41話 天翼の少女(仮)


『そらが……【にじらいぶ】に移籍した理由はわかったけん』


 ヤミヤミが納得したところで今回の暴露配信、というより【にじらいぶ】とのコラボ配信は終局を迎えるかと思われた。

 しかし彼女はまだ食いつく気満々であった。


『きるるは……どうしてそらを【にじらいぶ】に誘ったと?』


『そらちーが300万人以上チャンネル登録者を抱えていたこと、以前から彼女とは知己で人格的に好んでいたこと、そして同じ魔法少女として……一緒に上を目指したかったからよ』


 堂々と言い切るきるるんにヤミヤミはまたも納得する他なかった。

 しかし彼女は腐っても暴露系YouTuber。あらを探すのはお手の物。

 彼女が次に狙いを定めたのは、この真剣な空気の中でもマイペースにフレンチトーストを美味しそうに頬張ほおばるぎんにゅうだ。


『なら、裏アカで成り上がった頭ゆるゆるお股ゆるゆるアイドルかましてるぎんにゅうは……なして【にじらいぶ】に所属したと?』


『僕はッッッ……んぐ、もぐ、ごくん』


:えらいぞ! 食べ終わってからお喋りできたな!

:さすがぎんにゅう! マナーを学んだぞ!

:しかし食べかすが立派なお胸の上に鎮座しておられるぞ!?

:大丈夫だ。多少動いても、あの大きさならこぼすことはあるまい

:抜群の安定感であるな

まったもってヤミヤミの質問にも動揺してない

:揺れてはいるがな揺れては



『ぼくは、えっちです!』



:ん? 混乱してるのは俺だけ?

:すごいな。どうして【にじらいぶ】に入ったのか? という質問に、自分はえっちですと返すライバーはぎんにゅうをおいて後にも先にも彼女だけでは?

:正直に言ったったwww

:え、どゆことwwwww


:なあ、魔法少女って処女じゃないとなれないらしいぞ

:まじかよw

:おい、まて、それほんとか?

:あの巨乳裏アカ女子のぎんにゅうが処女ってマジか?

:あんなにドエロいコスプレ自撮りあげてたのに!?

:じゃああれか!? ずっと一人でシてるってわけか!?

:おいおいおいおいおいおいおい最強にシコいじゃねええかあああああ

:言動と行動が不一致すぎるだろwww

:まじで地味巨乳の極みじゃねええかああああ



『僕はえっちです! そして世の全員じゃないかもしれないけど、みんな性欲あるです! きるる姉さまだってそらちゃんにだって! 何かいけませんか!?』



:盛大なる巻き添えで草www

:きるるんが顔真っ赤にして口パクパクしてるのうけるんだがw

:かわいいがすぎるやろww

:そらちーはおっさんみたいに腕組んでうんうんとか納得してるしw

:謎に堂々としてんの笑うwww

:え、これなんてカオス?

:ヤミたん、もはや疑問を通り越して混乱してるぞw

:理解できない奴を見る時の眼をしてるwwww



『なので、執事さんへの情欲がきっかけです!』



:くっそわろたwwwwww

:え、なに。ぎんにゅうってナナシちゃんをエロい目で見てたから【にじらいぶ】に入ったの?

:ナナシちゃんとワンチャンあるかもって【にじらいぶ】に所属するとかwww

:動機が不純すぎて草

:結局そっちにおちつくんかーいwwww

:さすが裏アカ出身は一味違うww

:まじで【にじらいぶ】の性事情ってどうなってんねんw


:いや、待て。彼女たちは魔法少女だ

:つまりまだ何も始まっていないwwwww

:ガチの穢れなき推したちやんw

:安心して推せる

:彼女たちが魔法少女である限り、我々の心の安寧は続く!

:ヤミヤミ、完全敗北!


 ぎんにゅうのチンプンカンプンな発言を皮切りに、つぶやいったーのトレンド上位がこのように変化してしまった。


#にじらいぶの性事情

#魔法少女は処女

#にじらいぶ推せる





 正直に言おう。

 俺は【闇々ヤミヤミよる】というVTuberがあまり好きではなかった。

 うん、どちらかと言えば……誰かの『希望』であったり、『夢』であったり、『好き』を壊す存在だとすら思っていた。


 誰かの弱みを握って破滅させる。

 暴露の姫君だとか断罪の姫君だとか、とにかく推したちと目の前でコラボしているツインテールの地雷系美少女をよくは思っていない。

 そして【にじらいぶ】を叩いても埃が出るどころか、魅力ばかりが出てしまう事態に、彼女はついに苦し紛れの要求をだす。


「せっかく異世界パンドラに来たやけん、モンスターと本当に戦うとーとか見てみたか!」


 次は推したちに、冒険者としての腕を疑いだすヤミヤミ。

 どうにか暴露ネタをもぎとろうと必死なのだろうか?

 実は【にじらいぶ】の魔法少女たちは、モンスターと戦えないザコだったと流布したいのか?


 俺は推しを疑い、推しを引きずり落そうとする魂胆を不快に感じつつも撮影を続けた。

 今は仕事だ。

 きるるんがヤミヤミについて説明してた・・・・・内容が・・・本当なら・・・・……やりきるべきなんだ。

 彼女の正体は推したちと同じく————



「この辺は小型の【砂竜さりゅう】が出るって話だったけれど……Lvは20前後なのね」


「街から出れば遭遇できるかもです」


「よる、危険だけど大丈夫なの?」


「うちは大丈夫ばい。それよりやっぱり戦えんっていうと?」


 挑発的なヤミヤミに【にじらいぶ】のみんなは真剣な表情で頷く。

 彼女たちはモンスターと戦うのが如何に危険かを知っている。しかも部外者を、素人を1人守りながら戦うとなると難易度は一気に跳ね上がる。

 しかもこの地のモンスターは推したちにとって初の戦闘だ。

 未知数が多い上にリスクも高い。


「わかったわ。でもこれだけは約束して。私やナナシちゃんの指示に絶対に従うと」

「わかっとーばい」


 こうして俺たちは【花と骨の街カサブランカ】から出て、モンスター探索を始める。

 そしてその時は唐突に来た。


 ゾウよりも巨体なワニのような生物が、砂中からバックリと大口を空けて出現したのだ。狙われたのはぎんにゅうだ。

 あわや噛み砕かれるかと思ったが、彼女は素早く銀魔法を発動させる。



「————【銀鏡の大盾タワーオブシルバー】です!」


 銀の大鏡が【砂竜】の攻撃をどうにか斜めに反射する。

 普段であれば完全に反射できるが、今回の敵はそれだけ強敵らしい。


「————【血戦けっせん紅き豪弓ブラッドボウ】」


 体勢を崩した【砂竜】が砂の中へともぐる前に、きるるんが一矢報いる。血で創造された剣は弓矢のごとく【砂竜】に突き刺さり、そのおかげで動きが鈍る。

 すかさず決め手をぶち込むのはそらちーだ。


「————【演武:鉄脚の鉄槌てっつい】」


 ぐるんっとバク中からの右足によるかかと落としが【砂竜】の頭部に激突する。メキャッと嫌な音を響かせたのはもちろん【砂竜】だ。

 だが、さすがは竜の系譜なのかそのタフさはすさまじく、反撃とばかりに強靭な腕をそらちーに向ける。


「夢魔法————【あなたのヘイト・瞳にはオブ私だけしか映らない・コントロール】」


 しかし、ぎんにゅうのおかげで【砂竜】の剛腕は明後日の方向へと振るわれた。


「吸血魔法————【あなたのユアーズ血はわたしの剣・マイソード】」


 そして砂竜の額から流れ出る血が、即座に三本の剣へと変化する。

 それらの一本を中空でキャッチし、二本を矢のように飛ばしたきるるん。

 握った剣で切り裂くは【砂竜】の左目。残る右目にも二本の剣が突き刺さった。


「グギャアアアアアアアッ!?」


 悲痛の叫びをあげる【砂竜】だが、そらちーは待ったなしで懐へと飛び込む。

 サイズ差は一目瞭然で、そらちーに覆いかぶさろうとする【砂竜】。


「蒼天魔法————【曇天吹き飛べクリーンヒット蒼き荒波ラッシュ・アワー】」


 そらちーによる腹部への無数殴打が唸りを上げる。

 その拳一つ一つには圧縮された水の塊が宿り、【砂竜】は殴られるたびに、ボコリボゴリッと鈍いを音を立て————

 ついには拳の威力が突き抜け、背中が爆散した。


 そして微動だにしなくなった【砂竜】をあっけらかんと見つめるヤミヤミ。

 さすがにここまで証明すれば彼女は文句を言えないだろうと思い、俺は肩の荷をほっと下ろす。

 


「ヤミヤミィィィィィィッィィイイイイィィイイイ死ねええええええええええええ!」


「えっ?」


 しかし唐突に割り込んできた第三者の叫びにより、緩みかけた意識を張り詰めさせる。


「おまえの暴露のせいでえええええ! 俺のリシアたんわああああああああ! ホストなんて行ってないんだよおおおおおお! パパ活だって売春だって何かの間違いだあああああ情報商材で詐欺なんかしてないんだあああああくそおおおおおお!」


 その男の相貌は異様だった。トチ狂ったかのように血走った目でヤミヤミを睨み、全力疾走でこちらに接近してきている。

 あの速度……ステータスが覚醒してる冒険者だな……。



「暴露とかくだらねええんだよおおおおお! おまえら【にじらいぶ】とかいうクソ共も同じだああああああ! 一緒に死んじまえええええええ!」


「アッ、アンチ!?」


「おまえがあああ異世界にくるってきいてえ! 最高のチャンスだってなあああああ! おらあああ、モンスターに食い殺されろ! 他人をネタにしかできない汚物がああああ!」


「まっ、まずいわよ! あいつの後ろ……【砂竜】が、一、二、三、四……七匹はいるわよ!?」


「モンスタートレインです!?」


「さすがにまずいって! に、にげるよ! よる!?」


「えっ、あっ……うっ……」


【にじらいぶ】のみんなはすでに逃走の体勢だったが、肝心のヤミヤミは腰が抜けたかのようにその場でへたりこんでいた。

 というかマジであれは腰を抜かしている。


 あー……。

 もうこれは緊急事態だ。


 なるべく推したちの配信に割り込むような動きはしたくないが……背に腹は代えられない。



「死ねエエエええヤミヤミィィィィィィィイイ!」


 はあ。

 アンチとかマジで何なのだろう。

 嫌なら見なければいいし、わざわざ自分の時間じゅみょうを使ってまで嫌がらせしても何の得にもならないのに。


 まあ、きっと彼はヤミヤミの暴露で推しが破滅したか何かで逆恨みをしてるのだろう。

 わかる。

 わかるよ。


 推しをけなされたりするのはすごく不快だって。


 でもさ、本人も事実だって認めたんだろう?

 裏でコソコソ悪いことして、だから謝罪動画だしたんだろう?

 悔しいけどさ、悲しいけどさ、最悪だけどさ……だからって、今度は誰かを攻撃する理由になるのか?


 あんた、さっき何て言った?

 苦しみのわかるあんたが、一番言っちゃいけないことを口にしたよな?

【にじらいぶ】とかいうクソ共も同じだ? 一緒に死んじまえ?



 俺の……俺たちの推しを害なそうとする奴は、法が許しても俺が許さない。



 だから先ほど採取したばかりの【砂漠の白竜草ホワイプドランゴ】をサッと振りまき、【神獣住まう花園師】で習得している超超成長促進の技術パッシブを発動する。



「【大きくなあれ】————【千年大樹の芽吹き】」


 白い花弁たちは瞬く間に成長してゆき、それはもはや【砂竜】ごと絡め取る大樹となった。太いみきや根が牢獄の檻に、もしくは竜の堅い表皮を貫く槍となって【砂竜】たちの突進を完封する。

 そして【砂竜】たちの臓物が男に降り注ぎ、彼を異臭の沼へと引きずりこんだ。



「失礼します————」


「ひ、ひいっ!?」


 モンスターの臓物まみれの中で、尻もちをついている男に告げる。



「誰かの『推し好き』をけがそうとする貴方あなたは、ゴキブリよりも汚い人間です」



 アンチを見下ろす。

 本当に汚く、哀れな恰好だ。


「そんな姿になった貴方を見て、推しは喜びますか?」

「……!」


「貴方の推しはそこまでのクズなのでしょうか?」

「……うっ、うっ、俺はっ、俺はっ、リシアたんのためにっ、報復のためにっ」


「その結果、貴方が死んだら、推しもにっこりですか?」

「……うっ、うっ……うああああぁぁぁぁぁぁぁっ……」


 絶望に落ちる彼の姿が一瞬だけ……借金を作って酒におぼれ、失踪した父とかぶる。



「————お酒」

「うっうっ……?」


「貴方はお酒をたしなみますか?」

「…………た、たまには」


「お酒って飲んだら、楽しいし幸せになれるそうですね?」

「ま、まあ……ちょうどいい酔い加減なら……」



「酒は飲んでも呑まれるな、でしょう? 推しがくれた希望は飲んでも……絶望になんか呑まれないでください」



 俺は、汚物の中にいるアンチに手を差し伸べる。


「私が大人になったら、いつか推しを語り合いましょう。その時はお酒でも飲みながら」



 きっと、誰かを傷つけこんなことをするよりも。

 よっぽど楽しい時間を過ごせるはずだ。






 ……ちなみに後でつぶやいったーをチェックしてみたら、妙なトレンドの入り方をしていた。


#慈悲深すぎるナナシちゃん

#天使すぎるナナシちゃん

#そんな奴はどうでもいいのでナナシちゃんは俺と飲もう



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