12話 九尾の金狐


「ふわあぁぁぁぁ……おいしい、です」


 銀髪ぼくっ巨乳さんは俺の作ったバウムクーヘンにご満悦そうだった。

 相変わらず長めの前髪のせいでその瞳は見えないけれど、ゆるんだ口元や声音から推察できる。

 よし、この反応ならうちのお嬢様に出しても文句は言われないだろう。


「なんだか、力がわいてくるっていうか……うん、身体が火照って、うずうず、しちゃうかもです?」


 んんん。

 銀髪ぼくっ娘巨乳さんがその発言はよろしくないような……ね、狙ってやってませんよね!?



「え、ステータス命値HPが上がってる……? えっ、えっ、やっぱり、本物・・です?」


「ふふふ。俺の作ったバウムクーヘンは本物さ」


 ここまで喜んでくれるのはかなり嬉しい。


「きゅっっきゅきゅー?」


「わかったって、おまえにもやるからそうガッツくなって」


 空色きつねのほうにも追加でバウムクーヘンをひとつまみしてやると、木々の隙間からさらに数匹の空色きつねたちが顔を出し始める。


「きゅっきゅっきゅー?」

「きゅきゅっ?」

「きゅきゅーん」

「きゅきゅきゅー!」

「きゅいー」


「おわっ、おまえの仲間か?」


「きゅいいきゅいー」


「おー、そうか。うん、まあまだくれないの分はあるし、★1のクオリティでよければふるまってやる」

「「「「「きゅっっきゅーい!」」」」」


 こうして俺は合計9匹の空色キツネに【黄金樹のバウムクーヘン】をふるまってやる。

 すると不思議なことが起き始めた。


 空色きつねたちの体毛が変色し始めたのだ。

 薄い水色だったのに、なぜか金色に毛が生え変わっている。

 

「えっ、だ、大丈夫なのか……?」


「クッ、キュクウウウウン!」


 俺の心配をよそに九匹の空色キツネたちは次々と身を寄せ合い、もふもふの大きなボールみたいに合体し始めた。


「えっ? もしかして【黄金樹のバウムクーヘン】のせい……?」


「キュウウウウウウウウウン!」


 確か特定の生物を輪廻転生? させるかもーって説明文があったけど、まさか空色きつねに効果があったのか?

 俺の予想は間違っていなかったのか、空色キツネたちは今や一匹の巨大な黄金狐へと進化していた。


 あまりに荘厳で、あまりに巨躯なきつねが現れたものだから、俺も銀髪ぼくっ巨乳さんも唖然としてしまう。

 サイズにして熊よりも遥かに大きいきつねは、そっと俺に鼻を寄せてくる。


「きゅうん」

「あ……え、おまえなのか……?」


 くりくりとした目、そしてもっふもふの毛並み。

 間違いなく先ほどまでの空色きつねだ。

 俺は【審美眼】で魔物としての名を知る。



【九尾の金狐ヴァッセル】。

 種族は『妖狐フォクシア』に属するらしく、妖狐フォクシアは尾の数でその等級が決まるらしい。その中でも災害級の力を持つ最強種が九尾、だそうだ……。


 しかも幼体でこのサイズ感なら成体になったらとんでもなく巨体になるんじゃ?

 それこそ街を丸呑み、なんてことにならなければいいんだけど……ちょっと心配だ。



「くーきゅ?」


「いや、お前に限ってそんなことはないか」


 しかしまさか複数体の空色きつねが融合して、上位種に進化するとか驚きの発見だな。



「くっきゅーきゅー」


「お、ああーわかった。名前をつけてほしいのか。うーん、また進化して見た目が変わったらなんかしっくりこないしなあ……そうだ、おまえはいつもきゅーって鳴くから、きゅーだ!」


「きゅううううん、きゅっ!」


 どうやら気に入ってくれたようだ。

 きゅーが俺の命名を受け入れた瞬間、何かがきゅーと俺の間で繋がる感覚があった。

 何か、こう、離れていても互いの居場所をなんとなく察知できるような、そんな絆のような不思議な感覚だ。


「きゅううーきゅ?」

「ん、これが獣魔契約テイム? ほー、そういうことなのか」


 どうやら俺はきゅーと獣魔契約を結んだらしい。

 獣魔契約がどんなものかは、きゅーも俺もよくわかっていなかったが、何となくお互いを信頼するようなものなんだろうと納得。


 しっかし、きゅーはふっかふかのもっふもふだよなああ。

 もうちょっときゅーが成長したら、これって寝そべったりできるんじゃないか?


 夢が膨らむ。



「ほら、きゅー。バウムクーヘンまだ食べるか?」


「くきゅー!」


 耳をそわそわとさせて喜色満面なご様子。

バウムクーヘンをはむはむするきゅーは……もふもふがもふもふを食べている絵面は、もはやこの世の可愛いの集大成なのかもしれない?


 何かに目覚めそうだな。

 こうなんていうか、俺の中で新たな推しといいますか。

 推し動物? 推し獣? 推し友達?


「くっきゅーはむはむきゅー♪」


 こんなにも幸せそうに俺の作ったバウムクーヘンをはむはむしてくれるきゅー。そんなきゅーを見れば俺までほっこりしちゃう。

 


「あ、あの」


「あっ、君もびっくりしたよねー。あはははは、大丈夫だった?」


 きゅーのあまりの愛らしさに、すっかり銀髪ぼくっ巨乳さんの存在を忘れていた。



「ぼ、僕は何とも……でも、その……」


「その……?」


 前髪に隠れた両眼がもう少しで見えそうな銀髪ぼくっ巨乳さん。

 彼女は俺の問いに、意を決したように前髪の奥で目を光らせた。その瞳にはハートマークのような輝きが煌めいたような気さえした。



「僕にも触らせてっ、です!」


「きゅっ!?」


 銀髪巨乳さんが懇願しながら手を伸ばすと、きゅーは突如として消失した。

 いや、自分の身体のサイズを一気に縮小させ、俺の足元にコロンと転がっていた。それから目にも止まらぬ速さで俺の肩へと昇り、『きしゃああああ』と唸り声を上げ始める。


 わあ、身体のサイズを変更できるなんて便利じゃないか。


「あーすみません、きゅーもこう言ってるので今回は遠慮してくれるかな……」


「はう……はい、こちらこそすみません、です……」


「もっと仲良くなれば触らせてもらえるかもだし、そう気を落とさないで」


「それは、あの……今後も、僕と絡む機会があるってことでいい、のです?」


「あー多分?」


「や、やった…………嬉しい、です。あ、あの、僕はこういう者で、その……七々白路ななしろくんとは同じ・・・・・・……」


 あれ?

 俺、この子に自分の名前言ったっけ?


 おもむろに銀髪ぼくっ巨乳さんはスマホ画面を見せてくる。


 そこには『裏垢女子ぎんにゅう』といったSNS名が表記されていた。

 えーっと、プロフ文は『あなたをぎんぎんにする巨乳です』か。

 なるほど、だから『ぎんにゅう』。決して偽乳とかそういうわけではないと。


 うわっ、際どいコスにドエロいポーズのスクショがあるぞ!? これだけのエロさがあるならフォロワー13万人も頷けるな。


 えっ、えっ、ええー!

 すごく大人しそうというか奥ゆかしい雰囲気なのに、SNSではがっつりエロ垢活動してる子なのかー!?



「そ、その……SNSでも僕と、繋がってくれますか?」


「いやっ、えっ……裏垢と繋がってもいいの?」


「えっ?」


「え?」


 お互いが顔を見合わせる。

 それから何かを察知したのか、自分のスマホをすぐに見つめ返す銀髪ぼくっ巨乳さん。

 そして膝から崩れ落ちた。



「こ、これは……そのっ」


「その……?」


「ち、ちがくて……」


「間違えちゃったの?」


「は、はいいいいいいいいいいいい」


 銀髪ぼくっ巨乳さんは顔を真っ赤にしてどこかに走り去っていった。

 

 ふむ。

 しかし俺は彼女の裏垢名をしっかりと脳裏に焼き付けていたので、そっとSNSをフォローしておく。

 別にやましい気持ちは何もない。

 ただ、今後の彼女の活動を見守らせていただこう。


 うん。次のスクショ更新が楽しみだとか、そういうのは本当にないから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る