28話 天空城ランチ
「さあ、ナナシの
「はーい!」
「配信予定の現場って【天空城オアシス】って所だよね?」
「そうね! 私たちも行くのは初めてよ」
「楽しみです」
「あたしたちの新鮮な反応をリスナーに見せる魂胆かーさすがきるるん」
「ふふふ。伸びるためなら何だってするわよ? そらちー、覚悟なさい?」
「きるる姉さまはマネジメントの鬼です」
「あちゃー……コラボ相手としては、炎上は避けたいんだけどなあ」
「さあ、ナナシちゃん! きびきび働きなさい!」
「っす、すぅーっ、は、はい!」
まさか【
俺は冒険者ギルドを通じて【砂乗り船】をレンタルし、操舵しながらきるるんの言う通りに進路を進める。
「あら? ナナシちゃんは【砂乗り船】の扱いに慣れているのね?」
「す、すごいです。僕、揺れて、立ってるだけでも精一杯、です」
「噂に違わぬ有能っぷりだね。執事くん?」
そういえば【海渡りの四皇】に教わったおかげで、自然と体が動いていた。
というかここまでほぼ脳死だ。
だって、クラスの推しとっっっ!
ぱ、
うれしすぎる案件だろおおおおおおおおおおおお!?
やっ、これはコラボ配信だ。
仕事だ。
わかっている。
わかってはいるけど、これなら危険なブラック労働もニッコリさ。
「少しはモンスターと遭遇するかと思っていたけれど順調ね」
「あー、すぅーっ、あ、ほら、きるる様。あそこを見てください」
「んん……砂が動いた、わね?」
「えっと、見えないです」
「どれどれー。あたしも遠くて見えないなあ」
「あれは【砂サソリ】や【砂魚】が潜んでいる証です。なるべくあちらには近づかないように進みます」
「事前の情報収集、ご苦労なのよ!」
なぜか誇らしげに【海斗そら】を見るきるるん。
なんか『うちのスタッフはすごいのよ』と自慢をしているような気がして、ちょっと可愛らしいと思ってしまった。
◇
『君の手首もきるるーんるーん☆ 手首きるるだよー♪』
『にゅにゅーっと登場☆ ぎんにゅう、です!』
『みんなの遊び場はどこー?
今、話題の三人による
異色の三人がコラボウィークを始めてから今日で六日目。終盤はリスナーが待ち望んでいたダンジョン配信をする告知がされており、いよいよ開演の時だ。
:待ってましたああああ!
:この3人のコラボウィーク終わってほしくない
:ん、小舟の上から配信?
:青い砂漠を走ってる……【
:この臨場感のある画角、ナナシちゃん撮影だ!
『みんな、見えてきたわよ!』
『わぁ……あれが【天空城オアシス】……す、すごいです』
『たっかいお空にあるねー!』
三人が見上げたその先には————
天空を浮遊する城、ではなかった。
巨大すぎる
山、と見間違えるほどの巨神。
その甲羅の上に城が立っている。町がある。緑が生い茂っている。
甲羅はもはや動く大地だ。
そして巨神が身動きするたびに、【
壮大すぎる景色だった。
『天を見上げる程の巨神、【
『くきゅー?』
『あっ、きゅーちゃんも一緒に見たいです?』
『ちょっと執事くん!? そのポッケにひそむフワフワは何!?』
『私も、きゅっ………………………【
:そこはかとなく胸ポケットから顔を覗かせる子狐が可愛いな
:俺もあんなふわふわぽっけが欲しい
:そらちーが
:
:きゅーちゃんがぎんにゅうの立派なにゅうに乗った!?
:す、すげえな
:の、のるんだ、あれ
:あれぞ圧巻の光景
:俺、ぎんにゅうの上に居座るきゅーちゃんになりたい
:きるるんは【天空城オアシス】についてしっかり説明してて偉い
:いや、あれは自分だけきゅーちゃんに避けられているだけであってだな
:みなまで言うな。察してやれ
:きるるんは視線がちょこちょこきゅーちゃん追ってるもんなあ
:
:悔しさと悲しさで時々ふるえてるwww
:えらい、えらいぞきるるん! 病まずに解説できてるぞ!
『わわっ、亀さんがしゃがみましたよ!?』
『今更だけど、亀はしゃがんでもぜんっぜんおっきいねー! 山、山だよみんな! 海じゃない! 山と空だよ!』
『きゅーちゃ…………そ、そうなのよ! 【
こうして、4人と一匹が乗った【砂乗り船】は緑豊かな大地————巨神の甲羅の上に移動する。
それから石畳が敷き詰められた街を散策したり、綺麗に整備された水路に生足をひたしてみたりする少女たち。
そう、これは美少女三人による
それは見るだけでワクワクな発見と、朗らかな癒しに満ちている。
石畳と石壁には植物がほどよく蔦い、目に優しい空間を演出している。
温かな陽光。
緑の隙間からこぼれ落ちる陽だまり。
はしゃぐ美少女たち。
:なあ、これなんて癒し?
:まじで眩しいんだが
:あったけえ、あったけえ
:こ、これは……まるで俺がきるるんと散歩してるような感覚だぞ!?
:なんだよ、この疑似散歩はよおおおお
:幸せすぎるうう
:画角がリアルで最高すぎるんよ
:推したちと
:神散歩やな
:実際、神の上で散歩してるしな
そして彼女たちが行きついたのは、きるるんが元々予定していた場所だ。
おしゃれな大理石テーブルと木製の椅子があり、ちょっとした憩いの場になっている。
さらに緑の向こうを見渡せる吹き抜けもあり、『
『では、今日はそらちーとの初パンドラ配信を記念して、ご飯を一緒にいただくわ。ダンジョン探索の前に英気を養うのよ! ナナシちゃん、準備はいいかしら?』
『わーい! 今日も執事さんのお手製です?』
『おや、噂に聞く執事くんの手料理か。これは楽しみだな~!』
:出た、ナナシちゃんの飯テロ配信
:まじかーまじかーきちゃったかあ
:これ見た後、必ず何か食べちゃうんだよなあ……
:視聴後はすぐ食材買いに行ってる
:俺は次の日、絶対に外食するって決心しちゃう
:今日はどんな料理なんだろうな?
ナナシちゃんの視界を
そしてさつまいもの薄切りとエビ、真っ白な玉ねぎやオクラ、お米が鍋に鎮座している。
ただしお米の方はすでにとぎ終わったもので、ミネラルウォーターに1時間ほど浸されていた。
ナナシはまず、お米の入った鍋にフタをして中火で蒸し始める。
:
:あれで米の味が変わるよな
:ふっくらもちもちっていうか
:うんまいんだよなあ
:火加減がちょっと難しいって聞く
ナナシちゃんが『天竜の火遊び』と呟き、次に卵と水を混ぜて溶き始める。ここでもポソリと『
さらに小麦粉を混ぜれば、とろーり輝く黄金の液体ができあがる。
:食材的にあれって……天ぷら
:ナナシちゃんの混ぜ混ぜスムーズすぎんか?
:さっき竜巻状に空中へ散布された小麦粉が、綺麗に容器へ収まってたよな?
:芸術的な料理風景で草
リスナーたちの予測は当たり、ナナシちゃんは大きめの鍋に油をトクトクッと注いでゆく。それから弱火で仕込み、エビやさつまいも、白い玉ねぎなどに薄く小麦粉を均等にまぶしてゆく。
:あの魚の切り身にもまぶしてるぞ
:何の魚だろうな?
:青魚っぽいのもあれば大トロっぽいのもあるな
:天ぷらにするとか贅沢だな
それぞれの食材が小麦粉という名の化粧で
まさに今、黄金の衣をまとう食材が————
あつあつの油の中へと投入された。
ジュワァァァアアァァアアアアアア、パチパチパチチチッ。
食材が、衣が、踊る、踊る、踊る、踊る。
大歓喜の産声を上げている。
ジュワアアアアアアアアっと、互いが交響曲を奏でるが如く弾けているのだ。
揚げる時間はそれぞれの食材で違うはずなのに、ナナシちゃんは慣れた手つきで次々と天ぷらをあげてゆく。まさに完全網羅している達人の動きだ。
全てを揚げ終えると、一部の天ぷらにだけ塩をかけている。
他はめんつゆなどで堪能するのだろうか?
リスナーたちの期待と食欲を刺激する中、ナナシちゃんは新しい鍋を取り出し何かを呟く。
『————
すると、鍋に琥珀色の煌めきが瞬く間に広がってゆく。それは、たっぷりと白ダシの効いているつゆの輝き。それらをおたまでゆっくりとかき混ぜながら、温めてゆく。
同時に別の鍋のフタも開ける。
先ほどから泡を吹きながら湯気を立てていたそこには————
一粒一粒が白銀にも勝る、ほっかほかのご飯が炊きあがっていた。
ちょこちょこナナシちゃんが火加減を調整していたおかげで、見事なふっくらご飯の出来上がりだ。
それらを手早くお
天ぷらとご飯、シンプルなメニューだとリスナーの誰もが思った瞬間。
その予想は裏切られる。
ナナシはさらなる新しい食材を取り出したのだ。
それは肉の赤身と白い
『————【神降ろし三枚おろし】』
プロの寿司職人も顔負けな太刀筋で、綺麗にさばく。
いや、まるで
そしてご飯の上に大葉を加え、さらに霜降り刺身を投入。
贅沢な
おお、このメニューは極上の海鮮丼と天ぷらだったのだと、リスナーは知った。
ナナシちゃんは仕上げと言わんばかりに、他の鍋で温めていた
さらに細ねぎとのりが刻まれ、小皿に置かれる。そしてわさびも隅にちょこり。
:まじか。天ぷらとひつまぶしのコンボかあああああ!
:おだしが香るひつまぶしいいいいい!
:やっば、うっまそう
:お茶漬け好きにはたまらん
『【
『『『ゴクリッ』』』
美少女3人が生唾を飲み込む。
リスナーたちも飲み込む。
『い、いただくわ』
『いただきます!』
『いただくよ!』
もう待ちきれないと言わんばかりに3人は
揚げたてのてんぷらを口に入れれば、サックサクのほっくほく。
めんつゆにつけてもうっまうま。
『えび、えび、サクッぷりぃです!』
『口の中に、野菜のサクゥうまあ!』
ぎんにゅうと海斗そらが歓喜するなか、手首きるるは一つの天ぷらを凝視していた。
そしてサクリ、と小気味よい音を立てて静かに食す。
『これは、白身魚の天ぷら……? いえ、塩味を引き立たせるコク、あっさりしているのに……噛めば噛むほど、旨味があふれてくる……? ナナシちゃん、このお魚は何かしら?』
『はい、【砂クジラ】の希少部位、【鹿の子】でございます。少し硬めの食感ですが、良質なたんぱく質と脂肪分が含まれております。いわゆる地球では霜降り肉、として高級食材にあたるものです』
『高い肉、美味しい、です!』
『そ、想像、以上、だよ……?』
『そちらの海鮮丼にはさらなる最高級部位、砂くじらの【尾肉】を使用しております』
ナナシの説明に全員がどんぶりを凝視する。
リスナーたちもこの時ばかりは推しよりも、海鮮に視線が突き刺さる。
そこには確かに色鮮やかな刺身が、ご飯の上に鎮座している。
たっぷりと
そして高級肉ではおなじみのサシが入っており、なじみ深い色合いながらも、未知の食材は彼女たちに異様な食欲を駆り立てる。
『まずはお醤油などで、
3人は最高級の霜降り刺身を一枚だけ口に入れる。
瞬間、三者が同時に上を向いた。
それはまるで何かに祈りを捧げるかのように————
否、祈りが届き、祝福を得たような幸福に満ち溢れた表情が浮かぶ。
そして誰が言い出さずとも、彼女たちはほかほかの白いご飯を口に含める。
すると、魚の脂身と米の甘味がマッチして極楽浄土にたどり着いてしまったようだ。
それほどまでに美少女たちの顔はほころんでいた。
:全米が泣いた
:米だけに?
:それな
:推したちのこんな顔を見れて嬉しいのやら
:こんな飯テロくらって発狂するのやら
:とにかく涙があふれてきたわww
:食いてえ
『お口の中が幸せです~』
『この味を知ったら、ダイエットなんて、できなくなるね』
『とても……とても上品な味わい。大トロを遥かに超えたわよ……特に脂が絶妙で、柔らかい舌ざわり、とろっと優しい食べ心地……最高よ』
しかし、幸福への悟りはまだまだ続く。
まだ極地には至っていないのだ。
きるるんを筆頭に、刻みねぎなどがパラパラと刺身の上に躍り出る。
そして薄い金色のだし汁を、トクトクトクッと
注がれてしまった。
すると、あぁ……おわんには
ここは夢か
黄金色の光彩で全てを包むだし汁、白銀のお米、そして複雑に絡み合ったお刺身の輝き。
『ふわり、おだしの香り、です』
『もう無理! 食べちゃうよ!』
『んぐ、ん……ん……ほふっ……ん、ん……風味、豊か、……ん、んんっ……はぐっ……ん、んん……んっ、はふっ……ん、んっ……んんっ、ん…………はふぅ……』
:おいおいおいおい
:めったに食レポコメを欠かさないきるるんが無言だと!?
:それほどまでに美味しいのか!?
:な、なにか、何か喋ってくれえええええ
さすがのきるるんもおだしと極上刺身のコラボレーションに、口内を旨味一色に支配されてしまう。
そしてリスナーたちが発狂するなか、ナナシちゃんのポッケから飛び出たきゅーも
『きゅっ、きゅいー? きゅううきゅいいー?』
首をかしげるきゅーに全米が泣いた。
:きゅーちゃん喋ってくれてありがとおおおおおおおお
:かわいいがすぎるううううううううううう
:食レポありがどお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛
:俺たちは救われたああああああぁああおあぁおああおあああおえええええ
:すまん、俺もう無理。飯買って来るわ
:俺も無理。作るわ
:何でもいいから寿司食いたい
:サーモン
:マグロ丼も
:俺はうに丼
:いくらも捨てがたくね? いくら
:サーモン、大トロ、うに、いくらドーン!
もはやリスナーたちは、あらゆる意味でナナシちゃんの料理によって破壊されていた。
その日、全国で記録的な売り上げを叩き出す海鮮系のお店がチラホラ出た。
これをきっかけに、回るお寿司屋チェーン店から、企業案件のお仕事が【にじらいぶ】に来たのはまた別の話である。
◇
—————————————
【
地球産の魚介と野菜が砂クジラの肉を引き立てる。まさに異色な食感のコラボレーションであり、外はサクサク中はしっとりの究極形態である。
素晴らしい歯ごたえは心
基本効果……5時間、ステータス
★……5時間、『青魔法強化(小)』を得る
★★……永久にステータス
★★★……スキル青魔法系統のLvを2上昇させる
【必要な調理力:170以上】
————————————
◇
————————————
【
幻のお
一方で、その味わいの奥深くには、砂クジラの強大な力が秘められている。
基本効果……5時間、『筋力強化(小)』を得る
★……即座に
★★……永久にステータス力+2、防御+1を得る
★★★……7時間、特殊技術『
『
【必要な調理力:200以上】
————————————
◇
————————————
【もふテロ配信の読者さま】★★★×無限
拙作を読んでくださる至高の方々。
ハート、作品フォロー、レビュー★★★、コメント、誤字修正などで、作者に無限の力を
いつもありがとうございます。
————————————
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます