第16話 あきれたガールズ爆誕 1
秋の日は釣瓶(つるべ)落としと言う。
秋分より冬至の方が近い十一月半ばともなれば、放課後の生物室に差し込む陽光もくすんで元気がない。
深煎りしたトラジャコーヒーの香りは、円の帰還を祝うように芳醇なフレーバーを醸し出す。
その場に集うのは最初のふたり。
オリジナルの面子である。
わざわざ円の両隣に腰を下ろすルーシーと雪美はすっかり表情を和ませていた。
円はと言えば心中で『二人ともちょっと近すぎじゃね?』などとツッコミを入れてみる。
次いで、ふたりの心情をこれっぽっちも忖度することなく『めっぽう窮屈だし暑苦しい限りですな』と贅沢かつ不埒にボケてみたりもした。
そんな円のセルフなツッコミとボケの理由は、ふたりの密着が照れ臭い。
その一点に尽きる。
だが一方で、ふたりがスキンシップ発動でご機嫌な時にへたを打てば、後難が恐ろしい。
それは頭より身体が良く覚えている。
何やら不可思議な悪寒が尻から背筋を這いあがってきて、それは嫌な予感として自覚された。
もちろん円は、素直な気持ちで嫌な予感に従う。
ここはあえて上質なコーヒーに意識を集中するのが正解だろう。
照れ隠しに“傲慢かました”ことが雪美にバレないよう用心するにしくはない。
「脱獄のお祝いを兼ねて父のとっておきをくすねてきましたぁ」
雪美が嬉しそうに笑いながら、厚切りにしたコロンバンのロールケーキを口に運ぶ。
フォークを持つ雪美の手がさわさわと円の左腕に擦れて食べ難くそうではある。
だが彼女は一向に密着を解こうとはしない。
「トラジャはマンデリンと同じインドネシア産の豆だけれども、酸味が少なくてコクもあるわ。
素晴らしく美味しいコーヒーね」
ルーシーがカップを手にうっとりとした目で雪美に賛辞を贈る。
彼女もまたカップを持つ左手を円の右腕に執拗に押し付けている。
さすがのお子ちゃま円も鼻の下が伸びそうだった。
コーヒー以外の良い匂いが鼻腔をくすぐるし。
時折両腕にふにゃふにゃと柔らかいものがふれるし。
しまいにはさっきの不遜はどこへやら、オキシトシンが円の脳にじわりと効まる。
極上の脳内麻薬である。
嬉し恥ずかしなときめきの薄片が、はらはら落ちる桜の花びらのように、円の頭蓋内をピンク一色に染めて舞うのだった。
「でしょ、でしょ。
マドカ君は苦みの強いコーヒーが好きじゃないですか。
わたくしもここは『一肌脱がずばなるまい』と父の書斎を漁って強奪してきたのですよ。
・・・マドカ君。
・・・そんなにわたくしのあられもない姿をご覧になりたいのですか?」
雪美が恥じらいの仕草を演じ、器用にもポッと頬を染めてみせる。
「もう、三島さん!
そういう根も葉もない謀(はかりごと)で僕を陥れて笑いものにするのはやめてくれる?
先輩!
僕だって一肌脱ぐの意味くらい知ってますから。
変な妄想なんかしてませんから。
そんな目で僕を見ないでください。
三島さんは何かと言うと、今みたいに心を読んだ振りをして僕をからかうんですよ」
「・・・仲のおよろしいことで」
「イタ!
なにも抓らなくてもよいでしょ。
先輩だって分かってるくせに」
「やだー。
痴話げんかだ。
もしかして恋のさや当て?」
「ミ・シ・マー。
おまえが油を撒いて火ぃつけたんだろうが!
おまけに団扇であおぎやがって。
いい加減にしろよ」
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