33話 勝者たちの祝杯


 さて、みなさんはもうお分かりだろう。

 実はうちのお嬢様は庶民的な食べ物をいただくときにすきが生じるのだ。

 ハンバーガーしかり、ラーメンしかり。

 きっと食べ慣れてないからこそのすきだ。


 そして今回も俺は、防衛戦で疲れ切ったしたちへ……敢えて大衆向けのご飯をふるまおうと思う。

 それはなぜか。



 なぜなら、推しと同じものを食べたいからだ!

 そう、リスナーたちに、推しと同じ楽しみを共有シェアする喜びを味わってほしい。


 フレンチ? イタリアン?

 確かにお洒落でえるだろう。

 フルコース料理を綺麗にしょくすきるるんも絵になるはずだ。だが、お高いお店が多いし、そもそも作るのに手間暇かかるものも多い。


 しかし牛丼なら? 豚丼なら?

 外食ならお手頃だし、自分で作るのも簡単だ。

 リスナーたちはその味や体験を共感しやすいはず。 


 想像してみてほしい。

 学校帰り、はたまた仕事帰り。

 疲れ切った身体を引きずりながらの帰宅途中。

 ふと、思い浮かぶのだ。


 ああ、そういえば推しが牛丼食べてたなあ。よし、今日は俺も牛丼にするか。

 推しとお揃いだ。


 肉を味わい、タレの旨味を味わい、米の甘味を味わう。

 ああ、俺は今……推しとお揃いの料理を食べているんだ。

 ほんのりと推しを近くに感じる。


 今日という一日に、ちょっとした幸せがプラスされたな。

 俺ならそう思う!


 イタリアンかフレンチか?

 それとも牛丼か豚丼か。


 どっちの方が、より推しを身近に感じられ、より親しみを覚えるだろうか?

 そんなの牛丼と豚丼に決まっている。

 推し×牛丼×豚丼しか勝たん!



 そんな訳で、本日もきるるんにはお嬢様にあるまじきメニューを提供しよう。

 そう、かっこんでもらおうと思う!


 なので俺は【夢の雪国ドリームスノウ】から【羊毛の雪娘メリースノウ】を呼び出していた。


「例のブツはできあがったのか?」


「はいめぇー。なかなかの品質ですめぇー」


「ふっふっふっ」


 この防衛戦を通じて、くれないには物申したい・・・・・こと・・がいくつかある。

 でも今は戦勝祝いの場だ。

 執事らしく食事をふるまうターンなのだろう。


 俺は【羊毛の雪娘メリースノウ】から受け取ったブツを眺め、料理に使えるか吟味してゆく。

 ああ、黒い笑みが止まらないぞ。





 あたし、藍染坂あいぞめざかあおいは今、非日常の中にいる。


 同じ魔法少女の夕姫ゆうきさんと銀条さんと一緒に異世界パンドラでコラボ配信をして、シロくんの料理でみなぎるパワーを全身に感じて。

 そしてスタンピードを乗り越えて。



「そらちーにぎんちゃん、よく頑張ったわね!」

「へとへとですー」

「わっ、ぎんぴ!? あたしに寄りかからないでよ、泥がついちゃう」


「私なんて血みどろよ?」

「みんなぐちゃぐちゃですー!」

「ちょ、待って、どうして余計にひっついてくるの!? きるるんまで!?」


「ぷーくすくす」

「わーい!」

「も、もー! そっちがその気ならこっちだって!」


 一時はどうなるかと思ったけど、今、あたしは笑っている。

 この刺激に満ちた異世界パンドラで、泥だらけになって、あたしたちは笑っている。

 うん、あたし……こういうのが好きだなって思う。



「あっ、きゅーちゃんです!」

「かわいいキツネさん!」


 泥だらけのまま銀条さんとあたしは、きゅーちゃんに飛び込む。

 もふもふのふわっふわっであったかい。



「どうしていつも私だけ避けるのぉぉぉぉぉ!?」


 夕姫ゆうきさんだけ膝から崩れ落ちるのを傍目はために、あたしたちはきゅーちゃんと寝そべる。

 うん、こういうのも好き。



 あたしは魔法少女として目覚めた時、正直に言えば怖かった。

 変身している時は確かに人より力もスピードも全然つよい。それでも伸びしろがないなら……異世界パンドラに行くのは辞めようって決めてた。


【転生オンライン:パンドラ】は好きだったし、プレイヤーとしてすごく暴れ回っていて楽しかった。

 でも現実は違う。

 死んだら、終わりなんだよ。


 だからあたしは国内に出現するモンスターへの緊急要請にも応えずにいた。多分、他の魔法少女よりあたしはずっと卑怯で、臆病で、ダメなんだと思う。


 それでも魔法少女になった自分に何かできないかって……人より頑丈な身体を活かして、アスリート系YouTuberなんてのをして……。

 破天荒なアクロバティック動画から始まって、筋トレにボディメイクやダイエット方法なんて活動をずっとしてたら……あたしは快活で活発なイメージに支配されていった。

 もちろん、動画活動の中にはあたしのしたいこともあった。

 けど、そんなのは極一部だけで……できることを積み重ねていっただけ。


 ちょっと苦しくなって。

 だから本当に好きな……可愛いマスコットを作る手芸をしたり、ぬいぐるみに花を飾る動画を上げてみた。

 そしたら今まで応援してくれたみんなは……。


『そらちーには似合わない』

『そんなのよりまたアクロバティック動画あげてくれ』

『誰もそんなの求めてないw』

『筋トレ動画を求む』

『踊ってみたはよ』

『今更お花畑に路線変更か?』

『ぶりっこかよ』


 散々だった。

 仕方ないと思った。

 あたしのイメージには合わない。

 だから好きなことはしない。

 魔法少女としての責務から逃れているあたしには、それが相応そうおうなんだって。



 そんな時、【手首きるる】と【ぎんにゅう】のダンジョン配信を見て胸が動いた。

 逃げていたあたしにも、できるかもしれないって。

 また、あの……好きだった異世界パンドラに足を踏み入れられるかもって。


 コラボしてくれた夕姫ゆうきさんが、隣で笑ってくれる銀条さんが……魔法少女あたしたちの可能性を見せてくれたシロくんが、あたしを救ってくれた。



「よーし、お待たせしました。ハイオーク肉で作った、【雪とろろ豚丼】です」


 シロくんが戦勝祝いだって、自分も疲れてるはずなのにご馳走をふるまってくれる。


 どんぶりには、ほかほかご飯が隠れちゃうほどの具材がたっぷり盛られてる。

 ぷるんとあぶらの乗った豚肉と、これはとろろかな? ちょっと不思議なとろろに、わさびがちょこんとある。


 あたしはそれらを軽く混ぜる。

 それからパクリ。


 わぁぁあ……!

 口の中で、とろろとお肉のねばねばコラボレーションが開花だよ!

 んんんー!

 とろろの深いコシのおかげで、濃厚な豚肉の味がどんどん口の中で膨らむのに……後味すっきり! 


 わさびのピリッとした余韻、それからほんのり甘いもっちりご飯が追い討ち!?

 怒涛の旨味の波があたしの舌を襲った。


 うん、あたし……こういうの大好き!



「お、美味しいわね。こ、これが牛丼ってやつなのね!?」


「きるる姉さまは牛丼デビューです?」


「び、ビーフカレーなら食べているわよ」


「うそ!? 牛丼食べたことないの? っていうか、きるるんは牛丼であたしは豚丼なんだー? わっ、チー牛だよそれ! うっわー、うっわー、一口交換しよ?」


「その前に————」


 夕姫ゆうきさんは薄く微笑んだ。




「どうかしら? うちは最高でしょう?」



【海斗そら】と【手首きるる】、【ぎんにゅう】のコラボ打診を送った時、彼女は一つだけ条件を出した。

 それは、もしこのコラボウィークで私たちの在り方が気に入ったのなら、彼女たちの事務所【にじらいぶ】のライバーとして所属するか検討してほしいと。

 検討だから、コラボ後に正式に誘いを断っても構わないと言われていた。


 あたしは夕姫ゆうきさんの顔を見返しながら、前にシロくんに言われた言葉を思い出す。



『好きなら、似合う似合わないは関係ないよ。楽しもう?』


 あたしの答えは決まっていた。

 こんな美味しいご飯と、楽しい刺激に満ちてるのなら。



「うん、あたし……こういうの大好きだなって」


「うちの事務所と契約するかしら?」


「ぜひ、よろしくお願いします!」


 快諾すれば夕姫ゆうきさんの微笑みが妖艶に煌めく。


「よく言えたわね? じゃあ、お待ちかねのちーぎゅうよ? はい、あーん」


「ちょっきるるん、それは恥ずかしいっていうか、とっ、隣のおじさんもガン見してるし!」


 やっぱりあたしは笑っちゃった。





 私の名は豪田ごうだ

 豪田剛士つよしであーる。


 冒険者の中でも上位パーティー、【海渡りの四皇】に属する豪田であーる。

 よわいは32歳。

 ぎりぎりおじさんでないと自負していたが————


「ちょっきるるん、それは恥ずかしいっていうか、とっ、隣のおじさんもガン見してるし!」



 …………。

 ……。


 推しにおじさん言われたアアアアアアアアアアアアアアアアアアんふぁあああああああああああああああんんんんんそうか私はもうおじさんかああああああああああぁぁん。

 ナナシロくんのいきな計らいにより、そらちーの隣に座れたことで天上に昇るがごとく幸福であったが、今やどん底に叩き落とされたのであーる。


 あああああ、それでもきるるん女史との『あーん合戦』は尊みが深いいいいいい眩しすぎて目がつぶれる尊さあああああああであーるぅぅぅぅぅ!



「あっ……豪田さん…どうぞ、ミノタウロス肉で作った【雪羊のチーズ牛丼】です」


 ナナシロくんが気を使ってくれたのか、チーズ牛丼を提供してくれる。

 私は悲しみと幸せに押しつぶされそうになりながらもチーズ牛丼をかっこむ。


 ん、んん……!?

 な、なんだ、このチーズは!?


 なめらかなクリーミィさは従来のチーズとさほど変わらないが、この風味はどういうことなのであるか!? そしてはしで牛肉と一緒にいただけば、とろけるとろーり伸び具合が尋常でないのであーる!


 んっ、んんんっ!?

 力強い牛肉の旨味うまみ、肉汁、タレとのバランスが複雑に絡み合い、口の中で踊り狂うではないか!?

 それに加えてチーズの熟成されたコクと、もちもちがッ! やみつきなのであーる!

 

 うまい、うまいぞ!

 白米との相性も抜群なのであーる!

 思わず周囲の目などなりふり構わずにかっこんでしまう美味さ!


 チーズ牛丼とは恐るべき食べ物なのであーる!


 もうっ、舌と目が幸せすぎてっ、推しにおじさん認定されて! ごちゃごちゃのぐちゃぐちゃで死にそうなのであーる!



「おう、ナナシ! おめえも生きてたか! 防衛戦ではおめえんとこのワンコロに世話になったぜ」

「うぉっほん、ナナシ殿! ドワーフの火酒に興味はあらせんか?」

「いやー、戦前に食べたラーメンのおかげでいつもより調子がすこぶるよかったよ」

「俺らが火ぃ吹かれて、もうダメだーってなったときにお前さんが来てくれて助かったぜ」

「どうしてあんたは……あたいたちまで助けてくれたんだい……?」


 んん?

 最初は胡散臭いとさんざんな態度を取っていた高位ランクのパーティーたちが、キヨシを筆頭にぞろぞろとそらちーやナナシロくんを囲んでゆくではないか。



「私はきるる様の執事です。きるる様に美味なるお食事をいただけるよう、食材を調達していただけですので」


 あの獅子奮迅の活躍を、『敵を美味しく料理するためだけです』だと言うナナシロくん。

 その言葉にトップ冒険者たちは畏怖しているのであーる。

 そして有言実行を難なくこなす有能っぷりと無双っぷりを見せつけられ、ナナシロくんが……本物の執事なのだと感服しているのであーる。


「ぶはははっ、なんだよそりゃ」

「たまらんのうナナシ殿は」

「あははははっ、相変わらずだね」

「マジかよっ! おまえ面白いやつだな」

「ふふっあたいは気に入ったよ」


 そして彼ら彼女らは笑う。

 その笑いには一切の侮蔑など含まれていない。

 本物の戦士に送る、親しみの笑顔だった。


「みなさんもよかったら牛丼、食べていきますか? 今日はきるる様の御厚意により、無料で提供させていただきます」


「ったく、まいったぜ。もらう、もらうぜ!」

「執事殿にはかなわぬのぉ」

「いただくよ。って、豪田! キミだけすでに食べていたのかい? ずるいなあ」

「冒険者を語るには、俺等はまだまだってことか。恩にきるぜ」

「あたいらも負けてられないね。でも牛丼はいただくよ!」


 彼ら彼女らの命を助けてくれたのに……まったく歯に着せない気持ちよさ。

 ナナシロくんの恩着せがましくない、その在り方で全てを物語る人物に畏敬の念を覚えるのは……強者を目指す者として誰もが同じなのであーる。


 その背中を追いかけたいと。

 あいつは尊敬すべき競争相手であーると。


 最初と比べたら手のひら返しと捉える者もいるのであーる。

 だが、冒険者は文字通り命賭けの職業だ。優秀な者との繋がりは生死に直結する場合だってあるから、強い人物は評価されるのである。


 強者とは仲良くしておきたい。

 至極簡単なルールであり、生存戦略なのである。


 であるならば、私、豪田剛士も今が男の見せどころなのであーる!

 ここで覚えめでたく【海渡りの四皇】の豪田として、華々しく周囲へとアピールするのであーる!


 あと、そらちーにも。



「ナナシ君やきるる女史には、多大なる支援をされてる身でありながら! さらにご馳走などされては、冒険者として背が立たないのであーる! どうだろう、ここはこの豪田がっ! 全額もとう! 全てわたしのおごりであーる!」


「はい? 豪田さん、でしたわよね? 夕姫ゆうき商社ではこの牛丼と豚丼は一杯200万円で販売される予定なのだけれど、貴方に人数分の金額を一括で払えるのかしら?」


「なっ」


 200万円×9人分……1800万円!?



「そういや夕姫ゆうき商社で販売されてる異世界メシ、ありゃあナナシがスペシャルアドバイザーなんだったか?」


「おおう、それなら信用できるのぅ。わしらも買ってみるかの」


「僕らは例の紅茶をいくつか購入して、ストックしてあるんだ」


「この牛丼も販売するのか。そういや他の連中たちも、あんなすげえラーメンを無償提供してくれたのに感謝してたぜ」


「あたいらラッキーだね! 販売前の試供品をまた無料で食べれるなんてさ!」


 1800万円。

 仮にも高給取りである私なら、い、いける、いけるが……かなりの出費になってしまう……が、推しと、そらちーと一緒の食卓を囲めたのだから安いものであーる!



 いや、嘘である。

 かなりふところ的に痛い出費なのである。



「豪田さん? 大人しくみんなでご馳走にあずかりましょう?」


 きるる女史がナナシロくんを見る双眸は……確かな信頼で輝いている。


 ん?

 これほどの高級グルメを……ナナシロくんは無償で作っている……?

 今までも推したちのために、提供していただとおおおおおおお!?

 しかも私たちの分までええええええ!?


 完敗かんぱいなのである。

 いや、乾杯かんぱいなのである。


 彼がまさに————

 推しを支える、執事のかがみであることに。

 乾杯なのである!




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