわけだ。この性能なら俺も一つか二つ買ってみようかな。

 いや、その前に推したち全員に支給した方がいいか?

 貯金はすでに3億円を近くなってるし、無理な話ではない。


 それにしても、さすがは【千獄の鍛冶姫】が鍛えた魔剣なだけはある。

 千の地獄を支配下に置くと囁かれ、その悪魔的な魔力を武器に宿す姫君。

 彼女は先日、【神殿】とコラボした際に等級ナンバー30以内の冒険者に無償で一本ずつ魔剣をプレゼントしたらしい。


 きるるん曰く、彼女の鍛える武器は前々から話題になっていたし、『無言配信』ですらも人気を博しているらしい。ヤミヤミが【神殿】の情報を共有してくれた時に、『巨乳は得する』とかボヤいてたな……。



「3000万円もの魔剣。君たちじゃ一生、買えはしないだろう? ゆっくり見るがいいさ」

「ま、まあ、なかなか3000万の武器を買うっていうのはきついな」

「で、そっちの姉ちゃんとガキは何ができるんだ?」


 おっと、ソリッドさんの自慢話に飽きたのか話の矛先が俺たちに向けられてしまった。


「私はテイマーです。この子はバッファーです」


「はん? テイマーとか言いながら、獣魔一匹連れていないとは……たかが知れているねえ。無論、その連れである子供も同様だろう。せめて戦闘の際は、この僕の足を引っ張らないでくれたまえよ」


「あ、いや……私のパートナーはこの子とこの子でして」

「きゅっ」

「ぴよ?」


 マントのポッケから愛らしいきゅーとピヨが顔だけ登場。

 冒険者たちに軽く挨拶をしてくれたようだ。


「ぶっはっは! こりゃ何かの冗談か!? 子狐とヒヨコかよ! マジで笑えるな!」

「まあ可愛いけど、なんつーか、か弱い女にピッタリの獣魔だな!」

「この僕と比べたら、所詮は君も獣魔も塵に等しいものさ。弱者の話より、強者の話をしようじゃないか。例えばこの僕だが————」


「そういや今回のレイドクエストは上位パーティーの【海渡りの四皇】も来るらしいぜ」

「【巨人殺し】もだとさ! まじで楽しみだよなあ」

「あの辺は別格だから、間近でクエストを一緒にこなせるだけでも勉強になりそうだよな」

「俺はマジの憧れだったから嬉しすぎるぜ!」


 なるほど。

 キヨシさんやオンドさんも今回のグランクエストに参戦しているのか。

 俺は顔見知りの名前を聞いて嬉しくなるも————


 待てよ?

 そうなると……俺の女体化が……見られてしまう!?

 うわー……全力で目立たないようにしないとだ……。

 このソリッドさんは一応コラボ相手だから、あとでしっかり挨拶するとして……。



「さ、さすがのこの僕も、上位パーティーには一目置いているさ」

「そういや【鉱山街グレルディ】って言えば、鍛冶を専門にしてる傭兵団クラン【武打ち人】って連中が牛耳ってるらしいな」

「連中もよー、ダンジョンドロップ品の武器より弱いもんしか打てねえのによくやるわな」

「裏で【天導の錬金姫】と【千獄の鍛冶姫】の支援があったって話だぜ」


「まったくもって面白くないお話だよ。弱者に寄り添うなんて、バカバカしいと思わないかい?」

「姫といえば、なんだっけ。歌姫だか何だかも復活したらしいな」

「あー、あっちの姫も冒険者界隈じゃそこそこ評価が高いらしいよな。上位にぎりぎり食い込むレベルの支援力があるとかないとか」

「でも魔法少女なんちゃらって身分なんだろ? ステータスが成長しないんだったよな」

「最初から多少のチート持ちでズルした分、伸びは頭打ちが目に見えてるってな」

「神様も平等なこったな、げははははははっ!」


「…………」

「……」


「きゅ?」

「ぴよ?」


 きゅーとぴよの問いかけに、俺はなるべく声量を落として答える。


「いや、きゅー。この人たちは食べちゃいけないよ。ぴよ、燃やしてもいけない、羽ばたいてもいけないよ。そう、ペチコラもダメ。この前、遊びでやったら大岩が粉々だったじゃないか。うん、ダメだよ」


「おい、ねーちゃん! さっきからブツブツうっせえぞ!」

「独り言するぐらいなら俺らの話し相手にでもなってくれよ! それか夜の相手でもいいぜ」

「ぎゃははははは、そりゃいいね」

「ふっ、この僕の誘いであるならばむしろ光栄だろう。夜伽の際は喜びむせび泣くがいいさ。無論、顔もろくに見せられないような醜女しこめなど、僕の方から願い下げだがね」



『……この失礼千万な方々に、【爆ぜる喜びの歌】をお披露目させていただいてもよろしいでしょうか?』


 すごく怖い歌を口ずさもうとするウタに、すぐさま小さな声で止める。


「いえ、爆死した冒険者の血肉まみれになりたくはないので、できればここはご辛抱なさってください」


『さようですか……執事様がそこまで言うのでしたら、わたくしも耐えてみせます。これも2人で乗り越える愛の試練なのですね』


 なんだかなあ……。

 もうちょっと馬車に揺られての旅って、のどかなものだと期待していたのに……。


「きゅーきゅー?」

「ぴっぴっぴ?」


「え、肉塊にしてからも元に戻せるの? きゅーはそんな事ができたのかあ……すごいなあ、でもダメだよ? えっ、竜になって怖がらせる? いつのまにかピヨも成長したんだなあ……すごいなあ、でもダメだよ?」


 こうして俺は、爆発寸前の仲間をどうにかこうにかなだめていった。



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