男 異世界人は身勝手だ①
ここはある企業の応接室。
スーツを着たサラリーマン風の男が、パーカーを羽織った青年に札束を差し出す。
「これが、約束の一億五千万円になります。」
「ありがとうございました。これで契約は成立ですね。」
「御社が人を大切にする企業である事は重々承知しておりますが、社員の方達の事を大切にしてあげて下さいね。」
「和泉様。もちろん、安心して頂いて大丈夫ですよ。」
春人は一億円を国内外のいくつもの銀行に分散して貯蓄していた。
五千万円は貯蓄ではなく投資の追加に回す。
この他にも、既に一億円以上を、国内外にいろんな形で分散して投資している。
もしもの場合の貯蓄もこれで一億二千万円になった。
投資:約1億五千万円
貯蓄:一億二千万円
一億五千万円の投資分が
仮に年間の利回りが3%だとして450万円、4%なら600万円になる。
前者なら月々38万円で後者なら50万円の収入があるのと同じだ。
節約家の春人は15万円でも余裕で暮らせる上に
万が一の場合でもまだ貯蓄が一億二千万円もある。
こうして、春人は、長年の目標だった早期リタイアを達成した。
「いつもの所に、目の保養にでも行くか。」
春人が向かった先は、近所にある八百屋。
八百屋と言っても、新鮮な野菜も揃った大きめのコンビニに近かった。
雑誌や日用品の他にちょっとした薬や化粧品なども揃っている。
そして、厳密には、目の保養ではなく、ただの食料品の買い出し。
といっても今日は春人にとって目標を達成したお祝いの日。
夕食を作る気はなく、明日の昼くらいまでのパンや惣菜などを買い込むつもりだった。
計画の追い込みでほぼ2日間、何も食べていない。
春人は一刻も早く飯にありつきたい。
その八百屋では春人好みの美少女が働いている。
彼女が、あと一年も大人になったら、ギリギリ春人のストライクゾーンだった。
だから、八百屋への買い出しをいつの間にか「目の保養」と名付けていたのだ。
「お願いします。」
春人が商品を買い込みレジに持っていく。
店員の美少女がバーコードを読み取った商品を
何も言わずに次々と春人のリュックの中に入れていく。
この行為は、その店員と常連の春人の中だけで通じる、ほぼ毎日のやり取り。
通い詰めて培った信用がなせるものだった。
レジの奥からは八百屋の店長、夏が出て来ていた。
夏は春人を見つけると笑顔で話しかける。
「春くん。いらっしゃい。春くん用に一品作ったのよ。今、持って来るからお会計が終わってもそこで待っていてね。」
「夏さん。いつもありがとうございます。」
春人にそう言ったのは、八百屋の店長の愛媛夏だった。
息子のいない夏は
ほぼ女性向けや食材などが多い八百屋で
常連としては珍しい若い男性の春人をどこか息子のように思っていた。
ここ数年ずっと春人の世話を焼いていたのだ。
春人がこのお店に毎日のように通っているのも
母親のいない春人にとって、夏の笑顔や優しさに癒されていたという事もあった。
後に並んでいた高校生のカップルがボソリと呟く。
「この店は常連をえこひいきするのかよ。」
「剛。心の声が言葉に出てるよ。私も思ったけど。」
春人はリュックをレジに向けているので、カップルとは顔を合わせている。
その上で聞こえるように言われたので、かなり気まずかった。
その後ろに並ぶ若い女性が、気まずそうにそっぽを向く。
「三千八百円になります。」
気まずい春人は会計が終わったので、急いでレジの方を向く。
その瞬間、頭痛と立ち眩みでもしたように、春人の目が回っていた。
視界の先には、店に出てきた夏が、惣菜入りのたっぱをぶちまけてゆっくりと倒れていく姿があった。
夏は、苦痛に顔を歪め、目や耳から大量の血を流していた。
「大丈夫ですかっ。な――」
その時、春人は気付く。
目が回っていたわけではなく、視界に映る空間の方がぐにゃぐにゃと歪んでいたのだ。ただし、頭痛や眩暈、吐き気がする事もまた事実で、春人は片手で頭を押さえながら夏のいる方に手を伸ばした。
「なつさ――」
夏が倒れている八百屋の床から、奇妙な魔法陣が春人達の方角に向けて描かれていく。その瞬間、辺り一面が暗い夜のような空間に切り替わっていた。
――神界
「儂の残滓が悪用されておるな。6人か。ふむ。1人は力に耐えきれずに死んだぞ。酷い事をしおる。犠牲を覚悟の上、半分は転移発動時の人柱じゃな。しかも失敗しておる。このままでは生き残るのは現在精霊と繋がった二人だけになるぞ。まったく無茶な術式を使いおって。ミネルバ。メルクリウス。リンクされていない転移者に力を付与しなさい。儂も助ける。」
「私の眷属は既に何人かおります。微弱ですが、それでもよろしいので?」
「戦の神の力を人が活かせるでしょうか?」
「二人共仕方あるまい。異なる世界から、無理やり転移をさせられたのじゃぞ。それに今回不運に見舞われた者達、精霊との繋がりが無い
「「畏まりました。我が主よ。」」
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