第14話 堕天使は嘘をつく 5

 円は現場に到着した警官に逮捕され丸の内警察署に連行された。

少女は念のためにと言うこともあり救急車で聖路加病院に搬送された。

円は警官から口頭で怪我は無いかと問われるだけだった。

ルーシーと雪美はそれにも強く抗議をしたが、目撃者と言うことで任意同行を求められただけだった。

 円に対する警察での取り調べは拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。

円の供述やルーシーと雪美の目撃証言は、その内容の正否ついて一切顧慮されることなく調書が作られた。

警察での聴取の時、ふたりとも誠実に状況の説明をしたが予想通り黙殺された。

文字通りあれよあれよという間に、円は刑事被告人として送検されることになった。

 全ては少女の証言だけを証拠として進められた。

異端審問官もかくやと言う警察や検察の仕事振りは異様の一言につきた。

まるで円の有罪が予め決定されていて、その結末に沿うシナリオに忠実に従っている。

そうとしか思えない程、警察と検察の仕事は迅速だったのだ。

 ルーシーにとって更に衝撃だったのは、弁護士の態度があることをきっかけにガラリと変わったことだった。

円が逮捕されルーシーと雪美が任意同行を求められると佐那子は自室に取って返した。

そうして速やかに毛利家御用達の弁護士事務所に救援要請の連絡を入れた。

 ルーシーが強い関りを持ち、森要事件を通じて事務所とも因縁浅からぬ円の窮地と聞いて、弁護士の初動は思いの他早い。

ルーシーと雪美が事情聴取を受けている間に、旧知の弁護士が押っ取り刀で駆け付けてくれたのだった。

 供述を終えたルーシーと雪美は弁護士と合流し、ロビーの待合スペースで口々に事の次第を説明した。

だが事件のからくりを暗示する、伏線の回収めいた情景が正にふたりの目前で展開した。

ふたりの論理的な状況説明を聞いて、心強い味方と成るはずの弁護士だった。

だが驚いたことに、弁護士はある一瞬を境にして、その姿勢と考えをいともあっさり180度変えたのだ。

ふたりには急転直下な驚きの変節と思えた。

 

 「ルーさん彼女です!」

「あら本当に。

そもそもマドカに助けられたのだから怪我などする訳ないもの」

「ほう、あのセーラー服のお嬢さんが、加納君を陥れようとしている張本人と言う訳ですか。

一見したところ、大人しそうなごく普通の中学生という印象ですね」

件の少女には二人の連れがいた。

美貌ではあるものの何やら険の立った婦人と眼鏡を掛けた長身で身なりの良い男性だ。

少女はそんな二人に伴われて、エントランスから姿を現した。

 神経を尖らせた雪美が少女の姿を目敏く発見したのだった。

この時点ではまだ弁護士も、少女に好奇心以外の特別な目線を向けている様子は無い。

ルーシーは思うところがあったのだろう。

何かを考えこむ素振りでいったん少女から目を逸らした。

一方、まなじりを決した雪美の動作は、サバンナで獲物を見据えるチーターのように素早い。

雪美は、ルーシーと弁護士が制する間もなく、腰を下ろしていた椅子からいきなり立ち上がるとダッシュする。

雪美はある意味佐那子に次ぐ直情型の人間だろう。

雪美は俯いて歩く少女の前へ音も無く駆け寄り、彼女の目の前に立ちはだかると牙をむいた。

ルーシーと弁護士は、止める間もなく突っ走った雪美に驚き半ば腰を浮かせたまま暫(しば)しの間、固まった。

 「どういうつもりですか?

はっきり聞かせてください!」

雪美はまるで人差し指が槍の矛先でもあるかのように、腕を真っ直ぐに伸ばして先端を少女に向ける。

雪美の直情は佐那子の力に訴えるそれではなく、ありがたいことに知に訴えるそれだった。

少なくとも怪我人や人死にが出る気遣いはない。

 「あなたは誰?

何を言っているの」

少女の連れである婦人が立ち止まり、神経質そうに雪美を誰何した。

「その女はわたくしの友人に命を助けられたくせに。

それなのに、こともあろうに卑劣な嘘をついて彼を無実の罪に陥れようとしているんです!」

雪美の発言は控えめにいっても、恥知らずな嘘吐きに対する糾弾以外の何物でもない。

「・・・言うに事欠いてあなたは被害者を、この私の娘を嘘つき呼ばわりするのですか。

無礼にもほどがあるでしょう。

人を呼びますよ」

「秋吉さん。

ここは私が。

先に行ってください」

長身の男が前に出る。

「逃げるの卑怯者!」

雪美が叫ぶと少女は顔を上げる。

「私はあの人、加納円と言う人にビルから突き落とされた」

台詞を棒読みするような口調だ。

「見たところ君は高校生か。

変な言いがかりはよしたまえ。

言葉が過ぎるようならこちらも相応の処置を取らざる得ないが」

メタルフレームの眼鏡越しに、雪美を子供と侮る傲慢で世慣れた視線が見て取れる。

 「わたしの友人がとんだ失礼を申し上げました。

図らずも事件の一部始終を目撃したことで、些か彼女も冷静さを欠いております。

彼女の申し上げたことは、わたしも同じ時刻同じ場所で目にいたしました偽りのない真実です。

けれどもこの場で正しいことを正しいといくら申し上げても詮無い事。

今日のところはわたしが、礼を失した友人の不躾を形ながら、彼女に変わってお詫び申し上げておきます。

高木先生、申し訳ないけれどこの方に、こちらの事情について説明をお願い致します。

さあユキ。

あちらに下がりましょう」

雪美は、弁護士と共に遅れて走り寄ったルーシーに肩を抱かれておとなしく引き下がった。

しかし雪美は青踏の気概にでも目覚めたのか。背筋を伸ばし傲然と頭を上げたままだ。

謝罪や会釈はおろか挨拶の言葉を述べることすらしない。

雪美の育ちが悪かったのなら、中指を立てて悪態の一つや二つ吐いている所だろう。

 高木弁護士の態度が豹変したのは、この一連の遣り取りの後のことである。

 

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