女 お茶会②

 お茶会が始まり、楽しみにしていた男性陣と緊張している女性陣に分かれていた。もっぱら男性陣の楽しみはサッズの恋の行方にある。サッズの本心は別にあるのだが、ボロが出ないよう派閥の仲間にさえ、それが恋であると伝えている。だが、お茶会の序盤、サッズが最初に言葉にしたのは恋する男性のものとは思えないような行為だった。


 サッズはグレースに深々と頭を下げる。


「グレース。我が親族に連なる者の先日の横暴。本当にすまなかった。」


 派閥を率いるサッズが、弟達の前で誠実に謝罪する姿を見て、グレースは驚いていた。それはグレースが考えていたサッズの人間性とは、まったくかけ離れていた。派閥を率いる以上狙うものが何であるかグレースには理解出来るからだ。


「頭をお上げください。……その件は、サッズ殿下の与り知るところではないのでしょう。それを言ったら第一王子だっているのですし、気にしないで下さい。」


「グレースは本当に優しくて心が広いな。約束通りアルギニアは既に貴族の身分を剥奪され、ある場所で拷問を受けている。これで二度と過ちを犯さぬゆえ安心してくれて構わない。」


「……サッズ殿下。」


 誠実な謝罪と口約束を守った事。これだけでサッズは、いとも簡単にグレースの信頼を勝ち取っていた。そして、それはグレースだけでは無かった。サッズの態度や言葉は、ネウレザとコトにも安心感を与えていた。王子でありながら、良い悪いを正しく判断し、サッズの周りの者が悪い事をしてもサッズ自身が謝る。


 サッズのこれまでの言動を合わせると、自分達は家族であり、多少の失礼は許される。サッズなりの羅針盤が悪と判断した場合は、シボリやエンデュアの行動であっても制限される。ネウレザとコトは安全が保障されたような気持ちだった。一気に女性陣の緊張が解ける。


「お詫びの印として、美しい三人の王女に相応しい品を用意したよ。どうか受け取って欲しい。おいっ。例の物を。」


 サッズの言葉で、使用人が王女達に贈り物を渡す。


「八仙の腕輪だ。運を除く基本ステータス6種の向上とスキルと魔法の威力にも向上が見られるぞ。簡単に言うと天賦の才武技ランク0.7のような指輪だ。ただし、それは判明している効果だけになる。八仙と言うだけあり、他にも八人分の仙人の小さな加護がついているのではないかと考えている。おそらく国宝級の効果があるだろう。これは俺が最初に手に入れてから、世界からかき集めた三つだ。」


 純白のようで角度を変えると翠色に輝く腕輪。まさに風の民シルヴェストルが多いパスクコーレ帝国を象徴するような腕輪。内側には八仙をそれぞれ表すもので八つの文字が刻まれている。


「そんな貴重な物は頂けません。」


「国宝級はあくまでもその効果だよ。ここに四つも揃っているという事は、世界には、もっとあるかもしれない。複数存在するなら希少価値は下がるだろう? そこまで苦労して手に入れたわけではないから安心して受け取ってくれ。」


 サッズの言葉をエンデュアがフォローする。


「三兄上もこう言っているんだ。素直に受け取りなよ。グレースだけでなく、姉妹達にも贈ったものなんだからね。」


 言葉では拒否していたが、グレースはとても嬉しかった。その説明が本当であれば、種族の翠と棍技しか持たないグレースには最高の贈り物だ。


『八仙の腕輪』と、先日フェイから貰った『明けの明星ヴィーナス』とを合わせれば、落ちこぼれのはずれのグレースでも普通の人のように戦えるかもしれないと思った。


 ここまでグレースの事を大切に想ってくれているサッズに、心が高鳴る。


「サッズ殿下。ありがとうございます。殿下の気持ちが心から嬉しいです。大切に使いますね。」


 グレースが腕輪を着けて喜んでいると二人の王女達もそれに続いた。


「サッズ殿下。本当に素敵な腕輪です。ありがとうございます。」


「サッズ殿下。私にまでお気遣い頂き、ありがとうございます。」






 ――お茶会は全員が打ち解け、会話も弾んでいた。中頃まで進み会話の途中でエンデュアが他の王女について話しをした。


「そういえば、ネイル バッテンバーグが早くもアスペン宮殿を貰ったみたいだよな? ネイルは何の手柄を立てたんだ?」


 その話を知っていたネウレザが答える。その話題がはじめてだったのでグレースも知らなかった。


「王女として光禁城に来た日に皇帝陛下に膨大な量の高級な法衣ローブを納めたらしいですよ。パスクコーレ帝国の魔法職の装備品が半分くらいは質の良い物に変わるだろうって事です。」


 シボリが不機嫌そうに話に入る。


「何だよそれ。バッテンバーグ公爵家の財力だけで評価されたようなものじゃないか。親の力でのし上がろうとするやつは嫌いだ。」


「それがそうとも言えないんですよ。たしかに高級な法衣ローブを買って納めたのならバッテンバーグ公爵家の財力になります。そうではなく、買ったのはやや高級な布や糸、その他の素材だけです。それをネイル王女が手作りしたんです。」


 絶句する一同。それが本当の事ならネイルはとんでもない才能を持っている。


「そうだな。お前達は知らないよな。ネイルは戦闘のセンスがからきしだった。それでも第二審査をパス出来たのは、あらかじめ通過を根回しされていたからだ。この中では俺がネイルの通過に賛成しただろ。ネイルの非凡な才、そのうちの1つが縫製技Ⅳだ。」


「なるほど。王女の中に、その天賦の才が居れば、パスクコーレ帝国の兵力は一気に上がるな。父上はそれを見越して事前に宮殿を与えなかった可能性すらある。」



 宮殿の入口から、侍女の言葉が聞こえて来る。


「王女様っ。おやめください。警護兵を倒し、王子の宮殿に勝手に侵入するなんて、あまりにも無礼ですよ。」


「五月蠅いっ。お前は私の侍女だろうがっ。鈍間のグズが、私のやる事に口出しをするな。」


 侍女が主人に蹴られ、部屋に転がって入って来た。続いて侵入者がやって来る。


「グレースレガリオっ! あんたのせいで兄上が平民に落とされたらしいじゃない。絶対にあんただけは許さないわよ。」



 侵入者はアルギニアの妹、モネ王女だった。モネはグレースの前までやって来ると平手打ちをしようと右手を上げる。王子より位の低い王女が、王子の宮殿に侵入するなどあり得ない話だ。サッズ達もモネの常軌を逸した行動に理解が追いつかなかった。


 モネの掌がグレースに当たる直前に、先程の侍女が掴んでそれを止めていた。


「この使えない女がっ。どうして私の邪魔をするんだ。お前はクビよっ。」


「それだけは、勘弁して下さい。私がクビになったら家族が……。」


 モネは侍女をその場に倒し馬乗りで殴り始める。今度はグレースがモネの腕を掴み、その暴走を止めていた。

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