9話 もふもふとオフパコと……!?


『くれな……き、きるる様、さすがにそろそろ限界です。戻りましょう』


【手首きるる】のダンジョン初配信で聞き覚えのない声が発信される。

 それは、中性的でやや高めの声だった。


:今のって……

:もしかしてカメラマンのナナシちゃん?

:もっと言ってやれナナシちゃん!

:きるるんが死んじまう!


『はあっ、はあっ……うちの執事もこう言ってるし、もう勘弁してあげるわよダンジョン!』


:秀逸な捨て台詞ww

:きるるんよくがんばった!

:ナナシちゃんgj

:ナナシちゃんの声ってちょっと機械的だったな

:ボイチェンか?


『ナナシちゃんは一般人なので、プライベートとか顔バレとか避けるためにボイチェン使ってるるーん☆ みんなわかってあげるんるーん☆』


:把握

:詮索はしない

:もう掲示板にナナシちゃんの美人っぷりが晒されてる件

:察してやれよ

:男装執事のナナシちゃんも推せる

:百合な主従関係とか俺得すぎる


 そんなこんなで『遠足は帰るまでが遠足なのよ!』とのたまう【手首きるる】によって、ダンジョン配信の帰還編が始まった。


『ちょっと、ナナシちゃん。何をしているのかしら?』

『あっ、や、じつは行きの時にお見掛けして————あ、やっぱり素材でした』


 きるるんの指摘によって、ナナシちゃんが配信画面を【手首きるる】から外す。きるるんが何を見ているのか、自身が何をしているのかをリスナーにわかりやすくするためだ。

 画面は砂丘さきゅうの上に移る。洞窟の天井からこぼれ落ちる砂がたまり、こんもりと盛り上がった砂丘には、金の粒のような物がいくつか散見される。

 それらをナナシちゃんの腕が拾った。


『これ、何かしら?』


『【金蜜虫の死骸しがい】、だそうです。ただのキモい虫の死骸ですね』


『そうなの……私には見えな————』


『何の役にも立ちそうにありませんが、【シュガーアント】? の好物だそうです』


『……これでみんなもわかったと思うけれど私の執事は博識なのよ。みんな褒めるるーん☆』



:自由なカメラマンだなww

:それを許してるきるるんとナナシちゃんの関係値がよい

:しかもきるるんがそこはかとなくナナシちゃん自慢してるところがいじましい



 それからなぜか、きるるんの命令によりカメラマンことナナシちゃんが、モンスターの死肉などを淡々と採取するシーンがちらほら続く。



『あっ、きるる様。なんだかここの砂丘に潜ってるもふもふ・・・・が安全な帰り道を案内してくれるそうです』


『どっ、どうゆうことかしら?』


『先ほど拾った【砂うさぎ】の死肉と交換条件で、モンスターが出現しにくいルートを先導してくれるようです』


『それは助かるのだけれど……もふもふなんてどこにいるのかしら?』



『きゅっ、きゅいいーっ?』


 砂丘さきゅうからぽふっと出てきたのは、もこもこふわふわのキツネだった。

 体毛は白に近い水色で、青い砂に埋もれたら発見が難しそうだ。


『えっと、【空色キツネ】だそうです』



:【地下砂宮ブルーオーシャン】にあんな動物いるんだな

:毛がもっふもふやん

:キツネっていうか『犬』に近くね?

:尻尾はリスっぽいのな

:さ、さわってみたい

:ばか! キツネって気性が荒かったりしたら噛みつかれるぞ!

:めっちゃナナシちゃんになじんでるんだが?


 空色キツネは自らナナシちゃんの足元へ、ほわっほわな身体を愛らしくこすりつけていた。そしてナナシちゃんの腕が空色キツネの首元をわしゃわしゃわしゃ。


『くきゅー、きゅぅぅー』


 気持ちよさそうにくりっくりっの目を細める空色キツネは……控えめに言って可愛すぎた!


 その場の全リスナーが癒されまくった!!!




『わ、私の執事は動物にも好かれやすいの! す、すごいでしょう? でもどうしてそこにキツネさんがいるってわかったのかしら?』


『えっと、はい。技術パッシブ神獣もふもふ住まう花園はなぞの師】と【万物の語り】の、えっと【獣語けものがたり】で意思疎通できるみたいです。念話、のようなもの? かと』


『そ、そうなの。と、ところでそのキツネさんを、私も触ってみても————ちょ、ちょっと、触らせなさいよ!?』


 ひょいっときるるの手を避ける空色キツネ。


『あの、きるる様、まだ配信中ですよ? そういった行いは……その、きるる様の残虐キャラからかけ離れていますので、お辞めになった方がよろしいかと具申いたしま————』


『い、いいのよ! そんなブランディングよりも! 早くそのっモフモフをっ、あああ~なんで~~~ああああ~どうして私には│なつかないの? どうして私から逃げるの? モンスターに攻撃されたときより痛む。心が痛む…………病みそう……』


 空色キツネに拒絶され、膝から崩れ落ちる【手首きるる】。


『……きるゆー、きるゆー、きるゆー、きるゆー……』



:ヘラってるwwww

:ナナシちゃんのツッコミとポンコツお嬢様あるじ感が最高ww

:大丈夫。きるるんの残虐性が、キャラだってことはだいぶ前から知ってた

:今、政府の異世界パンドラ課が公開してるアーカイブにアクセスしたけど【空色キツネ】なんて登録されてなかったぞ

:えっ、新種ってこと!?

:まじかよ!?

:速報『きるるん、ダンジョン初配信にして偉業を成し遂げる』

:発見したのはナナシちゃんだけどな



『わ、私の執事の功績は主人である私の功績になるるんるーん☆』


:ひでえww

:まじでひどいwww

:とりあえず新種発見おめ(3万円)


 こうして【手首きるる】のダンジョン配信は終始盛り上がりを見せた。さらに2人の前をちょこちょこ走って先導する【空色キツネ】も癒し効果が爆増である。

 少し走っては振り向き『きゅいっ』っと首を傾げる仕草は、誰が見ても可愛いがすぎた。

 まるで『ちゃんとついて来てるかな?』とこちらを確認しているようで、画面越しで見ているリスナーたちですら後を追ってみたくなる点…もふもふっぷりだった。


『きゅっ、きゅい?』





「だいだい、だいっっっ成功ね! よくやったわ、ナナシ!」


 教室内にいるくれないとはかけ離れたテンションの上がりっぷりに、俺は若干だけ戸惑ってしまう。それがまして、今やしの姿なのだから余計だ。


「俺としては無事にダンジョンから帰還できてよかったわ。もうあんまりダンジョンに行くのはやめ————」


 ようぜ? そんな提案を持ち掛けようとするも、くれないによって遮られる。



「10万人記念配信だったとはいえ、銭チャの量がエグかったわね。やっぱりダンジョン配信は盛り上がるコンテンツだわ! そういうわけで、ナナシにも配当として銭チャの20%を給与に追加してあげるわ」


「え、まじっすか。ちなみに今回の配信の収益は?」


「ざっと36万円ね。そこからYouTuboのロイヤリティで30%取られるから25万2000円……その20%がナナシの取り分だから、5万4000円よ」


「次もダンジョン配信やりましょう!!!!!」


「さすが意地汚いナナシ。その意気よ」


 たった1時間ちょいの配信で5万4000円!

 時給5万超え!

 神!



「トレンドにも乗ってるわ! #きるるん新種発見! って!」


「ダンジョン配信の話題性ばっちりだな」


 推しが注目を浴びるのはちょっと嬉しい。

 自分の『好き』が世間に認められたような、誰かと共有できたような気がするのだ。


「それにしてもナナシのおかげで、きるるの残虐性ってキャラが剥がれちゃったじゃない」


「えーそこ俺のせい?」


「あんなの不意打ちすぎるわ。あんなに可愛い生物がダンジョンに生息してるだなんて……ま、また会えるわよね?」


「お、おうっ……機会があれば、な……」


 か、顔が近いんだよなあ。

 推しの顔だと破壊力がありすぎるんだよなあ。

 そんな内心を悟られまいと俺は話題を変える。


「残虐性うんぬん言うなら、どうして【手首きるる】なんて名前にしたんだ?」


 手首きるるなんてそのまんまリストカットなイメージだし、メンヘラ臭や地雷臭が濃厚すぎる。それにコンプラ的にも引っ掛かりやすいだろう。


「1回聞いただけで、忘れられない名前でしょう?」


 俺の内心を読んでか、くれないは妖艶な微笑みを浮かべる。



「個人勢のVTuberが伸びない理由の一つは、やたらオリジナリティを追求して読みづらい漢字のオンパレードで覚え辛いからよ。事務所の宣伝力を当てにできないのなら、一度聞いただけでも覚えてもらえるようなインパクトと印象、そしてわかりやすい名前が必要なのよね」


「それでメンヘラ臭ただよう【手首きるる】にしたと……」


「そうよ。実際のところ、他人の手首を切って殺してやりたいって本音もあるのだけれど」


 残虐性であるも出せると……。


「こっわ……イメージ悪くないか?」


 俺が懸念の声を上げると、くれないは小馬鹿にするように溜息をつく。



「ナナシは馬鹿ね。いいかしら、イケカテのキラキラした配信者がオフパコしたらリスナーはどう思う?」


「お、オフパコ? それは王子様みたいな印象だったのに、裏でリスナーってたら失望するファンも出てくるだろうな……」


「そうね。でも最初から俺はクズです。オフパコ大好きですってキャラでやってたら?」


「うーん……? オフパコしてても大丈夫?」


「それだけじゃないわ。リスナーの女性はワンチャンあるかもって、彼女たちもオフパコしたがるのよ。やってる事は同じでも、配信スタイルと印象で結果は全然変わってくるのよ?」


「それがメンヘラ殺人鬼と何の関係が?」


「メンヘラだから不安定になっちゃって暴言を吐いてしまったわ」


「……なるほど。許容範囲だな。むしろキャラ立ちとしては正解か」


「メンヘラだから配信中に発狂してしまったわ」


「……怖いもの見たさで気になるな」


「メンタル豆腐だけど死にゲーを必死になってプレイしているわ」


「……ちょっと応援したくなるかもな」


 ふああああああん。

 見事、その術中にハマっていたのは俺ですううううう。


 複雑な気持ちいいいい。

 と、とにかく、『手首きるる』という名前自体が、配信活動中に粗相そそうをやらかしても免罪符になるのは強いな!?

 印象深く、自身の性格イメージとマッチしていて、失敗もカバーできる……三拍子を兼ね備えていると!



「人間って誰でも失敗するし、やらかすでしょ? 最近は赤の他人が偽善を振りかざして、失敗してしまった配信者を、攻めに攻めて追い込む風潮が蔓延してるわよね」


「……YouTuberとかの炎上か。まあ、悪い事したらそりゃ、なあ……」


「私は……もし失敗しても、悪かったところを見直して成長したいの。人間って本来はそういうもので、VTuberだからそれが許されないなんて……寂しすぎるでしょ?」


「まあ、な……」


 納得した俺にくれないはズイッと綺麗な顔を近づけてくる。



「最悪の印象でスタートしたなら、あとはがっていくだけなのよ」


「そこまで考えていたのか」


「当たり前じゃない。やるからには本気よ」


 微塵も俺の目から視線を逸らさないあかい双眸が半月の弧を描く。

 くれないの黒い笑みが静かに咲いた。



「……ッ!」


 推しの真実を知れば知るほど、える人はいるのかもしれない。

 知りたくなかったと嘆く人もいるかもしれない。


 だが、俺は不思議とくれないの活動方針を聞いても、きるるんへの熱は冷めなかった。むしろ、なんていうか……俺が少しでも力になれるなら、なりたいって思ったし……くれないが目指す『成長』ってやつをそばで見てみたい。

 そして、活動を通して俺自身も成長したいとすら思った。



 それは多分……一重ひとえくれない自身が、真剣に、全身全霊を賭して、リスナーと向き合って、活動しているからなんだろう。




「それにメンヘラって、かわいいのよね?」


「…………そ、そうかもな」


 俺はどうにか冷静に……きるるんのとうとすぎる笑顔を受け流した。


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