第16話 あきれたガールズ爆誕 12
佐那子は確信犯だったのだろう。
ポニーテールを大きく揺らしてシレッと頭を下げてみせた。
「・・・お父様は近々日本にお戻りになります。
お母様が、ご自分の娘より男を選んだ結果としてあなたに起きた出来事。
それは、余すところなくすべてお知らせしました。
毛利家の顧問弁護士である高木さんは、うちの会社でも時々お世話になっていますけれど・・・。
あの方は法曹としては珍しく、司法に対する熱い信念をお持ちです。
僭越ながらお父様にご紹介申し上げました。
と言うことで現在。
つい先日、お父様と契約を交わした高木さんが状況を仕切っています。
しばらくすると接近禁止命令も取り消されて、心おきなくお父様と会うことができるようになりますよ」
このことを伝えるのが嬉しくて砕けた口調を取ってしまった佐那子である。
少しもやっとしていた晶子の父親に対する個人的思いまで口にして、どこかスッキリした顔になった。
そのことは言わずもがなであろうと、ルーシーが顔をしかめて窘(たしな)める一幕もあった。
だが雪美がおおいに佐那子の肩を持ったことで、四人の間には奇妙なユーモアが満ちる。
そうして男は優しいだけじゃ駄目だと言う議論がいきなり始まる。
なぜか口々に展開される円の悪口で盛り上がる状況ときたらどうだろう。
それは、言い過ぎた佐那子の反省とそれをフォローするルーシーと雪美の気遣いかもしれない。
「男は優しくなければ生きている資格がないんですよ?」
晶子が賑やかな議論に意見を差し挟み、一瞬の静寂の後三人娘の大爆笑が続く。
涙を流しながら笑い転げる三人娘の様子に晶子は頬を染める。
それでも、自分のアクションが好意的に受け入れられたことで嬉しげな様子を見せる。
「If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive.
If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.
*レイモンド・チャンドラー「プレイバック」
優しいだけじゃなくて“強くなけりゃ生きちゃこれなかった”だなんて。
男って過剰な自意識に振り回されちゃって、ホントに大変な生き物よねー。
そのバカっぽさが可愛いうちが華よ?
だからわたしたちが、こうマドカの首に手綱をつけてね。
荒れ野で迷子に成ったり。
ライ麦畑の崖から落ちたり。
そんなことにならないように、気を付けてあげないとならないのだわ」
ルーシーは、大笑いして涙ぐんだ目で天井を仰ぎ見ると、ヤレヤレと肩を竦めながらおちゃらけて見せる。
「わたしたちのマドカのことは、あなたもきっと気に入ると思う。
だって優しすぎるほど強くて素敵なお父様をお持ちなのだもの。
わたしたちが上手に育て上げさえすればね。
マドカもきっとあなたのお父様に負けず劣らず、優しくて強い男性に仕上がると思うの」
ルーシーは人差し指で涙を拭いながらフィリップ・マーロウと男の純情をこきおろし、暖かな笑顔を浮かべて晶子の手を取る。
チャンドラーからの引用ついでに、ルーシーには酷い言われようの円ではある。
けれども、晶子的には何か感ずるところがあるのだろう。
彼女は大きく目を見開き、形の良い唇をまるく開けて、しばし時を止めた。
遠くで電話の着信を知らせる電子音が鳴り響く。
「サプライズですよー!」
雪美が左手で電話機を抱え右手で受話器を持ったまま、ズルズルとコードを引き摺りながらルーシーと晶子の前に現れる。
雪美はこぼれる様な笑顔を向け、受話器を晶子に力強く差し出す。
「晶子さん受話器をどーぞ。
佐那子さんが段取りを整えてくださいました。
・・・お父様です!」
それからの数十分間で居間に居た娘たちの目は四人とも真っ赤になった。
特に晶子の暖かな涙は、六年近くの間続いた彼女の絶望の日々を、すっかり洗い清めるかに思えた。
この先何年経ったとしても、晶子の絶望の記憶は決して消え去ることはないだろう。
しかし、晶子の絶望は牙を抜かれ、心の奥底に設えた檻に閉じ込められたようだ。
もう容易には外に出て来ることができなくなるに違いない。
座の一隅で晶子の変化を目のあたりにした佐那子は、円の顔を思い浮かべてほっと肩を撫で下ろす。
受話器が戻されると、仕切り直しとばかりに新しい紅茶がサーブされ、白十字のショートケーキが小皿に載せられる。
晶子の面差しはそれまで、何か無理を重ねて張り詰めたような、危うく鋭い美しさを人に感じさせていた。
だがここ数十分の間に別人と見紛うばかりの変化を遂げた。
本来の彼女が持つ柔らかで優し気な印象へと様変わりしたのだ。
そのことは三人娘にとっても嬉しい変化だった。
楽しく朗らかに円で遊ぼう。
それが何より大切な三人娘のモットーなのだ。
しんねりむっつりした陰気キャラはお呼びじゃない。
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